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第2章 勇者の暗い過去と、死亡フラグを回避します

ソルには内緒の楽しい準備

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「あっ。」

ふんわりとした紙の花びらを、また一枚ピリッと破いてしまった。ピンク色の紙に、歪な裂け目ができる。驚きのあまり、反射的に声が上がった。


「え~っ、ヒズミのへたっぴ。」

「ごめんな?どうも苦手なんだ……。」

もう完全に勝手知ったる場所になった孤児院の食堂で、俺は子供たちと一緒に紙の花を作っている。


俺は目覚めてから5日ほどベッドで安静にしていた。昨日、フロルさんに診察してもらって、ようやく完全復活したのだ。そして、今は孤児院の皆とソルのお誕生日会の準備中である。


ちなみにソルはというと、午前中からみっちりステルクさんと修行をしている。これは、ソルを孤児院から離れさせるために、事前に打ち合わせしておいた作戦だった。


ソルの誕生日会は、何時するのか本人には内緒にしている。いわゆるサプライズである。修行で疲れ過ぎなければいいのだけれど……。


ソルはスタンピード以降、修行をさらに厳しくしてもらっているようだ。

今までも真剣に取り組んでいたけど、より実力をつけたいとソル自らステルクさんに申し出たそうだ。俺と依頼を一緒に受けない日は、ステルクさんとの修行に当てている。
あまり、無理はしないでほしい。

今日は日頃頑張っているソルのために、皆で盛大にお祝いをするんだ。
少しでも、ソルの心が癒されるといいな。


紙の花は、日本で作っていたものと全く一緒だ。

卒業式とか、入学式とかのお祝いの席で作る、薄い紙で作る手作りの花。一枚一枚、重なった紙を持ち上げて花びらに見立てるのだけれど……。


先程からふわふわの紙を、ビリリッと破いてしまう。テーブルには皆で作った花が置いてあるけど、俺の作ったのはボロボロだ。花というよりは、紙屑に見える……。


見かねた女の子達に「あっちでお祝いの絵を描いて!」と追いやられてしまった。


女の子達の指示通り、俺は大きな紙が張られた壁へ向かう。男の子達が思い思いに絵を描いて、『誕生日おめでとう』というお祝いの言葉に花を添えていた。


「ヒズミ。こっちで、ミエルとおえかき、しよ?」

クレヨンで顔と手を汚した男の子が、ニッコリと笑って手招きをしてくれる。この子は、一番年下のミエルだ。

ふわふわの水色の髪を揺らしながら、楽しげに線をぐちゃぐちゃに走らせている。水色のぐるぐる渦巻きが、いっぱい描いてあった。


「ヒズミは、ミエルとおててつなぐの。」

「ふふっ。わかった。」

俺の指をミエルの小さな手が、きゅっ、と握る。可愛い命令に、俺はついついクスッと笑ってしまう。

ミエルの手はふにふにと柔らかくて、子供体温が温かい。俺が小さな手を繋ぎ直すと、くりっとした緑色の目が嬉しそうにキラキラしていた。


「……これ、かしたげる。なんか、かいて?」

そう言ったミエルは、ぎゅっと青色のクレヨンを握って俺に差し出した。こてんっと首を傾げて、可愛らしくお願いをされた俺は心で悶絶していた。

可愛い、尊い……。
小さい頃の妹みたいだ。


「ありがとう、ミエル……。」

クレヨンを貸してくれたミエルにお礼を言いつつ、頭の中では大分迷っていた。


うーん、絵か……。何を描こうかな。
できれば、簡単で孤児院の皆にも喜ばれるものがいい。


「よし。ラパンを描こうかな。」


ラパンとは、日本で言うウサギに近い。耳が長くて、小さくてほわほわの子供に人気の魔物だ。害がなくとても可愛らしい。
この世界に来てラパンは何度も見たことがあるし、ウサギとシルエットも似ていて簡単だ。

……たぶん。


俺はご機嫌で鼻歌を歌っているミエルの隣で、着々とお絵描きをし始めたのだった。


「ミエルー、ヒズミー。そっちに青色のクレヨンあるかー?」


この孤児院でも年長さんになる、11歳のソラトがトコトコと俺たちの後ろから近づいてきた。ちょうどお絵描きを終えた俺は、青色のクレヨンをソラトに手渡した。


「描き終えたから、これを使ってくれ。」

横から壁をひょいっと覗きこんだソラトは、ふっと笑みを溢したあとにミエルの水色の髪を優しく撫でた。


「ん。あんがと。……おー。ミエル上手だな。これ、ケルベロスだろ??」


そう言ってソラトは、青色で壁に書かれた絵を指差した。ケルベロスとは、3つの頭を持つ犬の魔物だ。この世界では、大型犬ほどの大きさのケルベロスが人に飼われてる。


「?……ミエル、じゃなぁいよ……?」

「…えっ?」

ミエルがこてんっと首を傾げて否定すると、恐る恐ると言うようにソラトが視線を俺に移した。俺は、ソラトと視線を合わせて、目の前の青色の曲線たちの正体を教える。


「……ラパンなんだが……。」

「っ?!!ウソだろっ?!」

驚きのあまり、手渡したクレヨンをソラトが床に落とした。コロコロと転がっていくのを、ミエルが「うんしょっ。」と短い足を屈めて拾っているのが可愛い。……と、軽く現実逃避した。

日本で小、中、高校と美術の成績は、五段階評価の中で最低の1だった。実力が遺憾なく発揮されて何よりだ。


その後にソラトは腹を抱えて、堰を切ったように大笑いを始めた。目には涙まで浮かべて、ヒーヒーと苦しそうにしている。もう、思う存分笑ってくれ。

「おれの腹が痛くなりすぎるから、ヒズミはキッチンで何か手伝ってよ。」とソラトに言われ、俺は未だに苦し気なソラトにプイッとそっぽを向けたまま、キッチンに向かったのだった。



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