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第6章 友達の家に遊びに行きます、夏休み後半戦

印象に残らない青年、気が抜けない

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「……なあ。その飲み物、俺にも一杯くれねえか?」

この宴には些か相応しくない口調が、静寂なバルコニーから聞こえた。その低い男性の声には、愉快気な音が混じっている。

鋭利な三日月の夜の下。朧な青白い光が、バルコニーの欄干に行儀悪く背中をつく男性の姿を映し出していた。大きな黒縁メガネが月光を反射して妖しく光る。


「……どうぞ」

銀色の盆の上には、偶然にもグラスが一つしかなかった。濃い赤色の液体は、葡萄から出来た果実水だ。俺はそっと銀の盆を男性に向けて差し出した。

近くで見ると、男性は思いのほか若い。青年と言ったほうが正しそうだ。青年は優雅な所作で銀色の盆に手を伸ばす。美しい赤色の果実水が揺蕩うワイングラスを手に取った。


「……?」

青年がワイングラスを手にするその姿に、僅かに違和感を感じる。それは本当に微かで、風に煽られれば消し飛ばされてしまいそうなもの。


でも、この違和感に似た感覚を、俺は知っている。

青年を目の前にしているのに、頭の中に靄がかかったような、掴みどころのない感じ。見えているようで、見えていない。


……あれだ。学園の図書棟にある秘密部屋。
あの隠し扉に似ている。


若い眼鏡の青年は、この国で至極一般的な茶色の髪を鬱陶しそうにかき上げた。おでこをあらわにして、すいっとグラスを持ち上げ果実水を口にする。欄干に両肘をつき、だらりと身体を預けている。


長い足を組んで、その姿は貴族にしては行儀が悪い。でも、そんな武尊な姿が良く似合っていると思うのが、自分でもとても不思議だった。

青年が果実水を飲み下すのを、じっと観察した。何とは無しに、この人の前では気が抜けない気がする。


「……見事な闇魔法だったな?夏の桜は中々に粋だったぞ?」

「っ!!」


俺は先程の闇魔法に、誰が行使したか分からないように咄嗟に隠蔽を施した。本来ならば正式な従業員でもない、雇われのウェイターごときが貴族の揉め事に手を出してはいけないのだ。

しかし、どうやら、俺の魔法は青年にバレてしまったらしい。


「……何のことでしょう?」

動揺が読み取られない様に、俺は青年の目を見て微笑んだ。僅かに首を傾げて、それでも相手の目から視線を逸らさない。


俺のそんな態度に、目の前の青年はさらに口角を上げる。記憶に残らないような平凡な顔立ちに、その不敵な表情は随分と不釣り合いだ。


「……そう警戒するなよ。俺はそこそこ・・・・の身分だから、高機能な魔力探知の魔道具を身に着けているのさ。俺以外にはバレてねぇし、誰にも言わねえよ。」

形の良い唇から紡がれる言葉は、なんとも口が悪い。

グラスを持った手とは反対の手で、青年はトントンッと爪先で左隣の欄干を鳴らした。『来い』というように、青年が顎で左隣を指す。俺は、青年の左隣へと近づいた。


露骨な威圧を放っているのではない。でも、この人には従わざる負えない。人を自然に傅かせる何かがある。


「アルカシファの溺愛する弟と仲が良いみたいだな。その弟の幼馴染とも……。お前は、そいつらの友人か?」

茶色の瞳が、まっすぐと俺を射貫いた。答えなければならないような感覚に陥る。


「……クラスメイトです」


「へえ。あいつは確か、今年学園に入学してたよな。お前も1学年か?名前は?」

「……ヒズミと申します」


俺はするりと、請われるままに、自分の名前やら学年やらを伝えていた。


「今宵は実に面白いものが見れた。令嬢も中々だったが、ヒズミが一等に美しく惹かれるな」

クツクツと喉で笑った青年の姿が、一瞬だけ歪んだ。
茶色の凡庸な髪色が、美しい白髪に見えたのは気のせいだろうか?髪の毛の長さも、長くなったような気がする。

それに、茶色だった目が真っ赤に見えた。

目を数度瞬きさせて青年を見つめていると、青年がすっと手を伸ばしてくる。青年の手の平で、俺は視界を覆われた。


「おっと、それ以上は暴くなよ。……もしも今、正体を知られれば、ヒズミを今夜は帰せなくなる。……それとも__ 」

そこで、わざとらしく青年は言葉を切った。視界は覆われたままで何も見えないが、右の耳元に何かが近づいてくる気配を感じる。


「……朝まで俺の部屋で、一緒に過ごすか?」

耳骨を震わせて、甘やかに誘うように耳元で囁かれたのと同時に、ついでとばかりに、右耳に柔らかな感触が触れた。チュッという耳たぶを食む音が、脳へと伝わる。


「んっ……?!」

皮膚の薄いそこは敏感で、思わずうめき声をあげて、身体がビクッと跳ねた。

俺はどうやら無意識のうちに、『感知』の魔法を発動させて、さらには強めて青年に放っていたらしい。それを、耳朶への刺激で胡散させられた。


この人は、おそらく魔道具か何かで隠蔽魔法か、偽装魔法を使っている。話しぶりからしても、ただの貴族ではないようだ。許可なく人の秘密を暴くのは、よろしくなかっただろう。

目元を覆っている手が、そっと離れていく。視界が開けて見えたのは、片方だけ口角を釣り上げた不敵な青年の顔だ。


「いえ……。私も仕事に戻らなければ心配されますので、失礼いたします」


これ以上は、詮索してはいけない。深追いすれば、逆に術中に嵌まるような気がした。


「つれねぇな。……まあ、いずれ近々会うことになる。その時を楽しみにしているぞ、ヒズミ」

青年はグラスに残っていた果実水を、ぐいっと煽ると空のグラスを俺に渡してきた。


「……?ええ。失礼します」


何れ会うことになるとは、一体どういう意味なのだろか……?
疑問に思いつつも、俺は騒ぎが収まっているであろう会場へと戻った。

先程、青年に軽く食まれた右耳を触る。


……この世界に来てから思うんだが……。
なんか俺、男にばっかりキスさせてないか…?




    
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