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第3章 学園に通うのは、勇者だけで良いはずです

試験勉強、乙女ゲームってダンスが付き物ですか?

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次の日から、試験に向けた勉強が始まった。冒険者の依頼を受けるのは少なめにして、その分勉強と修行に時間を当てた。


歴史や算術、魔法学などの一般教養は、アトリが教鞭を執ってくれた。アトリは教師の経験もあるようで、授業はとても分かりやすい。

この国の歴史については苦戦したけど、算術は中身が大学生の俺にとっては問題がない。


ソルは、基本的な知識を院長から教わっていたようで、試験勉強もスムーズに進んでいった。あとは、貴族に対するマナーやしきたりを身につければ良いのだけれど……。


「ヒズミ、もう少し肩の力を抜いて。リラックス。」

「はい。」

右手を目線の高さで繋いで、腰にアトリの手を回されながら、俺の足は華麗とは程遠いステップを踏んでいた。

ラッパのような蓄音機型の魔道具から、優雅な音楽が流々と奏でられる。会議机を端に避けた部屋で、オレとソル、アトリはダンスの練習の真っ最中だ。


生徒の大半が貴族ということもあって、マナーも覚えないといけないのだが……。そのマナーの一環として、ダンスがあると誰が思う?

さすが乙女ゲームと言うべきか、舞踏会というものが学園内でも存在することが衝撃だ。


流麗な曲が終わるのと同時に、アトリの足取りは止まる。俺は一足遅れて止まった。


「……今日はここまでにしましょう。」

「……はい、ありがとうございました。」

じんわりとした汗をかきながら、ダンスの終わりの挨拶であるお辞儀をして離れる。ダンスは、俺はどうも苦手だった。リードする側と、リードされる側、両方とも習得してなければいけないなんて……。


「ソルはダンスも得意だよな。」

俺と同じ期間に練習を始めたソルは、やはり勇者補正なのだろう。卒なくダンスを踊り、危なげが無い。
……この勇者、ハイスペックすぎる。


「ダンスは、町のお祭りの時に似たようなやつを踊るから。……オレは算術が苦手だから、ヒズミが教えてくれて助かるよ。」

お互いに苦手なところは教え合って、一緒に勉強をしつつ、実技試験に向けての修行も怠らない。


そんな、忙しなくも着実に実力を身に着けて、いよいよ試験が近づいてきた。

国立学園の入試試験は、各主要都市に試験官が赴いて実施する。より多くの優秀な人材が、受験できるようにするためだ。

俺たちは、馬車で丸1日かかる距離の街で試験を受ける。入試試験の2日前に町を出発して行くことになっていた。明日は、この町を出発日だ。


この町の冒険者とも仲良くなれて、皆が「頑張れよ!」と応援してくれた。事前準備ももう終わっているし、やれるだけのことはやったと思う。


ひょんなことから、俺も国立学園の入学試験を受けることになったけど、これもソルを立派な勇者にするためだと思うと頑張れる。

俺も勇者に成長していく姿を、すぐ隣で見ていたい。そんなことをツラツラと考えて、眠りにつこうとしたのだけれど……。


なんだか、寝付けないんだよな……。
この世界にきてから、町から出たことがないのも影響しているのだろう。まだ見ぬ街への期待と、試験への不安。気持ちを落ち着けようとすると、逆に興奮して溜息が出た。

少し、夜風に当たるかな……。


ワイシャツに長めのニットガウンを羽織って、秋風で頭を冷やすために自室を出た。

ぽつり、ぽつり、と暖色の明かりが灯る廊下をしばらく歩いて、古びた木製の扉を開ける。ふわっと控えめで甘い香りが、扉を開けたと同時に俺の鼻を擽った。


深く息を吸って、みずみずしい果実の香りで身体を満たす。甘く爽やかで風に馴染んだ香りは、包み込むように優しい。


扉を開けた先は、ギルドの中庭だ。手入れが簡単なようにと、中央に木が1本だけ。あとは申し訳程度の木製ベンチが1つと、自然に生える白色の小花が群生している。


「……ここは、本当にファンタジーの世界なんだよなあ……。」

中央に静かに佇む大きな木は、なんとも幻想的だ。

生い茂る葉の所々に、鬼灯に似た小さな果実が、そよりと吹く秋風にゆらゆらと揺れる。果物の中には、オレンジ色のまあろい光が呼吸をするように、ゆっくりと点いては消えていった。

光る鬼灯が散りばめた木は、線の細い月に代わって夜闇をまったりと、のんびりと照らす。自ら光を発する植物なんて、日本では見たことが無い。
それに、なんとも穏やかで美しいんだ。


思わず、呼吸をする鬼灯の木に見とれていると、カチャリッという静かな音とともに、落ち着いた声が聞こえてきた。


「おや……?ヒズミ。こんな夜遅くに、どうしたんです?」

ギルドの紺色の制服を着たアトリが、ミルクティー色の髪をふんわりと風に靡かせて俺に問いかける。深い空の色である瞳は、少し驚いたような様子だった。


「……ちょっと、眠れなくて……。アトリは、夜番なのか?」

授業の時以外は、アトリと敬語で話をしない。以前アトリに『敬語だとなんだか距離があって寂しいです。』と言われて、そうなった。
俺も、敬語が苦手だったしな……。


「ええ、休憩がてら夜風に当たろうと思っていました……。」

そう言ったアトリは、着ていた紺色の上着を手早く脱ぐと、俺の肩にそっと羽織らせた。袖も指先が隠れてしまうくらい長いし、本来腰くらいまでの長さの裾はお尻まですっぽりと隠れてしまう。

うぅっ、俺だって当初より身長伸びたのに……。


「……夜になると少し肌寒いので、これを着て。そんなに薄着じゃ、風邪を引いてしまいますよ?」

大きな制服は、アトリの体温と香りがほんのりと残っていた。爽やかだけど安らぐ香りに、全身が包まれる。暖かいなぁ。


「ありがとう……。」

俺が素直にお礼を言うと、アトリは満足そうに水色の瞳を細めて微笑んだ。そして、ゆっくりと穏やかに、俺を宥める様な口調で問いかける。


「……明日は、出発の日ですね。……緊張して、眠れなくなっちゃった?」

「……うん。やれることは、全部やったと思っているよ。だけど、なんだか落ち着かないんだ……。この町を初めて離れるから、……かな?」

自分の心の中でも、色々な気持ちが絡み合って、ぐちゃぐちゃで……。

なんだか、心細くなってしまって、俺は俯いてぽつりと呟いた。無意識に、上着の前部分を搔き合わせるように、キュッと両手で握りしめていた。


ふと、握っていた手に、そっとしなやかな手が重なる。暖かさに少しだけ拳の力が緩んで、意図せず浅くなっていた息を吐いた。


「……?」

不思議に思って左隣に立つアトリを見上げると、オレンジ色の灯りが映った瞳を穏やかに俺に向けていた。


「……ヒズミ、少し私と踊りましょう。……ねっ?」

「……?うん……??」

握っていた両手をそっと襟から引き剝がされる。俺たちは明かりが揺らめく、鬼灯の木の近くで向かい合った。右手を繋ぎながら、左手はアトリの肩に。

アトリの手は俺の腰を包むようにそっと添えられる。


アトリは俺のペースに合わせて、ゆったりとリードして踊ってくれた。音楽はないから、足取りでのんびりと踊る。華麗なダンスと言うよりは、身体をゆらりと動かす、気ままなダンスだった。


「……随分と上達しましたね。強張っていた身体も、今はリラックスできていますよ。」

頭上で聞こえたアトリの言葉に、俺は思わず苦笑いをした。あの頃は、本当に酷かったもんなぁ。人と密着して動くということは、何とも難しくて……。複雑なステップに苦労した。


「……最初の頃は、アトリの足をよく踏んでいたもんな。」

水色の瞳を見上げると、クスクスっと懐かしく、楽し気に笑うアトリの顔が見えた。

いつもの仕事をしているときの、すっとした顔もカッコいいけど、こういう自然な微笑みもカッコいい。攻略対象者じゃないことが、信じられないくらいだ。


しばらくゆらゆらと踊っていると、やがて動きがゆっくりになって止まる。

アトリは手をおもむろに離すと、そのまま壊れモノを包み込むように、俺をそっと抱きしめた。背中に回された手が、ポンポンっと俺を撫でる。


俺が驚いたまま固まっていると、左の耳元からあやすように、低くも柔らかい声で囁かれた。


「……大丈夫。ヒズミの頑張りは、私が一番良く知っています。……上手くいかないことなんて、ありませんよ。それに……、」


密着していた体温が少しだけ離れると、今度は俺の両頬を温かい手で包まれた。


「……この町は、もうヒズミの帰る場所でもあるんです。ヒズミが好きな時に、思うがままに、ここに居ていいんですよ?……私が、いつでも喜んで向かい入れましょう。」

優しく上向かされた先には、穏やかな光を目に宿した澄んだ空色の瞳。


「……この町が、この場所が貴方の心のどこかで、拠り所になってくれていると嬉しいです。」

「……っ!」


はっとして、俺は目を見張った。

アトリが語り掛けるように話してくれた言葉は、俺の胸からじんわりと染みて、全身に広がっていく。

目の奥がほんの少し熱を帯びて、でもすごく嬉しくて、ほんの少しくすぐったくて……。


「……困ったときは、私を頼って?私は、どんな時だってヒズミの味方です。……そのことを、どうか忘れないでくださいね。」

優しく、温かく、呼吸をするように灯る明り。ベージュのふわりとした髪が、ふよりと風に靡く。どこまでも穏やかで、優し気に細められた瞳と、柔らかく微笑む口元。

空を思わせる瞳は、深く慈しむように俺の目を見つめていた。

そのあまりの優しい美しさに、俺は吸い込まれるように目を離せなくなっていた。


なんて、温かい言葉なんだろう。

心に綯い交ぜになっていた感情たちが、
心地よいぬるま湯で溶かされていくような。

そんな、ひどく優しい、
心がほろりと解けていく呪文だった。


「……うん……。ありがとう、アトリ。」

心地よい温かさから、俺は自然と微笑んでいた。アトリは俺のお礼に満足げに頷くと、俺の両頬を手で挟み込んだまま頭上へと顔を近づけてくる。


俺の額に柔らかなものが、そっと優しく押し当てられた。慈しむような優し気な、ふんわりしたものが一瞬だけ触れて、名残惜しそうに離れて行く。


……えっ?


呆けたままでいる俺の顔を覗き込むと、アトリは悪戯が成功し子供のような顔でクスっと笑った。肩から羽織っていた上着を、そっと脱がされる。


「……さあ、もうおやすみ。」

いつもアトリにされるように、ポンと頭を撫でられたあと、アトリは俺の背中を屋内へと続く扉へと押した。夢心地のようなふわふわとした気持ちのままに、ドアノブに手を掛けて振り返る。


「……えっと……、おやすみなさい?」

語尾がなぜか、疑問形になってしまった夜の挨拶。アトリは、ふふっと楽し気に笑って返してくれた。


「……ええ。おやすみなさい。……良い夢を。」

扉を閉めて静かな廊下を自室に進んでいると、ぼんやりとした思考が少しだけ晴れた。額に手を当てる。



……あれ……?

俺って今、アトリにデコチューされた……??




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