上 下
32 / 201
第3章 学園に通うのは、勇者だけで良いはずです

推薦状、俺もですか??

しおりを挟む



「……国立学園?」

ソルが訝し気な声が、対面に座った美丈夫へと問い返す。

質素でありながら、重厚な雰囲気が漂うギルド長執務室。窓からの日差しは心地よくて、ふんわりと茶葉の香りが鼻をくすぐる、おやつ時だ。


ゆったりとしたソファに、すうっと背筋を伸ばし座るヴィンセント騎士団長は、しなやかな指先で優雅にカップを持ち上げる。

形の良い唇がティーカップの縁に触れるのを、そういえば柔らかかったなぁ、とぼんやりと眺めていた。


「ああ、そうだ。2人は国立学園に入れるほどの実力がある。……もし、その気があるなら、私たちから推薦状を書こう。」


……んっ……?

『2人』??
聞き間違えだろうか?


ヴィンセント騎士団長は、隣に座って茶菓子のクッキーをひょいっと頬張るジェイド副騎士団長に視線を送る。ジェイド副騎士団長も、クッキーを口の中でモゴモゴさせながら頷き返していた。


俺とソレイユは、今日は休息日にする予定だった。冒険者ギルドには採取物の換金をしようと訪れたのだが、アトリに話があると呼び止められたのだった。

そして、案内されたのが、この冒険者ギルド長執務室。
執務机の目の前にある、ソファセットに俺達は腰かけている。


ギルド長とアトリ、さらに緑風騎士団団長と副団長が同席して、何やら大事になっているのだが……。


「……国立学園だなんて、考えたこともありません。あそこは、貴族か商人の子が行く場所だから……。平民でも、かなり優秀じゃないと入学できないと聞きました。」


ソレイユが率直な意見を述べた。実際、この町から国立学園へ入学した者は過去で2名だけ。しかも、かなり前のことだという。

ソルの言葉に、ジェイド副騎士団長が答える。


「その情報は正しいよ。……でも、2人の実力なら十分に入試試験を突破できる。一般教養の勉強は、そこにいるアイトリア副ギルド長が教えてくれるって。」

「……アトリが?」

これには、俺が驚きの声を上げていた。右側の1人掛ソファに座るアトリを見遣ると、真剣な表情で強く頷いた。


「私は、国立学園の卒業生です。一般教養やマナー、入試試験に必要な知識を教えることが出来ます。……冒険者ギルドも、全面的に協力しますよ。」

アトリの言葉に、執務机で両手を組んで話を聞いていたギルド長も深く頷いた。


「……ヒズミとソレイユなら、今から勉強すれば、充分試験に間に合います。」

「……えっ?俺も??」


やはり、先ほどの『2人』という数は、聞き間違えではなかったようだ。

乙女ゲームでは、この町から国立学園に入学するのはソレイユ1人だけだったはず……。

もう、ソレイユは十分強い。
1人でも立派に、国立学園で自立していけるだろう。


「……俺は、別に___。」

国立学園じゃなく、この町の学舎に通います、と言おうとした言葉を、ジェイド副騎士団長に遮られた。


「……学園では寮生活になるけど、慣れない環境に1人でいるのは心細いよね……。身近に知り合いがいると、安心できるよ?」

「っ?!」

確かに……。生徒の大半は学園内の寮で生活する。

素直で心根の優しいソレイユなら、簡単に周囲の人間と打ち解けることができるだろうが……。


学園内は平民と貴族を平等に扱うとは言っても、きっと暗黙の了解などもあるのだろう……。そんな息苦しそうな場所に、一人は辛そうだ。

悪い貴族にうちの可愛いソルが、イビられてしまうかもしれない……。


俺がはっとして押し黙っていると、ジェイド副騎士団長はミルクを入れた紅茶をコクっと一口飲んだ。伏し目がちになって隠れた翡翠色の瞳を、今度はソレイユへと移す。

軟派な甘い顔貌には、楽し気な笑みを浮かべている。


「……それに、学園には呪いの研究をしている学者もいる。ヒズミの呪いを解く手懸かりが、見つかるかもしれない。」

「っ……!」

その言葉に、隣にいたソルがビクッと反応した。革張りのソファから振動が伝わる。


「……学園に通いながら、冒険者活動もして良いことになっている。なにより、君たちの将来には有意義な経験となるだろう。……どうだ?」

ヴィンセント騎士団長の提案に、俺とソルは2人で顔を見合わせた。


「ヒズミ。オレ、国立学園に行きたい。……一緒に居てくれる?」

「ああ、ソルに寂しい思いはさせない。一緒に頑張ろう。」


ソルに大きく頷かれ、俺と同じ考えだということが分かる。


「「よろしくお願いします。」」

2人で声を揃えてぺこりとお辞儀をしながら、俺たちは学園への推薦状をお願いしたのだった。


「……ふふっ、腹芸にもならないよ。……素直でチョロい。」


コクコクっと紅茶を飲み干したジェイド副騎士団長が、ぷはっというため息と共に呟いた。

その笑みを含んだ小さな呟きは、今後のことを話し合う俺たちの声で何を言っているのか聞こえなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

魔導書の守護者は悪役王子を護りたい

Shizukuru
BL
前世、面倒くさがりの姉に無理やり手伝わされて、はまってしまった……BL異世界ゲームアプリ。 召喚された神子(主人公)と協力して世界を護る。その為に必要なのは魔導書(グリモワール)。 この世界のチートアイテムだ。 魔導書との相性が魔法のレベルに影響するため、相性の良い魔導書を皆探し求める。 セラフィーレが僕の名前。メインキャラでも、モブでもない。事故に巻き込まれ、ぼろぼろの魔導書に転生した。 ストーリーで言えば、召喚された神子の秘密のアイテムになるはずだった。 ひょんな事から推しの第二王子が所有者になるとか何のご褒美!? 推しを守って、悪役になんてさせない。好きな人の役に立ちたい。ハッピーエンドにする為に絶対にあきらめない! と、思っていたら……あれ?魔導書から抜けた身体が認識され始めた? 僕……皆に狙われてない? 悪役になるはずの第二王子×魔導書の守護者 ※BLゲームの世界は、女性が少なめの世界です。

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

無気力令息は安らかに眠りたい

餅粉
BL
銃に打たれ死んだはずだった私は目を開けると 『シエル・シャーウッド,君との婚約を破棄する』 シエル・シャーウッドになっていた。 どうやら私は公爵家の醜い子らしい…。 バース性?なんだそれ?安眠できるのか? そう,私はただ誰にも邪魔されず安らかに眠りたいだけ………。 前半オメガバーズ要素薄めかもです。

僕のお兄様がヤンデレなんて聞いてない

ふわりんしず。
BL
『僕…攻略対象者の弟だ』 気付いた時には犯されていました。 あなたはこの世界を攻略 ▷する  しない hotランキング 8/17→63位!!!から48位獲得!! 8/18→41位!!→33位から28位! 8/19→26位 人気ランキング 8/17→157位!!!から141位獲得しました! 8/18→127位!!!から117位獲得

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

処理中です...