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第4章 学園編、乙女ゲームが始まる準備をしよう
図書棟の隠れ家、なんでお茶に誘われた?
しおりを挟む暖炉の近くに座るひんやりとした空気の美少年。
表情を読み取らせないが、人を不快にもさせない、そんないかにも貴族らしいうっそりとした微笑みを口元に浮かべている。
上質なこっくりとした雰囲気の部屋は、冬になれば暖炉の揺らぎと炎で温かそうだ。そんなことを、頭の中で一瞬考えた後……。
「……お邪魔しました。」
俺は、踏み入れた足を引いて扉を閉めようとした。
「こら、逃げようとするな。」
そう言って、エストレイアがソファから腰を上げる。
……いや、だってさ……。
ここ、秘密の隠れ部屋みたいじゃん?
小さなキッチンとアンティークのテーブル。そして、例に漏れず背の高い本棚には、本がみっちりと埋まっている。図書棟にいた人のざわめきも部屋には届かない。完全な防音設備が施された、誰かの書斎と言う感じだ。
読書には最適な静かで穏やかな場所。そんなところで読書をしている攻略対象者を、邪魔してはいけないと思う。
俺が開けたドアを閉めようとドアノブを引いたところ、虚を突かれた顔をしたエストレリアが、俺を追いかけてドアノブを内側に引いた。
思いもよらない相手の行動に、勢い余った俺はドアノブごと中に引っ張られて前のめりになる。
「……おっと。」
冷静な声が上から聞こえ、俺はバランスを崩してぽふっとエストレイアの胸に倒れこんだ。清廉な柑橘系の、甘すぎない爽やかな香りがふわりと香った。
エストレイアが胸で抱き留めてくれなければ、床に倒れていたかもな……。
「……申し訳ありません……。」
一応謝って瞬時に離れたが、先にドアノブを勢いよく引っ張ったのはそっちだからな。
俺がばっ!と勢いよく身体を離すと、エストレイアはあっさりと俺を解放する。そして、顎に手を当てると興味深げに、俺を上から下まで見定めた。
「……遠目で見たときより、遥かに美しいな……。」
銀色の瞳がわずかに細められ、エストレイアは顎先に優雅に指先を持っていき思案気に呟いた。
……なんだ、随分と観察されているが……。
「……?……あの、読書の邪魔だと思うので、俺はこれで失礼します。」
「まあ、待て。この部屋を見つけたご褒美に、お茶をご馳走しよう。そこに座ると良い。」
そう言って、エストレイアに先ほど座っていたソファセットと、反対側の席を指される。
この時、俺は少し躊躇った。はっきり言って、この世界に来てお茶会とかそんなのに出たことはない。アトリにマナーは教えて貰ったけど、それも付け焼刃だ。
この高位貴族の前で、何か失礼があってはいけないと考えると気後れしてしまった。俺のほんの些細な逡巡を、エストレイアは機敏に感じ取ったらしい。
「『大丈夫だ。マナーなんて気にしなくていい。それに、私はこの部屋を見つけた同士として、話をしたいと思っているんだ。』」
穏やかに言われた言葉には、どこか断れない、言い聞かせて自然に従わせるような雰囲気がある。
「『……では、お言葉に甘えて……。失礼します。』」
俺がそう答えると、エストレイアはますます興味深いというように、口元の笑みを深めた。
「……君は、古代語が読めるだけでなく、会話もできるほどに堪能なんだな。」
「……っ?!」
そこで、はたっと気が付いた。『話をしたい』という先ほどの会話は、フランス語で投げかけられたものだ。俺は、反射的にフランス語で答えてしまった。どうやら、まんまと相手の意図通りに動いてしまったらしい。
この乙女ゲームの世界では、前世でいうフランス語が、古代語として使用されているようだ。
してやられたという複雑な気持ちに、俺は口をちょっと引き結んだ。俺の顔を見たエストレイアは、クスッと小さく笑う。
エストレイアは、背後にあるミニキッチンの戸棚からティーカップを1組取り出した。ティーカップをローテーブルに置くと、ポットの中から香しいく湯気たつ紅茶を、トプトプっと注ぎ入れる。
「どうぞ。」
お茶請けの焼き菓子と共に、俺にそっと指先で差し出してくれる。一口サイズのマドレーヌが小皿にこんもりと小さな山になって盛られてた。
……そう、エストレイアは頭脳派で頭を良く使うせいか、めちゃめちゃ甘党なのだ。
「ありがとうございます。……いただきます。」
ティーカップに口を近づけると、茶葉のふんわりとした湯気が鼻を掠める。香りを楽しみながら、赤みがかったお茶を一口含む。
すごく、上質なんだろうな。
こんなにお茶で美味しいの初めて飲んだ。
「……おいしい。」
思わず、口から漏れ出た言葉に、目の前に座るエストレイアは小さく笑った。
「良かった……。」
しばしの沈黙の後に、俺はふと自分が名乗り出ていないことを思い出す。貴族社会のルールの1つ。位の低い者は、上位の者に対して自分から先に挨拶をしなければならない。
「……ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は1学年Aクラス所属のヒズミと申します。」
「ヒズミか……。変わった名前だな。私は1学年Sクラス所属、エストレリア・スヴァルトル。……同じ学年だろう?私とのみいるときは、肩苦しい敬語は不要だ。」
冷たい印象からか神経質そうに見えたが、実際は敬語などは気にせず寛容な人物なのかもしれないな……。ほんの少し、緊張によって強張っていた肩から力が抜ける。
「……そう言っていただけると、ありがたい。」
俺が砕けた口調になると、エストレイアは音も立てずにカップを置いた。
「……よく、この部屋が見抜けたな。ここは、隠蔽魔法を見破ったあとに古代語を解読し、なおかつ完璧な発音で言わなければ現れない。……この図書棟は、元々我がスヴァルトル家の書庫だったのだ。現在は国に貸し出している。」
エストレイアは、この部屋を幼少期に見つけ出した。それ以降は、図書棟で静かに読書をしたいときや、息抜きにこの部屋を使用しているらしい。
「……いえ、本を探していたら偶然……。本棚の仕掛けにたまたま気が付いただけです。」
俺はチラリとこの部屋を見回した。
アーチ状の天井近くまで続く明かり取りの窓からは、訓練場が良く見える。5階という高さに、この間取り。部屋の位置からしても間違いないだろう。
……実践訓練で向けられた視線は、ここからだな。
動かした視線を、どうやらエストレイアはじっと見ていたらしい。
「……それで、一体何を探しに来たんだ?」
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