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第6章 友達の家に遊びに行きます、夏休み後半戦

閑話 同期との会話(とある教諭side)

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(とある教諭side)



外観も美しい高貴な店が立ち並ぶ城下町の大通りから、喧騒を避けるように一つ脇道に入る。コツコツと靴音だけが響く落ち着いた静けさに、ほっと息を吐いた。


今や夏季休暇シーズンで、城下町は観光客でごった返している。俺は人混みが嫌いなんだ。だから、こうして地元民だけが通る道をコソコソと歩く。


「あいつと会うのも、久々だな……」

今日、会うと約束している人物も随分と多忙だ。休みになったと聞いて、急遽報告がてら会うことになったのだ。


ぼんやりと独り言を言いながら辿り着いたのは、地元民なら知る人ぞ知る、隠れ家的な酒場だ。古びたレンガの壁に、はめ殺しの窓からは密やかな明かりが漏れている。

チリンっと品の良いベルの音とともに、木製の扉を開けた。


「いらっしゃい」

壮年の男性がカウンター越しに目を細め、柔らかい声で迎え入れた。白髪を後ろに撫でつけた老紳士に、俺は手を軽く振る。


「マスター、久しぶりだな」

色とりどりの酒瓶が、上にも横にもズラリと並べられた棚の前で、グラスを磨いていたマスターは微笑んだ。

地元で手に入る酒から、幻と言われる貴重なものまで。貴族もお忍びで味わいに来る、本格派の店である。


酒にうるさいアイツと会うには、うってつけの場所だろう。


「今日は、人と待ち合わせをしているんだが……」

「お待ちしておりました。一番奥の部屋へどうぞ」


マスターが手を向けた先は、店奥にある個室の扉だ。先方のほうが早めに着いたらしい。


「お飲み物をどうぞ」

その場でマスターに酒を注文し、個室に持ってきてもらえるように頼む。カウンター脇を通って奥に進み、艶めく古びた木製の扉に手をかけた。


「っ?!」

ドアを開けた瞬間、小さな風切り音が耳を掠める。思考が何かを捉える前に、反射的に身体が動いた。顔面を正確に狙った赤色のダーツの矢を、右手の人差し指と中指で挟んで止める。

矢尻の針が、寸前のところで止まった。あと少し遅ければ、確実に鼻頭に矢の針が当たっていた。


……てっ、おいっ!危ねえな……。


「……たくっ……。久々に会うのに随分な挨拶だな……」

「……手で払うだけかと思ったら、現役の時と変わらず指で止められたか……。」


扉を開けた先には、騎士時代に一緒に馬鹿をやって過ごした同期が、ゆったりとグラスを傾けていた。

アイスブルーの切れ長の瞳が、楽し気に細められる。


「それで、俺は合格か?緑風騎士団長?」

ダーツの矢を3本の指でつまみ、壁に掛かった的へ投げる。円のど真ん中に当たったのを見て、ソファに寛ぐ男はクツクツと笑った。


「勘が鈍ってなくて、なによりだ。先生?」


長い足を優雅に組む美丈夫は、魔物の討伐を主な任務とする緑風騎士団の団長、ヴィンセント・ゼフィロス。濃紺の髪の男は、国でも五本の指に入る、実力者である。


シンプルなシャツの襟を寛げた姿は、鍛えられた身体も相まって雄の色気が漂う。街を歩けば町娘や貴族令嬢に声を掛けられ、男からも『抱いてほしい』と迫られる始末だ。

チっ、モテ男なんて爆発しちまえ。


「お待たせいたしました」

俺がヴィンセントの向かいのソファに腰を下ろすと、タイミングよくマスターが酒を運んできた。

涼やかな青色の酒が入った細長いグラスのふちに、レモンが輪切りで刺さっている。黄色い果実を絞って、青色の酒に果汁を注いだ。

青色の酒が徐々に紫色へと変化していく様子を、ゆったりと眺めて楽しむ。向かい合わせに座っていたヴィンセントが、チラリとその酒に視線を移した。


ああ、そうだったな……。
ここに来た当初の目的を、忘れるところだった。


「……お前に頼まれていた生徒は、実に面白いぞ。ヴィンセント」

今日の目的は、ある生徒の行動報告だ。


この酒の色によく似た色の瞳を持つ男子生徒は、凛として孤高の存在だ。学園内では『宵闇の君』と呼ばれ、羨望の眼差しを向けられている。


「今のところ、怪しい動きは無いし、外部との接触の形跡も全くない。冒険者活動に精を出す、ちょっと変わった生徒ってとこだな」

「そうか……。そうとなれば、ますます謎だな」


度数の高い酒を煽るヴィンセントは、何の進展もない報告を聞いても面白いとばかりに、不敵に笑った。この顔をヴィンセントがするときは、大抵が何かを企んでいるときだ。


俺は思わず懐かしくなって、ニヤリと口角を上げる。

俺とヴィンセントは、騎士団の入団時期が一緒だった、いわゆる同期というやつだ。怪我をして俺が引退するまで、ずっと一緒に働いていた。


そんな彼に、今年の初め頃、ある依頼をされたのだ。


『1人の生徒を、監視してくれないか』


監視対象は、ヒズミという家名もない平民だった。
家族のいない天涯孤独。ここまでは、どこにでも居る青年と言えよう。

しかし、ここからが、中々に面白いのだ。


「出自については事前にこちらも調べたが、情報が全く得られないからな……」

ヴィンセントの言うとおり、ヒズミの出自をいくら調べても、入国した形跡も、生まれた記録さえも、塵一つ出てこないのだ。まるで、意図的に過去を消したか、突然現れたのかというほど白紙だった。


さらに、歳の割に冒険者レベルが、Aレベルと異様に高い。

それは偽りではなく、授業でも遺憾なく戦闘の実力が発揮されている。極めつけは、一年半ほど前にスタンピードの発生を予期し、未然に被害を防いだという。


別の国からの間者か?
それとも、滅亡した国の高貴な身分の者か?


謎だらけの青年は、その謎さえも神秘的な魅力にしてしまう。それほどまでに、不思議で魅惑的な青年だった。


国外との連絡や、外部との怪しい動きがあった場合は即刻ヴィンセントに連絡するつもりだったが……。今のところはそんな様子はなく、むしろ学園生活を謳歌している様子だ。


「俺は結構気に入ってるけどな……。クラスにも良い刺激になっているぞ」

『気に入っている』という俺の言葉に、ヴィンセントの片眉がピクリっと動いた。


今年のAクラスの生徒たちは、ヒズミたちに影響されて自分の得意分野を伸ばし、個性を生かして各々が能力を磨いている。


あの辺境伯の三男坊と、伯爵家の次男坊が良い例だ。

あいつらは潜在能力が高かったが、兄弟たちが優秀で気後れしてしまい、自分には能力が無いと思い込んでいた節があった。

その思い込みを、良い意味でぶっ壊したのが、ヒズミとソレイユである。例年の面白みのない、貴族社会に従順で陰湿なAクラスとは違った雰囲気が、俺は大層気に入っていた。


「お前も気に入ったか……。だが、目をつけたのは私たちが先だ。お前にはやらん」

俺は目を丸くしながら、ヴィンセントを見遣った。コイツが一人の人間に対して、こんなにも執着するのは珍しい。


これは、面白いな。

内心でほくそ笑みながら、グラスの酒を一口飲んだ。レモンの酸味で爽やかになった甘さを堪能する。


「……誰が生徒に手を出すか。……だが、早めに唾つけておいて正解だな。暗部がヒズミを狙っているぞ」

学園には一学年に第二王子が在籍している。そのために護衛として、王家の影である暗部が入り込んでいるんだが……。


うちの学園に、以前暗部の隊長が気まぐれで立ち寄った。そのときに、ヒズミを見つけたらしい。天涯孤独な点と、気配を消せる戦闘が暗部にはうってつけだろう。


「……ああ、なるほど。最近、昼飯に下痢剤や睡眠薬が混じってたのは、そのせいか」




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