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第4章 学園編、乙女ゲームが始まる準備をしよう

可愛すぎて辛い、離れないで(ソレイユside)

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(ソルside)



ヒズミはもぞもぞと身体を動かすと、オレの足と足の間に座る。横抱きのような形で収まると、オレの胸元に顔をすりっと寄せた。


眠っているヒズミを、そっと抱きしめたことは何度もある。でも、こうやってヒズミのほうからオレに触れられるのは、初めてじゃないだろうか?

酔っ払っている状態だったとしても、オレに素直に甘えてくれるのが嬉しい。


ヒズミの腰に両手を回して、姿勢が楽になるよう抱きしめて引き寄せる。ヒズミの顔が近くで見えて、あともう少しで肌に唇が触れてしまいそうだ。

オレの右膝の上には、ヒズミの両足が乗っている。ヒズミはご機嫌に、その足をパタパタと動かしていた。


「……えへへっ……。ソルは、あったかいな……。落ち着く。」

そう、気恥ずかしそうにヒズミは笑った。酔っているせいもあるだろうけど、またほんのりと頬が赤らむ。


もう、何なんだこの可愛い生き物は!
相手は酔った人間だ!耐えろ……。


腕の中のぬくもりを感じることも、柔らかい身体をオレに委ねてくれることも凄く嬉しくて……。愛しい人のご機嫌でふわふわした様子も、とっても可愛すぎて。

理性と欲望が、胸の中で押し合い圧し合いして一杯だ。
頭がクラクラする。

おまけにヒズミは良い香りがするんだ。涼やかで控えめに咲く花の香り。主張しすぎないけど、記憶に残って追わずにはいられない追憶の花。


オレじゃなかったら、きっと既に襲われているんじゃないか?
とか言っているオレも、結構ヤバいんだけど……。


オレは自分の邪な考えを振り払うように、ふるふると頭を振った。腕の中にいるヒズミが、不思議そうにオレを見つめている。

……うぅ、綺麗な目の上目遣い……。つらい……。


取りあえず、お腹空いてるからご飯食べよ……。

オレは、食事に集中することにした。余計なことを考えないようにする。もう、そうしよう。それに、ヒズミにも食べてもらわないと……。

抱き締めているヒズミを見下ろすと、きょとんっとした顔で見つめ返された。この横抱きの体勢じゃ、ヒズミがご飯を食べづらいよな……。


「ヒズミ……。このままだと、ご飯食べれないでしょ?少しだけ離れよ?」

オレがそう言って、ヒズミから少し身体を離そうとした。すると、ヒズミにきゅっと、胸元の服を遠慮がちに掴まれる。オレの足の間から動こうとしない。不思議に思って、オレはヒズミの顔を覗き込んだ。


「……ヒズミ?」

オレの問いかけに、しばらく返答がない。そして、胸元からぽつりっと小さな声が聞こえてきた。


「………やだっ……。」

「……えっ…?」


やだ?……今、『やだ』って言った?
……ちょっと、何それ。


ヒズミ、もしかして駄々こねてるの?
ヒズミの『やだ』なんて、初めて聞いたんですけど?!

しかも、酔っていて言い方がぽわっとしている。そのせいか幼い感じに聞こえて、本当に控えめな駄々っ子のようだった。心の中で悶絶する。


甘えたに、そんな控えめな我儘なんて……。
こんなの、反則だ。可愛いが過ぎる。


でも、このままじゃヒズミが食事出来ない。今日はダンジョンに潜って戦闘をしているから、できれば食べてほしいのだけど……。


「……でも、ヒズミもお腹空いてるでしょ?」

オレの言葉に、ヒズミは小さな口をちょっと引き結んだ。ほんの少し逡巡して、恐る恐るというように言葉を紡ぐ。


「……ソルが……、食べさせて……?」

はうっ……。
ヒズミは、オレをどうしたいのかな?
こんなに甘えただなんて、絶対に他のやつになんか教えてやらない。


ヒズミにどれが食べたいか聞くと、果物の盛り合わせを指差した。どうやら、さっぱりしたものが食べたいらしい。食欲はあまり無く、果物だけで十分だとヒズミは言った。


やっぱり、食欲が無いのは状態異常だからかな……。
明日の朝は、消化に良いものを食堂の人に用意してもらおう。


果物の盛り合わせの中から、艶めく赤いイチゴをフォークにさくっと刺す。果汁が僅かに滴って、甘い香りが広がる。そのまま、ヒズミの口元へとイチゴを近づけた。

ふにっと柔らかな感触が、フォーク越しに伝わる。


「……口、開けて?ほら、あーん。」

孤児院の小さい子たちにする癖で、『あーん』と思わず声に出してしまった。ちょっと恥ずかしくなって、自分の顔が熱くなったのを感じた。

ヒズミも少し恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに小さな口をアーンと開ける。いつもオレに微笑みかける形の良い唇が、無防備にも隙間を開けてチラリと舌を覗かせた。


「……おいしいよ、ソル。」

ほんわりと赤くなっているヒズミの頬が、さらに赤くなっている。恥ずかしさを誤魔化すように「ふへへっ」と笑いながら目を細めた。


照れてる……。
あの冷静で澄み切った夜空を思わせる美しい人が、めちゃくちゃ照れている。


ヒズミが唇についた赤く滴るイチゴの果汁を、ペロッと小さな舌で舐めとる。思わず、その薄桃色のものをじっと見てしまった。

きっと、今ヒズミの唇はイチゴ味なんだろうな……。
美味しそう……。


邪な思いを隅に追いやり、オレは自分の食事を摘まみつつ、ヒズミに次々と果物を食べさせた。ヒズミが嬉しそうに口を開ける度に、その唇に吸い寄せられそうになるのを、必死にこらえる。

そんな甘い拷問に耐えて、オレたちは食事を終えた。


ヒズミはオレの食事の様子をふわふわと楽し気に眺めていた。もう、なんでもかんでも楽しいらしい。

ふと、腕の中でヒズミがふふっと、小さく笑ってオレを見上げてきた。すいっとオレの左頬に、ヒズミのしなやかな指先が伸びる。


「……ソルは、カッコよくなったなぁ。皆、ソルのことをカッコいいって噂してたぞ?」

そう言いながら、ヒズミはオレの頬を手の甲で撫でていく。
皆が……、か。


「……ねえ、ヒズミ……。ヒズミはオレのこと、カッコイイと思う?」

酔っているヒズミに聞くなんて、自分はなんて臆病者なんだろうか……。でも、聞かずにはいられなかった。

他の誰かなんて、どうでも良いんだ。
オレは、目の前のただ1人の人に、カッコいいと思われたい。


「もちろん。一番カッコイイに決まってる。ソルは素直で努力家だ。誰よりも厳しい修行を耐え抜き、強く勇ましい。……それに、優しい心の持ち主だよ。」


そんなソルは、俺の誇りだよ。


そう言って、ヒズミは優しく微笑んだ。
まるで、眩しいものを見るように目を細めて。


どうしてこうも、この愛しい人は。
オレの欲しい言葉を、たくさん紡いでくれるのだろうか?

離したくない。奪われたくない。


「……ソルの金色の髪は、太陽みたいに眩しいのに温かい。瞳は蜂蜜みたいで綺麗で美味しそう。」

オレの顔をスルスルと撫でながら、クスっとヒズミは笑う。頬に悪戯に触れる左手を、オレはやんわりと掴んだ。そのまま、ヒズミの左薬指にそっと口付ける。

ヒズミが、美しい紫色の瞳を見開いて、驚いた様子でこちらを見ていた。オレは、その美しい神秘の宝石をまっすぐに射貫く。


「……ヒズミ……。オレから、離れていかないで。」

ヒズミは、周りの人間を魅了してしまう。
この学園に通う生徒たちだけじゃない。権力や実力を持った、大人たちさえもヒズミの魅力に気が付いている。

ライバルは手強い。
だから、鍛えて強くなったけど……。


もしも、誰か別の奴に奪われたらと。
オレは、いつも気が気じゃないんだ。


「当たり前だ。俺はどんなときも、ソルと一緒にいるぞ?……ソルが、俺と一緒に居てくれるのを望むなら。」


そんなのことを言うなら、一生傍に居てほしい。


「ヒズミ……。オレ、ヒズミを守れる男になる。だから、離れないで。ずっと、一緒にいよう?」

もっと強くなって。
貴方の全てを守るから。


「……ヒズミをオレに頂戴……。」


このまま、腕の中に閉じ込めてしまえればいいのに……。


「……ヒズミ……?」

急に返事がなくなった。

腕の中でヒズミはスゥー、スゥーと寝息を立てている。どうやら、疲れて眠ってしまったらしい。安心しきっている顔はどこか幼くて、いつもの凛として大人びた雰囲気とは違う。

この顔を見るのは、オレが最初で最後にして欲しい。


「……好きだ。ヒズミ……。愛してる……。心から愛してる。」

こんな可愛い姿を見せるのは、俺だけにして。


ベッドにヒズミを運んで、一緒のベッドで眠りについた。ヒズミが、オレの服を離してくれなかったから。




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