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第3章 学園に通うのは、勇者だけで良いはずです
俺の手合わせ、正直言ってキツかった
しおりを挟む「……気配が薄い……。」
ヴィンセント騎士団長が、眉根を寄せて呟いた。どうやら少しは戦い辛さを感じてくれているようだ。
190センチメートルは超える長身に、服の上からでも分かるほど鍛え抜かれた筋肉。俺と頭2つ、3つは違う体格差。戦闘経験も歴然だろう。
はっきり言って、戦況はかなり不利だ。でも、そんなヴィンセント騎士団長にも、俺が唯一勝っている点がある。
お互いに睨み合ったまま、動き出したのは俺だ。
音も立てず、俺は正面から双剣で切り掛かった。簡単に弾かれるが、構うことなく合間を置かずに攻撃する。俺がヴィンセント騎士団長に唯一勝っている点は、素早さと身軽さ。
剣を弾かれた勢いで身体を捻り、蹴りでも攻める。とにかく、相手に考える隙を与えない。
「……闇雲に素早さで攻めようとしても、私には勝てないぞ?」
俺が振り下ろした剣を、長剣で受け止めたヴィンセント騎士団長が、視線を合わせて揶揄うような声音で呟いた。
……どうやら、気が付いていないようだ。
「……そうですね。」
俺はそのアイスブルーの瞳を見つめ返し、一言だけ呟いた。何度も攻撃をしているのは、魔法を発動させないようにするだけではない。
ヴィンセント騎士団長は長剣に炎の魔力を纏わせて、大きく俺を吹き飛ばしにかかった。爆風で俺を宙へと弾き飛ばす。俺は勢いよく宙へと投げ出された。
……何も無ければ、壁際まで飛ばされるだろう。
ヒュンッ。
「っ?!!なっ?!」
俺は身体を回転させ、宙に張り巡らされている透明な糸に着地した。グッと透明な糸をしならせる。
ぎゅうっと軋みあう音とともに、ワイヤーのような強度の糸がしなった反動で俺を弾き返す。吹き飛ばされた直後に、ヴィンセント騎士団長のもとへ戻り、再度切り掛かっていた。
あまりの反撃の速さに、ヴィンセント騎士団長の驚きの声が聞こえる。
そう、俺はただ攻撃を繰り出していたのではない。
双剣で攻撃をしつつ、気が付かれない様に糸を張り巡らせていた。それは、闇魔法で紡いだ、隠蔽を施して巧妙に隠した糸。俺だけが見えるワイヤー。
「……気を取られ過ぎたか……。照射。」
ヴィンセント騎士団長が呟きながら、地面を切っ先でキンッ!と軽く叩く。叩いた地面から音叉が放つ音を思わせる波紋状の光が、金色を周囲に広げた。
空気が少し歪む。
「……すごいな。こんなに張り巡らせていたのか。」
ヴィンセント騎士団長は、目を見張る。
俺の隠していた闇魔法の糸が、黒色の線となって周囲に現れる。俺たちがいる直径3メートル以内に、糸を張り巡らせた。
紫色の半透明の板から板へと、黒色の糸が張りつめている。闇魔法で作り出した鉱石を起点にして、闇の糸を渡らせた。
これで、ヴィンセント騎士団長の動きをある程度制限できる。俺は、感心しているヴィンセント騎士団長に、糸を巧みに足場にしながら、ヴィンセント騎士団長の後方、左右から連撃を喰らわせる。
キンキンッ!という剣が交わる音が、忙しなく訓練場に響いた。
「……厄介だ。」
ワイヤー上で構えている俺に、ヴィンセント騎士団長がピタリと切っ先を向けた。鷹を思わせる目に、獰猛で冴え冴えとした殺気を纏わせた。
空気が、一瞬にして変わる。
ぞくっと背中から冷たい空気が昇ってきて、思わず息を飲んだ。
息が詰まるような緊張と恐怖。
肌をも貫かんとする殺気。
上から押さえつけられる様な重圧。
「……久々に骨がある相手で楽しいよ、ヒズミ。」
ヴィンセント騎士団長の長剣が、深紅の色を纏わせる。炎が長剣で渦を巻いた。炎には金色の粒子が混ざっているのが見える。
……光魔法と、火魔法の複合魔法か!
「……上手く躱せよ?……劫火の渦。」
そう言うや否や、凄まじい魔力が爆発する。
ヴィンセント騎士団長が長剣を地面に突きたてると、切っ先から湧き出るように烈火の火柱が上がる。周囲の空気を巻き込んで、やがてヴィンセント騎士団長を中心に大きな渦になる。
爆風とともに、火炎が俺に押し寄せた。
「……ぐっ!障壁っ……!」
俺はワイヤーを最大限しならせて上に大きく飛んだ。ほんの少し遅くて左手の手袋が焦げて破れる。
ジュッと音をたてて穴が開いた。威力が強い。
闇魔法で黒く半透明な防御障壁を構築して、球体の中で何とかダメージを回避した。上空から見ても、炎の渦の大きさはかなりデカい。訓練場全体を覆っている。
炎に紛れた金色の粒子で、俺が張っていた闇の糸が溶かされ煙になって消える。
光魔法で闇魔法を打ち消されたか……。
金色の粒子を纏った炎は、糸を消すとぶわっと熱波を放って消えた。
上空に留まれるのも、跳躍を利用した僅かな数秒だけだ。俺はその数秒間で、頭の中で決意した。
このままではいずれ、俺の体力が尽きる。
ここで、決着をつけよう。
「黒雷の槍」
俺は自分の周囲に、複数の黒色の槍を出現させる。槍はバチバチっという不穏な音を纏った、鋭利な雷だ。
俺は防御障壁を自分から解くと、頭から地面へと急降下した。同時に、雷の槍を地面に向けて放つ。黒く大きな槍が雷撃となって、黒色の太い閃光を描きながら地面に突き刺さっていく。
地面は衝撃で震え砂埃が舞う。砂埃には、ビリビリと黒色の小さな電気が滞留して、砂埃自体が黒煙となっている。
黒雷の槍を、身軽に躱すヴィンセント騎士団長を見遣る。
閃光に気を取られている。今しかない。
「っ?!!」
「……えっ?……ヒズミが消えた?」
遠くからソルの驚いた声が聞こえた。
閃光が敵の目をくらませる中、俺は電気が滞留していた黒煙を利用して自身の姿を隠した。
闇魔法『同化』。闇魔法の雷を自分に纏わせて、雷を纏った黒煙に自身を同化させる。黒煙に紛れる。俺の姿は、もはや視覚では追えない。
そのまま、動かないヴィンセント騎士団長の右側から攻撃を仕掛けようと躍り出る。
「……甘い!」
ヴィンセント騎士団長は、姿を消していた俺にも気が付いたようだ。瞬時に身を翻し、俺に長剣を突き出した。近付く切っ先を見ながら、俺は心の中で呟いた。
先ほど、ヴィンセント騎士団長はこう言っていた。
『気配が薄い』
まだ、俺の気配を悟られている。
呼吸を風に合わせろ。光を利用し、闇に溶け込め。
音を消し、気配を消し、存在自体を消せ。
俺は、闇魔法を解いた。魔力も読ませない。
目に突き出された切っ先を、しゃがんで瞬時に躱す。頭の上を切っ先が通過した。地面を蹴って、ヴィンセント騎士団の後ろへと回りこむ。足の先まで神経を集中して、地面を蹴った音なんて出さない。
ヴィンセント騎士団は、俺が後方に回ったことに気が付いていない。目を見開いて長剣を突き出したまま、固まっている。
俺を、追い切れていない。いける……っ!
双剣で、ヴィンセント騎士団長の項に切りかかろうと構えた。首元にチラリと肌色が見えた瞬間、俺はビクッと一瞬慄いてしまった。
……今まで、人間を傷付けたことなんてない。
このまま切りかかれば……。
手で咄嗟に柄を遊ばせて逆手に持ち替え、柄で首元を殴打しようとした、その時だ。
ヒュンッ!!
決着は、本当に僅か数秒の差だ。
でも、その数秒に、純然たる強さの格差がある。
俺の喉元に、ヴィンセント騎士団長の鋭い切っ先が当てられた。本当に喉元ギリギリで寸止めされ、あと少し動けば、冷たい切っ先が表皮を裂く距離だった。
「止め!」
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