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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦

オレは、そんなに良い子じゃない(ソレイユside)

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(ソレイユside)



「我の名はリベル。お前たちの仲間は、私達双子が預かった。心配せずとも無体なことはしない。……ただ、帰してやるかは、お前たち次第だ。勇者よ。」
 
ニヤリと片方の口角と吊り上げて、黄金の目を細める。嘲りの色が見えた。


「……勇者?」

オレの呟いた言葉に、リベルと名乗った少年はチラッと視線を寄越す。金色の瞳を、挑発的に歪める。


「……ほう。仲間だというのに、お前は何も聞かされていないのか?自分が何者で、これから何が起こるのか……」


勇者とは、光の英傑の別名だ。

英傑はそれぞれの魔法属性に基づいて存在する。そして、それぞれが担う役割があるんだ。


風の英傑は統率者。火は守護者、土は先導者、水は大賢者、聖は治癒者。闇の属性の英傑はいない。それは、魔王が闇属性の魔法を得意とするからだ。

そして、光の英傑の役割は『勇者』。
だがなぜ、その勇者の話が今出てくるんだ?


「お前の仲間は真実を告げないまま、お前を光の英傑である『勇者』に仕立て上げようとしているぞ?」

「……?」


一瞬、リベルの言葉の意味が分からなかった。

どういうことだ?
ヒズミが、オレを光の英傑にしようとしている?

頭の中で疑問符を浮かべているオレに、リベルは構わず言葉を重ねる。


「このダンジョンには、勇者にまつわる神具が眠っている。そして、神具を手に出来るのは勇者となる者だけだ。……囚われた仲間は、その神具を探しに来たようだぞ?」

「っ?!」


確かにヒズミは、このダンジョンに何故か拘っていた。必ずオレたちが未踏の場所に辿り着くと、確信していた節もある。


「お前が勇者だ。歴代の勇者しか抜けない、その長剣を手にしていることが何よりの証拠。……まだ、覚醒はしていないようだが、時間の問題だろう」

オレは思わず、隣にいるアイトリアさんを見た。

眉を顰めるアイトリアさんだが、その表情には困惑の色が浮かんでいる。どうやら、アイトリアさんもヒズミから何も聞かされていないらしい。


「酷い仲間だな。お前に黙って、世界を救わせる重荷を背負わせようとして……。世界の業を、お前に押し付ける気だぞ?」

そこで、リベルはニヤリと口角を上げた。何やら思いついたというように、目を細めてクスクス笑う。


「今なら、まだ間に合うぞ?何も無理して、勇者にならなくていい。この世界の者は、英傑に勝手に自分の命を預けている。……もし、魔王の討伐に失敗した場合は、全て英傑たちのせいに出来るように。……お前の仲間もそうだ。」


するりと漆黒の神官服を翻し、祭壇の上からリベルが降り立った。足音が一切しないまま、オレの胸部分までしかない背丈の少年が近づいて来る。


オレが長剣を構えると、リベルは剣をじっと見据える。剣に手が触れそうな位置まで近づいてきたリベルは、外にハネる漆黒の髪を揺らしてオレを仰ぎ見た。

金色の瞳を嘲笑するように細めて、こちらをひたっと見据える。


「そんな、自分のことしか考えていないヤツらのために、お前が命を懸ける必要はないだろう?このまま階層から抜けて、神具を手にしなければいい……」


逃げても、良いのだぞ?


そんな、甘い言葉をベリルは吐いた。
まるで、多すぎて水に溶けきれない砂糖みたいな、不快な甘さを帯びた声だった。


「そうすれば、お前は勇者にならない」


長剣の刃体を、リベルは優しげに右手で撫でた。白く細い指先が、刃体の芯となっている金色に触れる。


「お前は、勘違いをしている」

ピタッと、リベルの刃を撫でていた指が止まる。それは、オレが思いの外声を低くして、冷静に言い放ったからだろう。

ヒズミも、オレが素直で一生懸命な子だと勘違いをしている。


オレは、そんなに人間は出来ていない。
むしろ、自分でも引くくらい心の奥底は冷淡で、淀んでいる。
 

「オレは、ヒズミさえいれば、何も要らない。ヒズミ以外は、必要ない」


人類の滅亡だとか、世界平和だとか、
実際本当にどうでも良いのだ。

ヒズミさえ、傍らに居て微笑んでくれれば良い。


「ヒズミが望むなら、オレは勇者にでも魔王にでも、何にでもなってやる。ヒズミの願いは、どんなことでも叶えたい。優しい世界を望むなら、平穏を守る。世界を敵と見做すなら、その世界を壊したって良い。」


凛とした闇が、生命を宿して地に舞い降りたような。
美しく澄んだ心の人と、一緒に居られるのなら。


オレはどんな聖者にも、悪者にもなる。
 

「……信用すると言うのか?あの者を……。お前に隠し事をしていたやつだぞ?そのまま捨て置けばよいじゃないか」


リベルの言葉を聞いて、オレは内心鼻で笑った。ヒズミに隠し事があるなんて、今に始まったことじゃない。

出自はおろか、家族の話さえ口にしたことはない。それを不満に思ったことなど無いし、無理に聞き出そうとも思わない。本人が話したいと願ったときに、聞き手がオレであれば良いのだ。


隠し事が何だと言うんだ?

オレにとっては、今存在するヒズミが全てなのだ。
そして、これからもヒズミの未来を貰って良いのは、オレだけだ。


オレの信念は、大切な人の世界を守り抜くこと。
それが、オレの存在意義。


オレは自然と口角が上がっていた。嘲りの表情をしている相手に向かって、煽るように。

「見くびるなよ。お前の戯言ごときで、信念を変えるつもりはない。……さあ、神具を渡せ。そして、ヒズミを返せ」

これ以上の押し問答は不要だとばかりに、オレは長剣を構えなおした。長剣を撫でていたリベルの指を、払うように剣を揺らす。


体勢を低くして、魔力を長剣に纏わせる。
もはや、話しをしても時間の無駄だ。


「……今代の勇者は、些か狂っているな。……まあ、良いだろう。そんなにも苦しみたいのなら、好きにすると良い。……そこの大人よ。お前はこいつに助言をしないのか?」


リベルは、オレの長剣から指を離すと、傍らに立つアイトリアさんへと視線を移す。アイトリアさんは、普段の穏やかな表情を好戦的に変えた。


「……何の助言が必要だと?むしろ、教え子が逞しく成長していることを、褒めてあげたほうが良いですか?……ソレイユには勇者でも、悪の帝王にでもなれるように指導しましたから。先生は嬉しい限りです。」


そうクスっと笑って答えたアイトリアさんも、手に銀色の杖を構えた。アイトリアさんの背丈ほどの杖は、実に優美で美しかった。

槍のように尖った先端の下に、美しい水色の石を埋め込んだ装飾が付いている。杖の下部も鋭利に尖っていた。全体的には美しい見た目だが、そこに刃がちゃんと備わっている。

刺突も魔法を出来るという、攻撃性が高い杖。

杖は、魔道士にとって攻撃に欠かせないもの。
魔導士のアイトリアさんが杖を取り出したと言うことは、アイトリアさんも本気を出す気なんだろう。

今までの魔法は、ほんの序の口だった。


「きゅ」

アイトリアさんの肩にいたモルンが、仕方無しとばかりにオレの肩に飛び乗った。心なしか溜息を吐かれた気がする。


オレの左肩に小さな足を食い込ませて、力を入れて四つん這いになっている。モルンも、大きな目にリベルを写していた。地味に痛いが、共に戦う仲間ならご愛嬌か。


オレたち2人と1匹の臨戦態勢を見たリベルは、ふうっとため息を零した。

「……つまらんな。……だが、挑むというのなら、相手をしよう」





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