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第3章 学園に通うのは、勇者だけで良いはずです
ソルの手合わせ、白熱
しおりを挟むギルドの訓練場は、大小複数存在する。アトリが案内したのはその中でも一番広い場所だった。
茶色の固められた土に、部屋の右側の壁には見学用の窓とベンチ。観覧席の周囲に無い、日本で言う所の小さな野球場みたいな感じだなぁと素直に思った。
「最初はソレイユからにしよう。ジェイドが相手でいいか?」
「はーい。よろしくね、ソレイユ?」
ヒラリと手を上げた後に、ジェイド副騎士団長がソルに右手を差し出した。ソルは戸惑いながらも、握手に応じる。
「……はい。よろしくお願いします。」
握手を交わした2人は広い訓練場の真ん中で、間合いを取り向かい合った。
「手合わせのルールを説明する。相手に重大な怪我を負わせない限り、なんでも有りだ。魔法も武器も、何を使ってもいい。……危険だと判断した場合はその場で終了とする。」
魔法も武器も制限が無いのは、より実践的な戦闘が出来るかを判断する為だろう。
実際、魔物との戦闘では武器だけでは厳しいことが多い。かといって魔法に頼り過ぎると、魔力が枯渇した場合に使い物にならない。
アトリは万一のために、俺たち4人に光魔法が付与された魔石を手渡した。もしも、重大な怪我に繋がる攻撃がされた場合に、この魔石が壊れて防御結界が発動するそうだ。
間合いを取った2人が、お互いに姿勢をやや屈めた。
ジェイド副騎士団長は、口元に笑みを浮かべ長剣を構えた。翡翠色の瞳は楽し気にしながらも、惜しげもなくソルに向けて殺気を放っていた。
鋭い殺気にも、ソルは動じることはない。
ただ冷静に、それでいて勇ましく闘気を内側から放っている。
左手には肘くらいまでの長さの盾を持ち、長剣を正面に構えたソルは、冷静に相手を見据えていた。変に身体が強張るような緊張もなく、自然に意識を研ぎ澄ましている。
この構え方1つをもってしても、ソルがどれほどに修行してきたか分かるというものだ。
「始め!」
審判を務めるアトリの合図と同時に、ヒュンっと風が鳴る。地面を蹴り上げた音だけをその場に残し、2人は瞬時に距離を詰めていた。
左横から振り払ったソルの長剣を、ジェイド副騎士団長が刃体で受け止める。カキンッ!という金属が勢いよく交わる、引き攣れた甲高い音が響いた。
攻撃を受け止められたソルは身体をすぐに離し、そこから切っ先を鋭く繰り出していく。早いうえに、一撃一撃が力強い。
ソルを注意深く見ると、身体全体に魔力を纏わせているようだ。
「うん、いいね。身体強化も上手に出来てるよ。」
ソルからの突きを寸前で避けながら、ジェイド副騎士団長から誉め言葉が出る。
無属性魔法である身体強化魔法。敵と体格差や力差がある場合に使用する。ソルは、手合わせの開始と同時に身体強化を自身にかけて、戦闘中ずっと継続させているのだ。
魔法を継続するというのは、大きな攻撃魔法を放つより難しい。無意識にそれができるようになったのは、ソルの努力だ。
ジェイド副騎士団長は、右顔面を突いてきたソルの攻撃をワザと右手の剣で受け止める。キンッ!と音がして火花が散ると、ソルの剣を上へと素早く押し上げた。
一瞬、ソルの身体が上へと持ち上げられたのを、ジェイド副騎士団長は見逃さない。
ドゴンっ!!
「ぐっ!!」
「おー。やるねー。」
風魔法を纏った拳が、ソルの腹へと繰り出される。鈍く重い音と、ぶわっとした衝突による風圧が辺りに広がった。力強く殴ろうとしていた拳は、ソルが左手に持った盾で瞬時に防御した。
風魔法を纏った強打の衝撃は、凄まじいものだったのだろう。腹部を防御できたものの、ソルはそのまま後ろに吹っ飛んだ。
「……敢えて、後ろに吹き飛ばされたな。」
俺の隣で手合わせを観戦していたヴィンセント騎士団長が、感心したように呟いた。
ソルは後ろに大きく吹き飛ばされつつ、くるりと宙で一回転して打撃の勢いを殺す。訓練場の端まで飛んだかと思うと、石壁に足を着いてグッと屈んだ。
金色の髪が、上にふわりと風圧で揺らいだ。
琥珀色の瞳が、まっすぐとジェイド副騎士団長を睨む。
石壁を強く蹴ったであろう、ダンっ!という音が、大きく響いた。
疾風を纏ったソルが、正面にいる相手へと凄まじい勢いで突進していく。目でなんて、とてもじゃないが追えない。
ジェイド副騎士団長は、真正面から向かってくるソルに手を翳した。
「うーん、これならどうかな??」
そう言うが早いか、ソルに向けて複数の炎の矢が飛んでいく。鋭い炎の矢は、迷うことなくソルへと飛んでいった。地面から浮いて宙を駆けていたソルには、避けようがない。
……そんなこと、当の本人が一番承知している。
訓練所の地面が、途端に動き出した。ソルの足元から土の壁が出現する。ソルがその土壁に足を着くと、横に素早く跳躍した。
先ほどまでソルがいた場所を、炎の矢が通り過ぎて行く。
地面の隆起はソルの足元だけではない。茶色の地面から幾つも波打つように、土の塔が築き上げられていった。ソルは土の塔を器用に足蹴しながら、疾風の勢いをそのままに、縦横無尽に宙を駆け巡る。
ジェイド副騎士団長を囲い込もうとした土壁は、風の爪でことごとく壊された。ボロボロと、土壁が脆く崩れ土煙が舞う。
「おおっ!!すごいよ!……じゃあ、もうちょっと頑張ろうね?」
驚きの表情をしたあと、ジェイド副騎士団長はニヤリっと悪戯を思いついた子供のように、黒色の笑みを浮かべた。先ほどと同じように、ソルに向けて炎の弓矢を1つ放つ。
「……ただの、炎の矢じゃない。」
「……放たれたと同時に気づいたか。ヒズミもやるな。」
俺がぽつりと呟いた言葉に、ヴィンセント騎士団長が感心したように頷いた。
一見すると、先ほどと同じ炎の弓矢での攻撃に見える。ただ、先ほどの攻撃よりも、魔力の練度が違うのだ。
なんというか、放たれた魔力に重みがある。
ソルは自身が作り出した土壁を蹴って進行方向を変え、軽々と弓矢を避けたかに思えた。
その刹那。
「っ!!」
ソルが避けた弓矢が、方向を急激に変えて弧を描いた。再びソルへと矢尻を向けて動き出す。ソルは、弓矢の進行方向に土の塔を作り出し進路を阻んだ。
「っ!……追撃に、分散……!」
その光景に、俺も驚いて声を出していた。
土壁に勢いよく阻まれたかに思われた炎の弓矢は、衝突したと同時にいくつもの弓矢に分裂した。上下左右から、炎の弓矢がソル目掛けて迫りくる。
「っ!くそっ!」
ソルは短く悪態をつくと、速度をやや落とし身体を捩じって炎の弓矢を躱す。
ただ、躱したところで永遠と炎の弓矢はソルを追いかけくるし、土壁を作って阻もうものなら、更に分裂して弓矢の本数が増えるだろう。
……中々に厄介だぞ、ソル……。
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