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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦

ボディミスト、試験結果に夏休み到来

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丘の上で綺麗な夕日をしばらく眺めた俺たちは、馬車で学園に戻った。学園の裏門に到着して、馬車を降りなければというときに、隣に座っていたエストに手を握られる。

銀色の瞳が熱を帯びたかと思うと、再び左瞼の上に唇を落とされた。


「……んっ、エスト。くすぐったい。」

この国の人は、スキンシップが過激だ。
それとも、別れの挨拶にキスをする習慣があるのだろうか……?


「……今度は、私の部屋にも遊びに来て?ヒズミなら、いつでも歓迎する。」


その鼓膜を震わせ、低く甘いイケメンボイスに、耳の骨までも食まれたような感覚になった。ぞくっと肌が熱くなる。俺は、くすぐったさに反射的にビクッと身体を跳ねさせた。

俺の反応に、耳元でふっとエストが笑う気配がした。なんというか、無駄に吐息が艶っぽい。


「……もう、遊びに行くから……。そんな良い声で囁くなよ。ソワソワするだろ。」

不覚にも男の俺が、ドキッとしてしまったではないか!

恥ずかしさに、今の俺の顔は赤いと思う。抗議するようにエストを見上げると、エストはなぜか顔に手を当てて、ふうっとため息をついた


「……そんな顔しないでくれ……。あいつの元に帰したくなくなる。……でも、今はこれで我慢しよう。」

名残惜しそうに、エストは握っていた右手をそっと離すと、2人で馬車を降りた。エストに黒色の高級感溢れる紙袋に入ったボディミストを手渡され寮まで送ってくれた。


「エスト、今日はありがとう。とても楽しかった。」

「私もとても楽しかった。また、一緒に出掛けよう。」


夏休み明けに再び会う約束をして、俺たちは別れたのだった。



エストとお出かけしたその日、俺は早速お風呂上りにボディミストを使った。ソファでまったりとしていたソルが、いつも通り俺の髪を魔法で乾かしたあと、すんっと鼻を鳴らした。


「ヒズミ、すごく良い香りがする……。爽やかなのに、花の香りがほのかに甘くて……。何か香水でもつけたの?」

「……ああ、これか?ボディミストを付けているんだ。今日、エストと一緒に出かけたときにプレゼントしてくれて……。肌もスベスベになっていいだろ?」


ボディミストは保湿性にも優れていて、肌がしっとりと柔らかくなるんだ。良い香りもして、肌のケアも出来るなんて素晴らしい。

その素晴らしさを体感してもらおうと、俺はボディミストをつけた手をソルに差し出した。ソルは俺の手を取ると、指先で手の甲をそっとなぞっていく。


「っ!……うん、すごい肌がすべすべだ……。」

そう言いながらも、どこかソルは複雑そうに顔を歪ませた。俺の手を離すと、ボディミストのボトルを見て何やらボソボソと呟いていた。


「……くそっ。ヒズミがこの香りを気に入っているから、洗浄もしにくいし……。香りがヒズミに似合い過ぎて、消すのが惜しいと思ってしまう。……あの腹黒、オレを毎日モヤモヤさせる気か……。」

「……ソル?」


独り言を呟いているソルが気になって話しかけると、ソルは何とも言えないというような顔をして、ポツリと呟いた。


「……良い香りだけど……。複雑だ。」

ソルは良い香りだと褒めてくれたのだけれど、それ以降はいつもどこか難しい顔をしているのが気になる……。


何だろう?
もしかして、ソルもボディミストが欲しくなったとか?



そんな週末を終えて、前期試験の成績が発表される日になった。


「……廊下に行くか。」

俺が腹をくくってソルに言うと、ソルも強く頷いた。
 

「そうだな。……ガゼットとリュイも一緒に行くぞ?」

緊張した面持ちのガゼットとリュイを誘い、俺たちは教室を出て学園の大広間へと向かった。

前期試験の結果が、大広間の掲示板に張り出されるのだ。これによって夏休みの過ごし方が随分と変わって来るから、どの生徒も固唾を飲んで自分の名前を探していた。


4人全員の名前が、早めに見つかってほっとする。


「……とりあえず、追試は回避したな。」

「……いやいや、追試回避どころか、上位に食い込んでるんですけど?!」

俺たち4人は、Aクラスの1位から4位を独占していた。1位は俺、2位はリュイ、3位にソル、4位にガゼットの順だった。

Aクラス内でも、4人は他の生徒に比べて圧倒的な差をつけている。


クラスも関係のない順位で見てみると、上位20位以内にSクラスの生徒たちに混ざって俺たちの名前が記載されていた。皆で勉強会や鍛錬をした甲斐があったものだ。


「すごい……。なんだか信じられないよ……。」

リュイは何度も自分たちの名前と順位を確認していた。今まで落ちこぼれと言われていた2人は、努力が実ったことを噛み締めるかのように静かに喜んでいた。


「すげぇ、嬉しい。ソルとヒズミのおかげだ。……ありがとな。」

「……僕も、こんなに良い成績が残せたのは、2人のおかげだよ。ありがとう。」


2人が俺とソルにお礼を言うが、それはちょっと違うと思う。


「それは違うぞ。2人の努力の賜物だろう?皆で頑張ったからだ。……俺とソルだって、2人がいないと今頃ボロボロだったぞ?……これで、全員気兼ねなく、夏休みを過ごせるな。」

皆にそう言って微笑むと、「あははっ!そこかよ!」と笑いが起こる。この、試験結果に一喜一憂するのも、学生生活って感じでいいよな。


前期試験を無事に乗り越えた俺たちは、その数日後に夏休みに突入した。ソルと一緒に馬車に乗り、目指すのは俺たちの故郷だ。


「……というか、モルンも着いてきたのが予想外だった……。」

「俺は、モルンが一緒で嬉しいぞ?」

「ぷう。」

俺の右肩に乗っていたモルンが、上機嫌でふわふわの白い尻尾を揺らす。さっきから頬に当たって、くすぐったいんだ。


俺とソルが学園から出発する数日前、図書棟の司書さんにモルンのお世話を頼もうと訪れた時だ。


『おや?もう、そのお手伝いモモンガからは外出申請を頂いています。夏休みを一緒に過ごしても大丈夫ですよ?』

モルンを本人の意志に反して外出させることは駄目だと思っていた俺は、モルン本人が俺たちに着いて行く気満々だったことに驚いた。


ほらっ、と言って、司書さんは俺たちに一枚の書類をぺらっと差し出した。

それは、ガゼットの領地とリュイの領地、さらにカンパーニュの地名が記載され、朱肉に彩られた小さな手形が右下の隅に押された書類だった。


こんな書類、いつの間に……。
でも、モモンガのモルンがどうやって文字を書いたんだ?

疑問に思っていると、書類の製作過程を司書さんがのんびりと教えてくれた。


『モモンガたちを地名の書かれた地図に乗せるんです。自分の行く場所に、木の実を置いて印をつけてもらう。それを順に記載して、同じ要領で今度は期間の書かれた紙に印をつけてもらんです。……あとは、本人の印鑑ならぬ、肉球印を押してもらいます。』

なんだその、可愛すぎる製作過程は……。
その姿、俺が見たい。肉球印が押されるのを、めちゃくちゃ見たい。


何はともあれ、モルンの外出許可も得たことだし、夏休みはモルンを一緒に連れていけることになったのだ。モルンも学園の外に出たことが無いらしく、いつもよりちょっとウキウキしているように見える。


馬車の中でも、モルンは子供たちに人気だった。

『ふわふわ、ももんが!』と、一緒に乗っていた3歳の男の子がモルンに頬ずりしていたときは、フクフクのほっぺにふわふわにと、馬車内が幸せ空間になったのは言うまでも無い。


以前と同じように馬車の護衛をしつつ、俺たちは楽しい旅をした。そして、畑が続く街道を通し過ぎて、新緑の匂いが近づいて来ると、カンパーニュの町が見えてくる。



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