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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦

魔力暴走、断罪(ソレイユside)

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(ソレイユside)



「……本当に、ごめんなさい」


そう言って、使用人は手にしていた小瓶を馬車の床に叩きつけた。甲高い破壊音が響き、ガラスの破片と毒々しい色の液体が馬車内に広がる。

瞬く間に広がった香りに、父が怒声を上げた。


「くそっ!魔物寄せか!!」

父はそう言うと、母とオレを抱きかかえて馬車の後ろから急いで外に出た。外では冒険者と黒装束の者たちが、未だに戦っている様子に父が歯を軋ませた。

父は全員に聞こえるように叫ぶ。


「全員聞け!!魔物寄せが使われた!刺客の者も全員魔物の餌食なるぞ!急いでこの場を離れろ!この森には____ 」


グギャャアアアアーーーー!!!!


言葉を遮るように、獣の咆哮が一斉に上がる。段々とその咆哮は近づいて来る。母と父の今までにない緊迫した様子に、幼いオレはただ茫然として父に抱かれているだけだった。

幼いオレは父を見上げると、恐怖で固まった。


「とう、さん……、あれ、なに……?」

小さな指で、幼いオレは空を指差している。曇天の空に突如として影が落ちる。大きなコウモリのような翼が、空気を不穏な音を立てていた。凄まじいつむじ風が起こる。


「来やがったか、プレデターエール……!まずい!」

曇天に現れたのは、翼竜型の魔物だった。しかも、その数十羽。大きな翼に、鋭く尖った大きな嘴。唖然と見上げた刺客の1人にぎょろッと目を動かすと、鋭い風切り音とともに地上へと翼竜が急降下してくる。


「ぐわぁぁああっ!!!」

鋭い翼竜の鉤爪に攫われた刺客は、そのまま空中に急上昇させられた。服からは血が滴り、赤い点がぽたぽたと落ちる。そのまま、叫び声を上げながら暗い空に消える。

プレデターエールは、肉食の魔物だ。しかも、巣穴に生きたまま餌を持ち帰る。生け捕りにした餌をワザと逃がして、子供に狩りの方法を教え、嬲り殺して食すのだ。


冒険者と刺客たちは、この状況に共闘することを早々と決めた。口封じのために、大旦那様は魔物寄せまでも使ったようだ。全員が魔法で上空の敵を攻撃して、数匹の翼竜を倒したが、それでもさらに魔物は集まって来た。

あざ笑うように魔物たちはクルクルと空を旋回する。次の獲物を、吟味しているように見えた。


魔物の動向を注意深く見ていた父は、オレのおでこにそっと口付けた。そして、母にオレを預ける。


「……ソレイユを頼んだ。奥方様の馬車なら、何とかなるかもしれん。」

「とう、さん……?」
 

恐怖で震える幼い俺に、父はにかッと歯を見せて笑う。


「強くなれ、ソレイユ」


その言葉だけ言い残し、父は再び長剣を構えた。魔法の斬撃で魔物へ攻撃をする。


「すぐに戻ってくるわ。それまで、無事でいて?」

そう父に言った母は、別の馬車へと走りだした。オレたちが乗っていたのとは違う、豪奢な馬車だ。馬車の横にあるはずの扉は、無理に壊されたのか地面に倒れていた。

母が扉から迷うことなく入ると、そこは真っ赤な血の海だった。


「従者にも裏切り者がいたのね……。」

馬車の中には、侍女と思われる女性と、綺麗なドレスを着た女性が血を流して横たわっていた。既に、息はしていない。ドレスを着た女性は、血濡れの手で何かを抱きしめている。


母が女性に近づくと、そっと女性の遺体を動かした。女性に抱きしめられていたのは、チェリーブラウンの髪をもつ幼い女の子だった。母が女の子の首に手を当てる。


「っ!……まだ、息がある。魔物の襲撃で、確認せず逃げたというわけね……」

目を閉じて気絶したままの女の子を、母は抱き上げた。そして、馬車の中にある毛布でそっと包むと、衣装を入れる大きな箱の中に女の子をしまい込んだ。

そして、オレも同じように毛布に包むと、もうひとつあった箱へとそっと降ろす。


「……おかあ、さん??」

幼いながらに、何か感じ取ったのだろう。恐怖で不安な顔をしているオレに、母は静かにこう言った。


「……ソレイユ、良く聞きなさい。何があっても、決してこの箱から出てはいけません。」

「……おかあさん……」

オレは駄々を捏ねるように、母の服の裾を引っ張っていた。幼いオレの感情が、流れ込んでくる。


おねがい。いかないで。
いったら、おとうさんと、おかあさんが……!!


母はぎゅっとオレの両手を握った。オレの両手を握る母の手は、小刻みに震えている。


「ソレイユ、私たちの可愛い子。勇敢な冒険者の父と母から、貴方に最初で最後の依頼をします。この馬車に眠る、女の子を守りなさい。そして、誰よりも強い男になりなさい」


幼いオレは、冒険者に憧れていた。

人助けや、困りごとの依頼を受けて活躍する父と母を、心から尊敬していた。そんなオレのことを知っている母は、幼いオレを1人の冒険者とみなし、依頼をしたのだ。


「私たちの子は、賢く強いわ。貴方ならできる」


そう言った母は、幼いオレを抱きしめた。温かな体温に包まれていたのは、ほんの数刻だ。名残惜しそうに離れた母の顔は、慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。


「頼みましたよ」

そう言うと、箱の蓋を被せる。母はオレを箱に仕舞うと、2つの箱に魔力を大量に注いで防御結界を掛けた。そして、馬車にもさらに防御結界を掛けて立ち去っていく。


その姿を蓋の隙間から、そっと覗いているのが見えた。


オレは、外に出て馬車の外を確認した。冒険者たちが血を流しながら、空から襲って来る魔物と戦っている。動かなくなった人が、血溜まりの中に転がっていた。


「冒険者ギルドに応援を呼んだ!それが来るまで、何とか持ちこたえろ!!」

父の声に、その場にいる全員が歯を食いしばった。戦闘している全員が、今の状況が不利であることを悟っている。時刻は夕刻を過ぎて、もはや夜だ。


何よりも悪路を辿ったせいで、応援が来るのにも時間がかかるだろう。今、冒険者をするオレなら分かる。

ほぼ、助からない。


また1人、また1人と魔物の餌食になっていく。地面が赤く染まる。助けたいと剣を持って、魔物を斬りつけても、オレの身体は魔物をすり抜けるだけだった。


「ぐはっ!!」

「あなたっ!!」

翼竜が母を鉤爪で裂こうとしたのを、父が背中で庇った。そのまま、母の上に父が倒れ込む。もはや、その場に無事に立っていたのは、父と母の2人だけだった。


「逃げ、ろ……、お前だけ、でも……っ!!」

「っ!!」

そう言った父の肩に、鋭い鉤爪が突き刺さる。そのまま、翼竜が父を空へと連れて行こうとする。母は必死に翼竜を攻撃しているが、疲労困憊の攻撃は通用しなかった。

その母を襲おうと、別の翼竜が急降下してくる。


やめて、もうやめて!!
おとうさんと、おかあさんを、つれていかないで!
殺さないで!!

いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!


そんな、キリキリと胸を絞る感情の声がオレの中に響いた。幼いオレの感情が、再び流れ込んでくる。


はっとして、馬車の中へと視線を移した。

そこには、箱から身を乗り出した幼いオレがいた。母譲りの金色の髪が、揺らめくように逆立っている。父譲りの金色の瞳は、濃い黄金に変わっていた。


父が呻きながら、空へと連れていかれる。母の肩に鉤爪が食い込んだ。目の前が血に染まった、その瞬間だ。


「ヤメローーーっ!!!!!!」


幼いオレが、断末魔のような絶叫を上げた。

それと同時に当たり一体に眩しい光の魔力が爆発する。大きな金色の爆風が、空まで渦を巻いて高く昇る。森の木々が爆風によって折れる音に、地面が割れる音が聞こえる。

魔物のグギャっと言う短い音が、爆風の中で聞こえた。

爆風は月の出ない漆黒の闇を一閃で切り裂いて、辺りを昼のように眩しく照らす。オレも眩しさに思わず目を瞑った。しばらくして、眩しさが治まると、そこに広がった光景に息を飲む。


地面には、子供が入れるくらいの箱が一つと、
倒れた幼いオレだけ。

あったはずの馬車も、刺客や冒険者の遺体も、魔物も。
オレの両親の姿も。

何も残っていなかった。


幼いオレを中心に、地面に亀裂が走る。爆風の残り香のように煙が所々立ち込る。鬱蒼と茂った森だった場所は、地面が剥き出しになっていた。


「魔力暴走……」

オレの呟きが、複数の足音によってかき消される。


「凄まじい魔力の反応があったぞ!」

「あそこだ!」

冒険者の姿をした複数の大人が、駆け付けた。応援の冒険者たちであろう。ぐったりとしたオレを、1人の年配魔導士の男性が抱える。


「なんてことだ……。ソレイユ、しっかりせい!!」

その言葉を最後に、周りの景色が黒い煙に包まれた。漆黒がオレの視界を塗りつぶす。



漆黒の世界に、オレは佇んでいた。

目の前には、先ほどまで見ていた両親がいる。ぼんやりとした灰色の光を纏った両親は、冷たい視線を俺に向けた。


『オレたちは、生きたかった』


父の唇が冷たい声音で言い放った。


『私たちは、死にたくなかった』

母は詰るような声を出す。


オレによく似た黄金の瞳の父が、オレを指で指し示した。


『あともう少しで、応援が来た。オレたちは生き残れたはずなんだ。それなのに、お前が魔力を暴走させたせいで、オレたちは死んだ』


オレに慈愛に満ちた微笑を浮かべたはずの母は、冷たく言い放った。


『ソレイユ、貴方が私たちを殺したのよ』



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