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第2章 勇者の暗い過去と、死亡フラグを回避します

勇者と自分が死なないために修行します

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次の日から、俺たちは修行を始めることになった。

俺とソルは、ある人物のもとで修業させてもらえるようにお願いした。院長もソルもその人と顔見知りで、俺たちの修行の申し出を快く引き受けてくれたのだ。
ゲームでも、その人にソルは指導してもらい強くなっていく。


強くなるのは、早いことに越したことはない。
町の喧噪から少し離れた、レンガ造りのノスタルジックな小さな薬屋。ここに棲み夫婦が、実はとんでもなくすごい人達だった。


薬屋の後方には大きな庭がある、薬草を育てる薬草畑の横で、オレとソルは絶賛修行中だった。


「はっ!」

気合を入れたソルが、木刀を日に焼けた大柄な男性へと振り下ろしていく。男性は傷のついた右頬をニヤリと持ち上げると、ソルの剣戟を受け止めつつ足払いを仕掛けた。


「うわっ!!」

手元に集中していたソルが、あっけなく足払いを食らう。その様子をがははっ!と笑いながら男が、焦げ茶色の瞳を細めて指導していた。


「手元だけに集中するなよ!魔物の動きは人間と違う。どんな動きをしてくるか、分からないからな。」

「はい!」

ソルが素直に返事をすると、男性は再度ソルと向かい合って訓練を続ける。見上げる程に大きい鍛え上げられた身体と、腕や顔に残る歴戦の傷。


こんな片田舎にいるのが不思議でならないほど、この男は只者ではない。


正体は、元国立騎士団団長、ステルク・バーナード。

平民にして国立騎士団団長まで昇りつめた、ずば抜けた実力者。現役時代の二つ名は『剣聖』。力強い太刀筋に巧みな戦術で、戦場を渡り歩いてきた。


ゲーム攻略本の人物紹介ページで、確か騎士団を引退後に恋人と結婚して田舎でのんびり過ごすと言い、この町で暮らしているのではなかっただろうか?


ソルとの手合わせを終えたステルクさんは、今度は俺と剣を交えた。俺は両手に日本刀を模した木刀を持つ。

自分の今腰に下げている、長剣よりもやや短い剣に合わせたものだ。


日本にいたころの俺は、当然ながら戦闘などしたことはない。祖父に変な体術は教わったものの、人と対戦したことなんてないのだ。


でも、そこはやはりゲーム補正なのだろう。
自分がどうすべきなのか、意識を集中すると自然と手足が動き出す。双剣を当然のように構えられるし、足は地面を強く蹴っていた。

剣を繰り出しながら、時折蹴りさえも繰り出していく。

この身体は動きが軽いし、意識も心も戦闘に慣れていた。
……まあ、無駄にダンジョンに潜って、ひたすらにレベリングしてないもんな。

果敢に切りかかったけど、やはりステルクさんの剣でいなされて弾かれた。最後には喉元に剣を突きつけられる。


「……ヒズミは戦闘スタイルが確立しているが、まだまだ攻撃が甘い。」

俺は、ステルクさんの言葉に強く頷いた。そこから空が夕日に変わるまで修行を行う。

午前中はギルドの依頼をこなして、午後は修行をする。これが俺とソルの日課になっていた。月日が流れるのは本当に早くて、俺がこの世界に転生してから、既に2ヵ月は経過している。


その間に、町のスタンピード対策が急ピッチで行われていた。俺の話を信じてくれた冒険者ギルドの面々が、ギルドの依頼として避難所の建設や、町の周囲の柵を強化の依頼を出してくれたのだ。


アトリにスタンピードの話をした翌日には、俺はこの町のギルド長にも話をした。ギルド長は俺の話を真摯に聞いてくれて、俺の意見も対策に取り入れてくれたのだ。


空がオレンジ色に変わり始めたころ、薬屋の裏口からひょこっと男性が顔を出した。


「……もうそろそろ、孤児院の夕飯の時間でしょ?……遅くなると院長に叱られるよ。」

男性の声によって、本日の修行は終わった。男性は俺たちを薬屋の中に入るように促す。


「さあ、怪我を見せて。……もう、あの筋肉バカも少しは子供相手に手加減をしてくれないと……」

呆れたような声音で、立っている俺たち2人の腕や背中に出来た傷を確認してく男性。この、物腰の柔らかい中性的な男性は、ステルクさんの伴侶である。


この人は、元王城薬師フロル・フィラントロ。筋肉バカと言ったステルクさんとは正反対で、フロルさんは細身ですらりとした美しい人だった。

フロルさんは、背中まであるラベンダー色の髪を靡かせながら、棚に置いてある小瓶を2つ手に取った。ちゅぽっとその蓋を開けると、突っ立ったままの俺たちにその中身を勢いよくぶちまける。

濃い緑色の液体が勢いよく宙へと投げ出され、俺たちの身体にバシャッ!と覆い被さった。

……冷たい。そんな勢いよくぶっかけなくてもいいのに……。


俺たちの身体が緑色に淡く光る。それと同時に身体にあった傷が治っていった。


「……お前は相変わらず、見た目と違って行動が男前だよな。」

本当にそう思う。いつも容赦なく怪我をした俺たちに、ポーションをぶっかけてくるのだ。見た目の穏やかさとのギャップが激しい。


「ごめん。つい戦場を思い出して……。」

ほんの少し恥ずかしそうに頬を染めるフロルさんを、ステルクさんが愛しそうに見つめて抱きしめる。


「……そんなところも、俺は好きだがな……。」

そういってフロルさんの頬に手を当てるステルクさん。手を取り合って見つめ合い、二人の甘い時空に入り込もうとしている。2人の顔がどんどん近づいて……。

「……あー、ごほんっ。」

これ以上は、ソルの教育的によろしくない。俺は咳払いを1つして、申し訳ないが2人の世界を止めた。この2人は本当にラブラブなのだ。

隙があればイチャコラして、もう砂じゃない。蜂蜜を口からだらりと吐きそうになる。


「フロルさん、今日も治癒してくれてありがとうございます。ステルクさん、明日もよろしくお願いします。」

2人の甘い時間をこれ以上見てはいけない。俺とソルは2人にお礼を言いつつ、薬屋を後にした。


オレンジ色に包まれた町並みをソルと歩きつつ、俺はふと疑問が浮かんだ。

……ステルクさんの結婚相手って、女性だったよな?
ゲームだと夫婦だったはず……。
フロルさんは美しいが男だ。夫夫になっていないか?


それに、町を歩いていると普通に男性同士のカップルが抱き合ったり、キスをしている場面をよく見かけた。

あれ、ここって乙女ゲームの世界だよな?


それとなくソルに聞いたところ、なんとこの世界では、異性間だけでなく、同性同士でも結婚が可能だった。これにはものすごく驚いたものだ。


……最近の乙女ゲームって、恋愛事に関して寛容なのだろうな。とても素晴らしいことだ。


「だから、ヒズミは気を付けてね?……特に男に……。」

ソルがなんだか不思議なことを言っていた。この世界でも平凡な顔の俺が、誰かに相手にされるとは思わないんだが……。最後のほうは声が小さくて聞こえなかった。


そんな穏やかな日々を過ごしつつ、刻々とスタンピードの危機が迫って来る。


この町には、実力者が何人もいるのだ。元国立騎士団長のステルクさん、元王城薬剤師のフロルさん。そして、元S級冒険者のギルド長に、元国立魔導士団副団長のアトリ。


こんな実力者がいるのに、数ヵ月後この町は壊滅する。
それほどまでに、スタンピードの勢いが凄まじいということを物語っていた。


今は町を挙げて魔物襲撃への対策をしているから、何の準備もされていなかったゲームの時よりも被害は少なくて済むかもしれない。


でも、油断は出来ないんだ。
人々の忙しく帰路に着く幸せな足音を聞きながら、俺は自分にできる限りのことをしようと決意を新たにした。


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