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第2章 勇者の暗い過去と、死亡フラグを回避します

絶望の倒錯

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「……デフェールスネーク……!!」


マグマが湧き出るほど、高温な場所に棲む魔物だ。鎧のような岩の鱗に覆われた身体。長く太い胴体に先の細くなる尻尾は、見た目はまさしく蛇だ。

ただ、その大きさと纏っている灼熱が規格外なのだ。


大きさは3階建てのビルくらいはある。そして、存在するだけで大気を朦朧とさせる熱。

これは、デフェールスネーク自身の体温だ。溶岩が生み出した魔物とも言われるほど、体内に熱を蓄えている。


ギャャャャャーーー!

咆哮とともに威嚇で開かれた口は、左右に大きく裂けおぞましい。骨をも砕く鋭利な牙が、縦に開いた口に生え揃っているのが良く見えた。


強者がいる町なのに壊滅したのは、この魔物のせいか……!


デフェールスネークは、ダンジョンではボスクラス。最後のボス部屋で対戦する。何度も死にかけて苦戦しながら勝利した自分だから、この魔物の特徴は覚えている。


急所は、頭の部分にある大きな魔石。

赤黒い魔石こそ、デフェールスネークの熱の源と言っていい。そこを破壊すれば倒せる。だが、そこまで安全に接近できる保証はない。


それに……、ここはダンジョンではなく、町なのだ。


「まずい……。『熱放射』をされたら一たまりも無い。」

俺の呟きと同じことを、周囲の騎士や冒険者が口々に宣った。

この魔物は弱ってくると、第二形態に姿を変える。そして、姿を変える瞬間に全身に溜めていた熱を一気に放出する『熱放射』という攻撃をしてくるのだ。


ダンジョンという限られた場所であれば、攻撃が外に漏れだすことは決してない。あそこは異空間で、外の世界とは隔絶されている。

ただ、ここはそれを遮断する術がないのだ。町には魔導士の人が防御結界を張っているけれども、とてもじゃないが灼熱を防げるとは思えない。


頭の中をフル回転させて、ゲームでの戦闘を思い出す。水系の魔法を何度も繰り出して、じわじわと体力を削り追いつめて行った記憶がある。

しかし、第二形態になった際の『熱放射』の放出は防ぎようがない。プレイヤーは攻撃を受けたと同時に、光属性の強固な結界魔法を張るか、熱に強い魔道具を使って回避する。

ここには、強固な結界はないし、熱を防ぐ魔道具もない。


今から、町の人を別の場所に避難させる?
いや、外に逃げ出してしまえば別の魔物の餌食になる。


焦る気持ちで鼓動が速まる。目の前の圧倒的な強者に、悲観的な未来を想像してしまい頭を振った。


どうにかして、第二形態にさせずに倒す方法はないのか……?


ギルド長が避難所に魔導師を集めるように叫んでいる。避難所だけでも、結界を強固にするためだろう。冒険者たちは、各々武器を構えて険しい顔をした。

でも、去っていく者はいない。

ここで去れば、魔導師たちが避難所に向かう時間さえもなくなってしまうからだ。


何か、ないのか?
この絶望の状況を、打開できる方法は?


考えろ。
絶望している場合じゃない。

______『絶望』……???


そこで、はたっと気が付いた。
頭の中にあるモノが浮かぶ。


俺は、自分の腰に付けていた革鞄に手を突っ込んだ。これは、ただの鞄ではない。マジックバッグという、容量に際限がない亜空間収納付きの代物だ。

そこから、茨がぐるりと輪になった金色の指輪を取り出した。


アンデット系の魔物しか出てこない、不気味なダンジョンで手にいれた代物。ダンジョン攻略報酬も呪われたアイテムだったから、攻略後に脱力してしまったのを覚えている。


アイテムを使用した代償は、一週間の毒による麻痺。呪いだから、苦痛を味わうため体力も減っていく。

そして、魔法属性の永久消失と、3ヶ月に一度の状態異常。


永久消失は文字通り、代償で消失した属性を2度と使えなくなるのだ。消失する魔法属性もランダム。

1属性の場合もあれば、複数属性が消えることもある。唯一の救いは、取得した属性のうちどれか1つは必ず残ること。

苦労して取得した魔法属性を手放す者など、そうそういない。だから、ネットでもこのアイテムは疎まれていた。

3ヶ月に一度の状態異常はよく知らない。
……まあ、なんとかなるだろう。


ただ、大きな代償と同時に得られる威力は、桁違いである。


俺は躊躇わず、その指輪を左の中指につけた。魔力を最大に練り上げて指輪に流し込む。指輪の茨が指に食い込んで、チクリとした痛みが走る。

もう、これで指輪は外れない。


元国立魔導士団副団長のアトリから、魔法を使うときのコツを教えて貰った。魔法を使うときは想像力がモノを言う。強くイメージしたことが具現化する。


脆くなる鱗。砕ける身体。
空気の遮断。生命を一瞬にして奪う闇。

魔力も熱も生命も、全てを閉じ込める。


一撃だ、一撃で仕留めろ。
それで、この戦いを終わらせる。


俺は呪いの指輪『絶望の倒錯』へと、内にある魔力を限界まで込めた。


「朽ちろ!」


俺の全魔力を、デフェールスネークへ向けて放った。

俺が叫んだと同時に、灼熱の大蛇がいる地面から紫紺の魔力渦が現れる。紫色の閃光の渦は、逃げ出そうと身体を捻ったデフェールスネークの全身を一瞬にして包み込み、姿を見えなくさせる。

夜空が怪しげな闇魔法の色に染まった。


グギャァァァ………ァ。


デフェールスネークの断末魔が空気を裂く。苦しげな大蛇の悲鳴が収まると、紫紺の渦はぶわりと風に弾かれたように胡散した。


「……なっ?!!」


近くにいたアトリの、驚いた声が聞こえた。

先ほどまでデフェールスネークがいた場所には、薄紫色の鉱石で出来た大蛇の巨像が出来ていた。渦の中でのたうち回ったのか、身体を捻らせたまま、美しい薄紫色のガラス彫刻のようだった。


「……一体、何が??」

そこかしこで、驚いた人の声が聞こえた。
血走っていた大蛇の赤黒い目は、鉱石に覆われ生気がない。急所である頭の魔石には、深々と鉱石の杭が刺さっていた。

美しき鉱石でできた大蛇の巨像に見とれていると、ピキっ、ピキっ、というガラスにヒビが入るような音が聞こえ始める。その音は次第に広がっていき、薄紫色の鉱石となったデフェールスネークの全身に無数の亀裂が走る。


パリンっ!!


硬いものが割れる破壊音と同時に、鉱石に石化したデフェールスネークの身体が砕け散った。鋭利な薄紫色の破片が、一斉に森へと降り注ぐ。

夜の闇にキラキラと舞うそれは、なんだかとても幻想的で綺麗だった。


俺が魔法を放つときにイメージしたのは、瞬間的な石化。
しかも、ボロボロに朽ちていく石だ。

そして、呪いの指輪『絶望の倒錯』で魔法の威力を通常の50倍にした。


……ああ、倒せたんだ……。


安心したからなのか、俺は力が抜けてぐらりと身体を前に傾けていた。視界がぐりゃりと歪んで、意識がぼんやりと暗くなっていく。

踏ん張ろうと思っても、全然力が入らない。
身体が重くて、言うことを聞いてくれなかった。

……ダメだ、倒れる。


「ヒズミっ!!!」


焦ったソルの声を最後に、俺は意識を手放した。




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