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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦

実技試験終了、ん?なんかスマートに言質取られた?

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「止めっ!」

模擬戦終了の合図の声を聞き、俺は彼の首筋に当てていた短剣型の木刀を離した。地面に押さえつけていた彼の身体を、ゆっくりと解放させる。


うつ伏せに倒れたままの相手生徒は、未だに白い顔をして身体を小さく震えさせている。そのまま、動けずにいるのを見かねて試験官は救護係を呼んだ。


「そのまま、連れていけ。」

試験官が冷たい声音で言い放った。
2人がかりで相手生徒は起こされると、両脇をガッチリと固められ、引きずるように救助係に連れて行かれた。

心ここにあらずといった感じか。


生徒が連行されていく様子を見送っていると、静かに佇む銀色の美青年と目が合う。眼鏡越しの美しい銀色の瞳が、ゆるく細められた。


「……エスト、助かった。ありがとう。」

場外にいるエストに近づいて、協力に礼を言った。エストの手助けが無ければ、未だに状況は膠着状態だっただろう。俺のお礼にエストは申し訳なさそうに、少し目を伏せて首を振った。


「……いや、ヒズミが嫌がらせを受けたのは、私のせいでもある。これぐらいは、させてくれ。それよりも……。」

エストはそこで言葉を切ると、怪訝そうにしながら俺に尋ねる。


「私が合図を送った後は、魔法が使えるようになっていたと思うんだが……。」

「……ああ、それか。もちろん、制限は解除されていたぞ?……でも、魔法を使ってないヤツに打ち負かされたほうが、ダメージが大きいと思ってな。」


そう。エストが「もう、いいよ。」と言った後、属性魔法を制限する魔道具の効果が切れたのだ。エストがどうにかして、魔道具を無効化してくれたようだ。

頭の中でも、制限が解かれたと説明が表示されたが、どうせならコテンパンに負かしておこうと思った。これで少しは、自分の無力さを痛感したことだろう。


「……ふはっ。ヒズミを怒らせると、怖いな……。」

俺の言葉を聞いたエストは、声を出して思わずと言うように笑った。こんな風に笑うエストは、珍しい。いつもの涼やかな美貌が、歳相応のちょっとワルガキみたいに見えた。


連行されていく彼の背中をエストと見ていると、こちらに試験官が近寄ってくる。俺たちAクラスの実践戦闘の授業担当だ。


「……魔道具の使用に気づきつつ、試験を続行させてすまなかった……。あの時点で魔道具の使用によって試験を中止すれば、大きな騒ぎになっていた……。過酷な状況下で戦わせて、本当に申し訳なかった。」

そう言って、先生は若く精悍な顔を厳しく歪めた。


「……いえ、どんな状況でも戦い抜けと言う、課題かと思いました……。」

「んなわけあるか。……まあ、ヒズミなら勝つと分かり切っていたがな。体術で制したのは見事だった。」


そう言って、先生は精悍な顔にニヤリと人の悪い顔を浮かべた。


先生いわく、模擬戦開始直後には、先生は魔道具の発動を見抜いていたらしい。

そして、Bクラス生徒の様子を見て大体の状況を察した。本来は、魔道具が使用された時点で、試験を止めて不正行為をした生徒をその場で拘束する決まりになっている。

しかし、実際に試験会場で魔道具を使用しているのは、あの風紀委員の生徒ただ1人。

裏で糸を引くSクラスの生徒たちを拘束することが出来ず、そのまま騒ぎに乗じて有耶無耶にされる可能性があった。それこそ、Sクラスの生徒の思うツボだ。

そのために、先生は俺が勝つのを見越して試合を続行させた。後程、全ての事情を調査して断罪するつもりだったのだと言う。


「先生、それなら問題ありません。こちらで調べがついています。……奴らは中々に、この学園で好き勝手していたようですよ?」


エストは、先ほど短時間で調べ上げた情報の一部を教えてくれた。高濃度の痺れ薬の窃盗に、平民や下位貴族への脅しと嫌がらせ等々。

風紀委員の生徒は、あのSクラス生徒の家主に雇われている使用人の息子だった。幼い妹が病に伏せ、家族ともどもお世話になっていたらしい。
その弱みに、あの生徒は漬け込んだようだ。


病の妹がどうなっても良いのか?
家族を解雇させたくなければ、Sクラスの彼に従うよう脅されていたそうだ。


他に脅された生徒たちも、彼の家が商売の取引先だったり、取り巻きの貴族たちと事業面で関わる者たちだった。明るみに出ないように巧妙に隠していたようだが、自分たちで露呈させてしまったようだな。


「情報源は言えないが、確実だから安心してほしい。」

エストがそう言ったが、俺は知っている。

この学園には、万が一のため各部屋に記録用の魔道具があることを。これは、王族、他国からの留学生など、国の主要人物の安全を守るためだ。

学園内でも、過去には暗殺が計画されたこともある。それらを未然に防止、あるいは発生時の証拠を集めるため、生徒たちの同行は常に魔道具に録画されている。

園内だけではなく、寮室全ても監視対象だ。


この魔道具の存在を知るのは、王族と王族の側近候補、学園長のみ。学園長の許可があれば、映像を見るための小型魔道具を渡されて開示してもらえる。

おそらく、エストは試験で不正が行われるのを予想して、事前に学園長に開示許可を得ていたのだと思う。3分と言う短時間で、エストは膨大な映像から証拠を見つけ出した。


「……ヒズミ、あとのことは私たちに任せてくれ。私たち生徒会が指揮を執る。」

本来は、生徒同士の揉め事は風紀委員が対処する。ただ、今回はその風紀委員自らが関わっているため、生徒会が本腰を入れて調査するのだそうだ。


ちなみに、攻略対象者である、第二王子、騎士団総括の息子、宰相の息子のエストは、生徒会に所属している。生徒会内で1学年の統率を請け負っているのも、この3人だ。


「後手に回って時間がかかるところを、さすがだな。……あのBクラスの生徒も大丈夫だ。体調不良になったと周囲に装って、教師が別室に連れて行った。……詳しい事情を聞きだすよ。」

先生はそう告げ、怪我の有無を念のため確認したあと、忙しげにその場を離れていった。


去り際に『ああ、そうだ。魔法を使ってないからって、試験結果は気にするなよ?魔法の実力は、授業で散々思い知らされているからな。』と言われた。

失格とかにならなくて、良かったと安堵する。先生が立ち去ったあと、隣にいるエストが口を開いた。眼鏡越しの銀色の瞳が、僅かに不安げに揺れている。


「……今回の件は、私が原因の一端だ。今後は人前でヒズミに声を掛けることは控えよう……。でも、ヒズミと過ごす時間は私にとって、かけがえの無い大切なもの……。」

エストはそっと俺の両手を掬い取り、包み込んだ。壊れ物を扱うように優しくきゅっと握られる。その手が、ほんの少し震えているのに気が付いた。


「……ヒズミに変な奴が絡まないよう、私も目を光らせる。だから……。」

エストが意を決したように、夜の星だけを集めたような、美しい銀の瞳を真っ直ぐに俺に向けた。


「……今後も、私と一緒に過ごしてくれるか……?」

どうやら今回の件で、俺がエストと距離を置くのではないかと、心配になっているようだ。


「……当たり前だ。エストと一緒にいると、穏やかなのにとても楽しいんだ。これからも、俺と友達でいてくれ。」

俺の言葉にエストは殊更安心したように、ほっと息を吐いた。


「……ありがとう、ヒズミ。……では、今週末は学園内ではなく、外で共に過ごそう。外なら人目を気にせずに会える。……今回のお詫びも兼ねて、王都を案内しよう。」


俺の両手を包み込んでいるエストの手に、心なしか力がこもった気がする。冷たく美しい顏が、ゆるりと微笑んだ。どこか、甘く誘うように、それでいて有無を言わせない圧を感じる。


「……うん?……そう、だな?」

何とも言えない妖艶な雰囲気に気圧されて、俺は思わず頷いていた。

……あれ?
なんか思考が追い付かないまま、スマートに事が進んでいってる?何か、今週末約束を取り付けられたような……。


「……それじゃあ、今週末は予定を開けておいてくれ。」

先ほどまでのしょげていた姿が嘘のように、エストは氷の美貌を甘くとろかして微笑んだ。


「……おい、ヒズミから手を離せ。腹黒が。」



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