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第4章 学園編、乙女ゲームが始まる準備をしよう
ヒズミの様子がおかしい(ソレイユside)
しおりを挟む(ソレイユside)
2人分の夕食を食堂から運びつつ、オレは考えを巡らせていた。
……そう言えば、そろそろのはずだ。
ヒズミの、呪いの状態異常が。
『絶望の倒錯』による、3ヶ月に1度の状態異常。ヒズミは最初の頃、その苦しさを1人で耐えようとした。冒険者ギルドの部屋に閉じ籠ったのだ。
当時ヒズミと数日会えなくて、体調が悪いのかと心配になったオレは、ヒズミの部屋を訪れた。ドアをノックしても返事がなくて、外出しているのかと出直そうとした時だ。
「……くぅっ……、うっ!」
ヒズミの呻き声が、扉を隔てて聞こえてきた。俺は急いでアイトリアさんに事情を説明して、部屋の鍵を開けてもらったのだ。
目にしたのは、ベッドの上で丸くなり、痛みに魘されているヒズミの姿だった。アイトリアさんは、薬師のフロルさんをすぐに呼出し、ヒズミを診察してもらった。
「……これは呪いの状態異常だ……。感電苦痛。」
それは、感電の痛みが数刻おきにくる状態異常だった。
オレは、ずっとヒズミの看病に当たった。時折目を覚ますヒズミに、水分と栄養剤のポーションを飲ませて、また眠らせる。それが一週間続いた。
声を押し殺して、痛みに耐えているのは見てられなかった。
ヒズミは、自分自身をどこか蔑ろにする。さすがのオレも、その時ばかりはヒズミを怒った。
それからオレとヒズミは、ある約束をしたのだ。
状態異常が起こったときは、必ずオレに知らせるようにって。
本人にとって、呪いはとても辛いはずだ。
それなのに、そんなそぶりを見せず微笑んでいたときは、胸が締め付けられた。完全に苦しみを解くことはできないけど、少しでも楽になる手助けがしたかった。
状態異常の発現時は、中指の茨に花が咲く。これは、ヒズミが教えてくれた。もし、ヒズミの様子が変だと気が付いたら、その模様を目安にすればよい。
どうか今度は、苦痛を伴わない、軽度のものであってほしい。
そう願いつつ、オレは寮室へと急いだ。
ワゴンを押しながら部屋に入ると、クッションを抱えながらソファ凭れ掛かるヒズミが目に入る。力が抜けている様子に、頭の中で焦りが募った。
焦る気持ちを抑えつつ、オレはヒズミに近寄った。自分自身が冷静でないと、ヒズミを助けてやれないから。
クッションを抱えているヒズミの左手を見遣る。やっぱり、黒色の花が指輪の宝石のように、左中指に咲き誇っている。
……状態異常が、始まったんだ。
ヒズミの顔がほんのりと赤くなっているし、熱で気怠いとか?
オレはそっと、ヒズミの額に手を当てた。体温はそんなに高くない。……熱があるみたいではないようだ。でも、やっぱり様子がおかしい。
いつもは、きっちりと閉めてるワイシャツのボタンを、今日は1つ外して首筋を露わにしている。白い首筋がほんのりと赤く染まっているのを見て、慌てて目を反らす。
あんまり見ていると、そのまま触れてしまいたくなる。
オレは、ヒズミの様子をもう一度注意深く観察した。
ヒズミのオレを見つめる目が、ぼんやりしている。
雰囲気も、全体的にぽわっとしてる?
「大、丈夫だ……。今回の……、状態、異常は…『酩酊』だか、ら……。」
オレの問いかけに、ヒズミはぼんやりとした様子で答えた。言葉も途切れ途切れで、おぼつかない。
「『酩酊』?……それって……?」
酔っ払うってこと?
心配になってヒズミの赤くなっている頬を、そっと右手で覆った。熱ほどではないけど、火照っているみたい……。
「ふふっ。」
ヒズミは、楽しげに声を溢して微笑むと、頬を覆っていた俺の右手にすりっと頬ずりをした。
……えっ?
「っ?!?!」
オレは、あまりに突然のことで固まってしまった。
固まっている俺をよそに、ヒズミは、ふわふわと楽し気な様子で、オレの手に両手を重ねる。手にスリスリしたまま……。
なにこれ。すっごく可愛いんだけど……。
目を細めて気持ちよさそうにして、まるで子猫みたいだ。
「ソル、お帰り。……待ってたぞ?」
「えっと、ただいま……?」
オレの返事に満足したのか、ヒズミはまた微笑んだ。ふわっと花びらが舞うような、嬉しさを隠そうともしない笑顔。
いつもの凛とした、黒曜石を思わせる大人びた姿はどこに行ったのだろう……。今は頬をぽやんと赤く染めて、笑顔が年相応にあどけない。
ひとしきり、オレの手に頬ずりを済ませて満足したのか、ヒズミがチラッと夕食の乗ったワゴンを見た。
あっ。
あまりの衝撃に夕食のこと忘れてた。
「今、準備するから……。待ってて。」
「……うん。」
オレが、やんわりと頬から手を離そうと動くと、ヒズミは少し不安げに俺を見上げた後、そっと手を離した。
急いで自室で着替えを済ませて、洗浄魔法もかけてリビングに戻る。ローテーブルに食事を並べるオレを、ヒズミはクッションを抱えながらじっと見ていた。
……何それ、可愛い。
夕食を並べ終わって、向かい側のソファに座ろうとした時だ。後ろから引っ張られるような感覚がして、たたらを踏んだ。
「?」
なんだろうと、後ろを振り返る。ちょんっと、ヒズミに上着の裾を遠慮がちに掴まれていた。
「……ソル……。こっち。」
そう言ってヒズミは、ポンポンっと自分の右隣を右手で叩いた。オレの目をじっと見て、ひたすらソファをポンポンとしている。
「……えっ?……っと?……うん?」
いつもと違うヒズミの様子に、俺は困惑しながらもヒズミの隣に座った。座った直後、こつんっと僅かな重みが俺の左肩に乗る。
「っ?!」
オレの左肩に、こつんっとヒズミが頭を乗せている。柔らかな黒髪からふわりと、涼やかで花のような香りがして鼻を擽った。
突然の出来事に、オレの頭の中はパニック状態だ。
なにこれ。こんなこと、普段のヒズミならあり得ない。
さすがに、おかしい。
「……どうしたの?ヒズミ……?」
「……その…、なんか心細くて……。くっついても良いか?」
遠慮がちにそう言って、でも決して離したくはないというように、キュッと左腕の服を引っ張られる。不安と期待が入り混じる紫の瞳が、潤んで見上げてくるのを見て、くらっとした。
うそ……。
もしかして、ヒズミって酔っ払うと、人に甘えたくなるの?
「……うん。いいよ。」
そう言うと、ヒズミは紫色の目に嬉しさを滲ませる。ほんのりとした赤い頬をふふっと緩ませた。
まったく、甘えたさんだな……。
「ほら、ヒズミ。おいで?」
「……うん。」
オレは、ヒズミに向かって両手を広げた。
ヒズミはもぞもぞと身体を動かすと、オレの足と足の間に座る。横抱きのような形で収まると、オレの胸元に顔をすりっと寄せた。
ピシリッ!とオレの身体が音を立てた。
……えっ?おいでとは行ったけど、そこに座っちゃう?
もはや恋人同士の距離感だけど??
ねぇ、これってオレ、なんか試されてる?
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