92 / 201
第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦
女装と俺、なんで俺だけ罰ゲームみたいなことに?
しおりを挟む未だに俺をじっと見たまま、石像のように動かないソルとアトリに、俺は恥ずかしさを堪えつつも必死に呼びかけた。
「……ソル、アトリ。俺、このリボンのせいで動けないんだ……。ここから早く出してくれ」
そして、早く着替えさせてくれ!
俺の言葉に、2人がはっと我に返る。2人は困惑しながらも急いで鳥籠の扉を開けると、囚われの俺に駆け寄る。
「ごめん!あんまりにも綺麗で見惚れてた……」
「私としたことが……、それにしても、よく似合いますね」
何やら2人で俺をフォローしているけど、綺麗とか、よく似合うとか、混乱のあまり変なことを口走ってしまっている。
……2人とも誤解だ。
俺は決して、自分でこの恰好をしているのではない!
俺の手を一纏めにしたリボンの端を、アトリとソルは仲良く一緒に引っ張って解いた。俺がいくら身じろいでも取れなかった蝶結びの拘束が、シュルリっと簡単に解かれてしまったのには唖然としてしまう。
「ヒズミ、大丈夫?痛くない?手首に痕がないと良いんだけど……」
「迎えに来るのが遅くなってしまって、申し訳ありません。怪我はしていませんか?」
ソルとアトリは、座っている俺に合わせて屈み、心配げに見つめてくる。手を優しく持ち上げて、長袖のレースから覗く手首を心配そうに確認するソルと、優しく手を擦ってくれるアトリ。
幻想遺跡の試練を終えて2人も疲れているだろうに、真っ先に俺のことを心配してくれる。こんなヘンテコな状況だけど、2人の優しさが心にじんわりと染みた。
「……ありがとう。ソル、アトリ。痛い思いも、怪我もしていない。2人も無事で良かった……」
俺は、心が温かくなって自然と口元が綻んでいた。
俺の言葉に、ソルとアトリが俺の顔をじっと見たまま再び固まった。俺の手がストンっと、2人の手を離れる。目の前の2人の頬が、急激に赤くなっていく。
ソルは胸を押さえて苦しそうにしているし、アトリは口元を右手で覆って目を合わせてくれない。
「……どうしたんだ?2人とも顔が赤いぞ?やっぱり、どこか怪我でもしたのか?体調が悪いんじゃないか……?」
実は見えないところで、ソルもアトリも身体に不調があるのかもしれない。
俺を心配させまいと、強がっているだけなのかと思うと、居ても経ってもいられなくて2人の顔に手を伸ばした。その手を2人がぎゅっと掴んで、ひそひそと話し始める。
「……どうしよう、可愛すぎる。このままお持ち帰りしたい……。抱きしめたい……」
「気持ちは痛いほど分かりますが……。修行が足りませんね、ソレイユ。どんな時でも紳士的でなくては、ケダモノと一緒ですよ?」
可愛すぎて連れて帰りたいって、何を……?もしかして、ソルとアトリの後をこっそりと付いてきている、モフモフな羊の執事のことだろうか……。
確かにお持ち帰りしたい可愛さだけど……。
ぐっとソルが呻き声を上げて、顔を顰めている。そんなソルの左肩に、アトリがポンっと労わるように手を置いた。アトリもいつもの穏やかな顔が、少し辛そうに歪んでいる。
心なしかソルの左肩に置かれた手に力が籠っているようで、皺が寄っていた。
「……やっぱり、2人ともどこか悪いんじゃ___」
「いや!そんなことないよ。全然大丈夫。むしろ元気!」
「ええ、私たちは今までにないほど元気です。……それよりも、ここから早く出ましょう」
俺の言葉を遮るように、2人が返事をする。これ以上2人に問いかけても、俺を心配させまいとする言葉が返ってくるだけだ。
疲れが溜まっているようだし、あとで疲労回復ポーションとかをさりげなく渡そう。
左手をソルに、右手をアトリにエスコートされながら、俺はゆっくりと立ち上がった。そんなに高さはないヒールの靴を履いているが、慣れない男の俺にとっては歩きづらい。
2人に支えられながら静々と歩く。アトリが、鳥籠から出ようと扉を押した、その時だ。
ガチャンっ!と派手に金属の扉が音を鳴らした。
「……もしかして罠だった?」
「……閉じ込められましたね」
ソルとアトリの声が、途端に緊張感を増した。俺も女装させられる嫌がらせ以外は、危害を加えられなかったから油断していた。
2人が武器を取り出そうと身構えた瞬間、クスクスと愉快そうな笑い声が鳥籠の外から聞こえた。
「もう、姫の前で物騒なもの出さないでくれる?せっかくの美しい空間が台無しになるでしょ?」
ふわっと黒色のフリルを揺らして、何処からともなくカプリスが上から舞い降りる。寒色のステンドグラスの光を浴びながら、カプリスが鳥籠の前で微笑んでいた。
「ヒズミ。王子様にお礼もしないで助け出されるのは、マナー違反でしょ?王子のキスで、永遠の眠りから覚める姫もいるわけだし……。というわけで……」
そこで、カプリスは勿体ぶったように言葉を止める。
幼い少年の顔は、凄く楽しそうに微笑んでいた。少年の無邪気な顔をしながら、カプリスが俺たちに爆弾を落とした。
「囚われの姫から王子様たちにキスをしないと、その鳥籠から出られないからね☆」
にこっと音がするように、カプリスが満面の笑みを浮かべる。
141
お気に入りに追加
6,033
あなたにおすすめの小説
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。
薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。
アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。
そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!!
え?
僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!?
※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。
色んな国の言葉をMIXさせています。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる