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第6章 友達の家に遊びに行きます、夏休み後半戦

火山のダンジョン、記憶を辿った結論

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「行くぞ」

怪しげな紫の明かりが浮かぶ闇に、一行は足を踏み入れた。全員が入ると、独りでに扉が閉まる。

バタンッと扉が閉まった音がした瞬間、燭台の炎が風に煽られたように大きく揺らめいた。視界が明るくなった先で見えた光景に、俺は思わず顔を顰める。

いくつもの醜き顔が、口を横に引き攣らせ口角を上げて笑う。2本の長い犬歯を見せつけ、俺たちを出迎えた。


「……バルベリト……」

燭台を手にしていたのは、異形の生き物の姿をした彫刻だった。頭の上に2本の長い角が生えた醜い顔は、日本の般若を連想させる。

蝙蝠の羽より更に鋭利な翼が背中に生え、かろうじて人型と言える身体は背中が丸まり腕が異常に長い。 その爪先も弧を描いて曲がり、長く鋭利だ。


オルディさんとヨハンさん以外、全員が息を飲んでいた。


「俺たちも、最初来たときはビビったよ」

苦笑いを浮かべたオルディさんは、念のため俺たちに彫刻に触らないよう指示した。

魔物の足の先にある鉤爪は、血肉を裂くことだけに特化した獣の武器である。今は台座の石に食い込んでいるから、動くことはないだろう。


燭台が付いた太い杖を、両手で支え整列した醜き魔物。明り取りにしては些か趣味が悪いと言える彫刻が、廊下の奥までズラリと続く。


「……『悪魔の使い』が、何でこんなに……」

弓を構えながら後ろを歩いていたリュイが、バルベリトの異名を呟いた。

バルベリトの異名の由来は、その醜さと猟奇的な残忍さにある。急所をワザと外して攻撃し逃げ惑う獲物を弄び、最後には苦しませてから獲物を引き裂くのだ。

ずる賢く、なによりも絶望を好む。


「……今にも動き出しそうで、気味わりいな……」

近くを歩くガゼットが、嫌悪の混じった声で口にした。ガゼットの言うとおり、筋張った筋肉や羽根の皮膜は実に精巧で、まるで生きたまま石になったようだった。

異形が紫色の炎で照らす石床を進むと、一つの真っ赤な扉に辿り着く。


「ここから、各階層に繋がっていく」

そう言ってオルディさんは、真っ赤な扉に手を掛けた。赤い扉は、鈍い音を立てながら招くように内側に開いた。


「城……?」


隣にいるソルの呟きが、広く高い空間に響いた。

先ほどの魔物が整列した狭い廊下とは打って変わって、ここは豪奢な玄関ホールと言った感じだ。中央に広い階段、その先には大きな赤い扉が見える。

巨大な黒のシャンデリアが天井から吊り下がり、紫色の魔石がぼんやりとした光を放つ。


「一番初めに潜ったときは、なんの変哲もない石造りの塔だった。……今はまるで、どっかの城みたいだろ?」

オルディさんが、俺たちに補足するように説明した。

室内は確かに漆黒の印象が強いが、よく見ると豪華な装飾が施された贅沢な作りだった。仰ぎ見た天窓も大きなガラスドームで出来ていて、ずっと稲光が光っている。

中央の大きな階段を上った俺たちは、次の扉を開けて先を急いだ。


「……ダンジョンの階層と部屋数も、頻繁に増え続けているんだ」

周囲を警戒しつつ、漆黒の廊下を歩きながらヨハンさんが告げた。

ダンジョンが様変わりすることは、稀にある現象だ。しかし、ここが特異なのは、その変化するスピードである。


オルディさんたちが、このダンジョンを探索し始めてから現在までが、約1年半。そんな短期間に、これほどまで大規模な変化をするダンジョンなんて、聞いたことが無い。


敷かれている分厚い鮮血色の絨毯が、俺たちの足音さえも吸収して物音がしないのも不気味だった。

異様な静けさの中、俺はあることに気が付いていた。


「……こんなにも、魔物に遭遇しないダンジョンは不自然ですね……」

俺の疑問に、先を歩くオルディさんがチラリと視線を寄越して答えた。


「気が付いたか……。最近、このダンジョンで魔物に会う機会が少くなってな。いない訳じゃないが、生息数が明らかに減っている」

本来のダンジョンであれば、普通に歩いているだけでも魔物に出くわす。攻撃を仕掛けてくる魔物はもちろんだが、人間に害が全くない魔物も見かけたりするのが常だ。

ダンジョン内は摩訶不思議ではあるが、そこにはしっかりと生態系や縄張り、規則性がある。


俺たちがダンジョンに入って、すでに数十分は経つ。それなのに、まるで魔物が生息していないかのようで、生命の気配を察知できないでいる。


大きな鉄格子が嵌めこまれた窓を横目に、長い廊下を進んでいく。窓の外は曇天で、雷が轟音とともにフラッシュのように時折瞬いた。


「やはり今日もか。この階層も魔物の出現が少なくなっている……。一体何が起こっているんだ……?」


次々と漆黒の城の扉をあけ、稀に相対した魔物を協力して屠る。トラップを回避しつつも、ダンジョンの攻略は黙々と進んでいった。

そして、かなりの階層を進んだところで、先頭を歩いていたオルディさんが、一つの扉の前で立ち止まった。


「……?この扉は、今までに見たことがないな……」

それは、今までに見た扉の中で、一番立派な造りをした両開き扉だった。鮮血のように真っ赤で巨大な扉に、黒色の茨が花を咲かせ模様を描く。

茨の中に描かれているのは、カラスの羽根を思わせる両翼の黒き翼のモチーフと、それを突き刺すように描かれた長い2本の槍。

扉には黒色の鎖が幾重にもがんじがらめにされ、中心には大きな錠が付いていた。


その模様を見た瞬間、俺の頭の中を何かが掠めて行った。


「……ヒズミ。念のために、罠の確認を頼む」

思考に耽っていた俺の肩を、ヨハンさんが叩いた。いくら魔物が少ないと言えど、ここはダンジョンの中だ。考えに気を取られすぎてはいけない。

俺は、感知魔法の感度をさらに上げて、念入りに扉を調べた。


「……罠はないようです」

俺の言葉を聞くと、オルディさんが試しにその扉を手で押した。当然ながらに、扉は開かない。

ガシャンッ!と派手に漆黒の鎖同士が擦れ、大きな音を鳴らす。ほんの僅かに出来た扉の隙間を、オルディさんが目を細めて覗く。


「何かの部屋のようだが、何もいないな……。パスしよう……」


オルディさんが溜息をついた後ろで、俺は1人息を飲んでいた。


鎖にがんじがらめにされ、開かない扉の隙間から垣間見えた、鮮血色の布。その布の前に、ひと際立派な漆黒の椅子が見えたのだ。


俺の頭の中で、記憶のパズルのピースが音を立てて嵌まっていく。


熱波が漂う、険しい火山。
城を思わせるダンジョンの構造。
血のように真っ赤な扉に、漆黒の紋章。


妹がしていたゲームのテレビ画面が、脳裏に蘇る。そのシーンは乙女ゲームなのに、RPGゲームのようにカッコ良くて印象に残っていた。


テレビ画面に写っていたのは、昼夜を問わず分厚い雲に覆われた空と、轟音とともに降り注ぐ雷。

その雲を突き抜けるようにそびえ立つ、黒色の禍々しい城。

険しい山肌に建つ城を、さらに黒色の茨が覆い、その鋭利な棘が自然の防御壁となって外敵を阻む。格子状の窓からは、蠢く魔物たちの姿が見え隠れする。


城を囲う堀には滾ったマグマが赤黒くドロリと流れる。堀を跨ぐように長い石橋が掛けられ、羽を持つ醜き魔物を倒しながら、主人公たちは石橋を一気に馬で駆け抜けていく。


辿り着く、最終決戦の玉座の間。
勇者たちを待ち受けるのは、玉座に優雅に座った魔王だった。


間違いない。あれは、魔王の玉座。
そして、ここは……。


「……魔王城だ」


頭の中で出した結論が、口から零れていた。



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