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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦

誓いの夕日、瞼に触れたのは唇だったような?

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「学園に入学してからも、それは変わらなかった。でも……」

銀色の瞳が、ついっと俺に向けられる。ダイヤモンドダストは、どこまでも細かに美しい輝きを放つ。その瞳の奥に秘めやかに揺れる熱も感じて、俺は胸の内でドクンッと鼓動が高鳴った。

秘めやかなのに、どうしてこんなにも、熱いのだろう。


「……ヒズミに出会って、全てが変わった。」

「……えっ……?」


いつしか周囲は空色から夕へと姿を変えようとしている。うっすらと夕日のオレンジ色に照らされながら、美貌の青年は美しく微笑んだ。右手をすうっと伸ばされたかと思うと、俺の左頬をしなやかな指先がするっと撫でていく。


「……ヒズミが『救いたい』と、共に戦うと言ってくれただろう?『英傑』ではなく、『人』として私たちに心を砕いてくれた。たとえ、それが私だけに向けられた言葉でなかったとしても……」

小さな星が散りばめられた銀色の瞳は、まっすぐと俺を射貫いた。どこまでもまっすぐに、静かな熱を帯びて。


「私は、心が震えるくらい、嬉しかったんだ。」


多くの人の命が、自分たちの手に掛かっている。
その重圧は、英傑である彼らにしか分からない。


俺のように戦いの無い、命の危険さえも程遠い世界で生まれた者には、きっと一生理解なんてできないだろう。理解できると言うほうが、とんでもなく傲慢で浅はかだ。


でも……。
それでも、俺は……。


「……俺は英傑のように、大それたことは出来ない。英傑の皆の苦しみさえも、俺は分かってあげられない。それでも……」

俺の左頬を優しく撫でるエストの手を、そっと掴んだ。身体の正面に持っていくと、祈るように両手で包み込む。


きっと、これは俺の自己満足なのかもしれない。

乙女ゲームの攻略本を読んだ時から、英傑たちの運命が辛く重いものだと知っていたから。そして、その重圧に頑張って耐えている人を、現実で目の当たりにした。


自分の孤独や哀しみを押し殺して、周囲に恨み事も一切吐かずに。厳しい訓練や勉学にも耐え抜いて。


運命を憎んでも、決して投げ出すことなんてしなかった。自分の心が悲鳴を上げていても、多くの人の命のために、命を捧げて魔王と戦おうとしている。

そんな強く、ひどく優しく、高潔な人に。


この人だけに、英傑たちだけに、
世界のすべてを背負わせてはいけないと。


銀色の瞳を、俺はまっすぐと見た。手を握られたエストは、どこか驚いた表情をしている。氷を思わせる美貌の英傑は、ただの心優しい青年だった。


このひどく優しい青年の、孤独と哀しみ、苦しみが少しでも和らぎますように。

そう強く願って、エストの手を包んだ両手に、力を込めた。


「……俺は、自分の大切な人たちを守りたい。エストは、俺にとって大切な人の1人だ。その運命の重みを、使命の息苦しさを、少しでも和らげられたら良いと……。そう、思うんだ……。」


いずれ、魔王と戦うのは避けられない。
……それならば、皆で幸せになれるように。


「俺は、共に戦う。皆を、エストを、失わないために。」


月や星の静かな銀の輝きを称えた瞳が、大きく見開かれる。手の中の体温が、一瞬だけビクッと大きく震えた気がした。


その銀色の宝石から、ぽろりと美しい雫が零れる。絹のような頬を伝って、夕日の温かな明りを吸い込むと、形の良い顎先からぽたりと下草に落ちた。


銀糸の髪は、彼の優しい心を表したかのような、優しい夕日の色を映して輝く。美貌の青年は、ゆっくりと目を閉じた。少し深く呼吸をしたあとに、潤んだ銀色の宝石を俺に向けて、目を細めて呟いた。


「……ありがとう。ヒズミ。私の、美しい人。ヒズミのためになら、私は___ 」


夕日に照らされた、その心からの微笑みはあまりにも美しくて。
どこか瞳はせつなげで。
声音には乞うような音が混じっていた。


俺はその微笑みを間近に見て、情けなくも見惚れて呆けていた。


エストは、空いている左手で俺の右頬を優しく包み込んだ。微笑みを称えたままの美貌が、俺にゆっくり近づいてくる。あまりにも綺麗な美貌、そして、切なげな色を宿した銀色の瞳に動けない。


ふと、左目に吐息を感じて、反射的に瞼を閉じた。
その瞼に、柔らかな感触がそっと近づいて落とされた。


_____この命を、捧げてもいい___。


瞼に優しく、柔らかな感触が残る前に、エストが何か呟いた。その言葉は夕闇の近づきを告げる涼しい風によって、下草が靡く音とともにかき消される。


「……?エ、スト……?」

思いのほか近いエストの顔を見上げながら、俺は彼の呟いた言葉を聞き返そうとした。その言葉は、エストの心底嬉しそうな笑顔で頭から抜け落ちる。


「……ヒズミが共に戦ってくれるなら、私はどんなことでも出来そうだ。」


そう言って笑ったエストは、年相応の優し気な青年だった。




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