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第2章 勇者の暗い過去と、死亡フラグを回避します

苦く重い口付け(ソレイユside)

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(ソレイユside)


デフェールスネークが、一瞬にして美しい薄紫の巨像に変わった。それがバラバラと砕け散っていくのを、オレは呆気に取られて見ていた。

瞬く間にデフェールスネークを、闇魔法が包み込んで朽ちさせたのだ。

何が起こったのか、全く分からない。
ただ、凄まじい魔力が近くから放たれたのを感じ取った。


驚きで動けない視界の隅で、隣にいるヒズミの身体が不自然にぐらりと傾いた。力が一気に抜けたかのように、前へと倒れていくのが見える。


「ヒズミっ!!!」

オレは咄嗟に、ヒズミの身体を横から抱きとめた。力が入らないのか、ぐったりと俺に身体を預けている。
俺の肩口にヒズミの額が乗った。


「っ?!」

そのひんやりとした冷たさに、思わずビクッと肩が跳ねた。受けとめた細い身体は、心無しかカタカタと小刻みに震えている。


ヒズミの体温が、異様に冷たい。


「……えっ?…ヒズミ……?」


艶のある絹の肌は、血の気のない蒼白に変わっている。いつもの凛とした微笑みは、今は苦し気に皺を寄せていた。

時折「うぅっ」と、血色の悪い唇から呻き声が漏れ出ている。


「しっかりして!ヒズミ!!」

何度名前を呼んでも、ヒズミは答えてはくれなかった。意識があるのかも怪しい。身体のどんどんと冷えきっていく。


近くにいたアイトリアも、異変に気がついて駆け寄ってくる。

俺が抱きしめているヒズミの様子を見て、おもむろに左手に視線を向けたアイトリアが、はっとしたように息を飲んだ。

目を見張ったかと思うと、眉間に深い皺を寄せて唸った。


「……まさかっ、『絶望の倒錯』…?!何てことをっ……!!」


『絶望の倒錯』?

聞きなれない言葉に疑問を持ちながらも、アイトリアの視線を追ってヒズミの左手を見た。ヒズミの左中指には、茨模様が美しい細身の指輪が嵌められている。

アイトリアが、その指輪に触って引き抜こうとしていたが、指輪は指の付け根からぴくりとも動かない。

まるで、指に張り付いているかのようだった。


「……『絶望の倒錯』って……?」

アイトリアは素早く自分の上着を脱ぐと、地面に丸めた。そこに、ヒズミを寝かせるように焦ったように俺に告げる。


「今は、説明している暇はありません!……魔力枯渇です!」

魔力枯渇……。まさか、身体の震えは魔力枯渇によるものか!

魔力は生命の源。魔力を完全に失えば命を落とす。身体が震えるという症状は危険だ。これ以上魔力を失ってはいけないと言う、生命維持をするための警告である。


オレがヒズミをゆっくりと石床に慎重に寝かせていると、アイトリアが腰の革鞄から小瓶を取り出した。小瓶の中には濃い桃色の液体がドロリと入っている。

魔力補給のためポーションだ。色が濃いのは、その分効能が高いという表れだった。


「このポーションを、時間を掛けてヒズミに飲ませなさい。一気に飲ませては駄目です。魔力の急激な補給は、身体が受け付けません。……少しずつ飲ませるのです。」


オレにポーションを渡したアイトリアは、悔し気な表情をした後に冒険者たちにすぐさま指示を出す。

デフェールスネークが倒されたからといって、魔物の侵攻が収まったわけではない。勢いはなくなったが、それでも町に向かってくる魔物がいるのだ。


アイトリアは、副ギルド長として町を守るために必死に戦っていた。


オレはアイトリアから受け取った小瓶の蓋を開けて、ヒズミの口元に飲み口を宛がった。


「ヒズミ、お願いだ。飲んでくれ……。」

意識のないヒズミの震える唇が、なかなか小瓶の口を食んでくれない。小瓶を傾けてみたが、口へと入らずに端から零れ伝っていく。

焦りが募って、自分の手元も覚束ない。


「くそっ!」

もう、何振り構っていられない。

オレはポーションを一口煽ると、ヒズミの震える唇に口付けた。

力の入らない柔らかな唇をそっと食んで、僅かに開いた隙間から舌を入れ込む。ドロリとしたほのかに甘い液体を、舌に絡めてヒズミの口へと流し込んだ。


ヒズミの舌をオレの舌で押し上げて、ポーションが奥まで流れ込むようにする。コクンっと喉が鳴ったのを確認して、一度口を離した。


……何とか、飲んではくれた。


その後は、もう必死だった。

ポーションを一口煽っては、ヒズミに口移しで飲まることを繰り返した。やがて瓶の中が空になる頃には、ヒズミの浅かった呼吸が幾分か落ち着いていた。


詰めていた息を、少しだけ吐き出した。




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