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第2章 勇者の暗い過去と、死亡フラグを回避します
恋の自覚(ソレイユside)
しおりを挟む(ソレイユside)
院長に孤児院へ連れられながら、オレの頭の中は今日出会ったばかりの少年のことで一杯だった。
薬草採取の依頼を受けて、普段通りに薬草の群生地へと向かった。そこでお目当ての薬草を摘んでいた時に、突然低い呻き声聞こえたと思ったらグリードベアに遭遇してしまったんだ。
自分よりも年下の、冒険者見習いの子供も良く薬草採取に来るその場所は、魔物が現れることが無い安全地帯と言われていた。
護身用の短剣はいつも身に着けていたけど、自分よりもはるか格上のグリードベアに遭遇するなんて、誰が想像できただろうか?自分の背丈の3倍ほどはある巨体に、通用するはずがない。
オレは悲鳴を上げながら、ひたすらに森を走って逃げた。死に物狂いで逃げて、森の中でも木が少ない開けた場所にたどり着いたんだ。
逃げていて気が付かなかったけど、どうやらオレはグリードベアに狩りが容易にできる場所まで誘導されていたようだった。
巨体が近づいてきて、その凶悪な鉤爪で服を裂かれて肌に痛みが走った。
ダメだ。
もう、足も疲れて動かない。怪我の痛みと酸欠で頭がクラクラする。
目の前にいるグリードベアが、不吉な笑みを浮かべて目をギラつかせた気がした。襲い掛かろうと体勢を低くしているグリードベアを見て、オレは内心で諦めていた。
もう、自分は助からないと。
涎を垂らした左右に大きく裂かれた口を見ながら、ああ、死ぬときは痛くないといいなぁとか、一思に首を狙ってくれとか、変に冷静に考えていた、その時だった。
視界の隅で、何かの影が一瞬通り過ぎたのが見えた。音もなくただ影が動き、銀色の何かが日の光をチカッと反射して眩しくて目を細める。
その刹那、グリードベアとオレの間に紫紺が翻る。一閃の銀色の光がグリードベアの足を襲った。瞬時に身を翻したしなやかな身体は、血走ったグリードベアの目を切り裂く。
素早い身のこなしに呼応して、紫紺の裾がはためいた。
「雷撃」
小さく淡々とした冷静な呟きが聞こえた。それと同時に空から黒色の稲光が、一直線にグリードベアの身体を貫いた。ほんの一瞬の出来事で、巨体は地面に音を立てて倒れ命を落とす。
……一体、何が起こったんだ……??
オレが呆けたまま、地面に座っていると目の前の人物が身体ごと振り返った。双剣を手にしたまま、振り返ったその姿に、オレは息を飲んだ。
サラリと風に靡く黒壇の艶やかな髪。真珠のように艶めく肌。柔らかな整った容姿だが、意志の強さを感じる目元。
その瞳は、夕闇と夜闇の狭間に僅かに見ることができる、不思議な紫を閉じ込めたような宝石だった。
天の御使いとされる天使をも想像できる美しさだが、それにしては闇の色が随分と似合っている。
昼間だというのに、オレは鋭い黒色の十字星を見たように感じた。黒曜石で出来たとびきり美しい漆黒の、自身が宵闇の主であると誇る至極の黒。
なんて、美しいのだろう。
戦闘の流麗さ。迷いのない剣術。
美しい相貌と、冬の夜を思わせる隙の無い雰囲気。
その少年は、ヒズミと名乗った。
聞いたことの無い、不思議で綺麗な響きの名前は美しい少年に相応しいと思った。
オレと同じくらいの年恰好の少年は、オレよりもとても強かった。
オレは、出会って間もないのにも関わらず、ヒズミの特別になりたいと強く思った。だから、すぐに自分の愛称を教えたんだ。
死んだ両親にしか呼ばれたことのない、特別なオレの名前を。
『__ソル。』
ヒズミに名前を呼ばれ微笑まれたそのとき、僕の鼓動がドクンっと揺れる程大きく脈打った。
じわりと体温が熱くなって、ぶわりと心地よい高揚感で身体がいっぱいに満たされる。それなのに、胸はきゅっと縮こまったかのように苦しくなる。
とても不思議で、でもふわふわと嬉しくて。
ヒズミに自分の名前を呼ばれるだけで、幸せで。
ヒズミをずっと見ていたい。その柔らかそうな髪に触れたい。体温を感じたい。
大人ではないオレでも、この感情の正体がすぐに分かった。
というより、これしか考えられなかった。
そうか。これが、恋なんだ。
微笑む君は、とても可愛いくて。戦闘のときの凛々しさとはまた違う表情に、くらくらと目眩がした。
そんな可愛い顔、誰にも見せないで。
夕闇と不思議な紫色の瞳に、オレだけを映して。
町に辿り着くまでの僅かな時間、ヒズミと話して分かったことがある。ヒズミは独りぼっちだった。家族の話を聞いたときに、「もういない。」と言って寂しそうにしていた横顔がやるせなかった。
オレは、ヒズミの隣にずっといたい。
そのためには、自分自身がヒズミ以上に強くなければならない。
今まで漠然と生きるために、冒険者見習いをしていた。でも、それでは到底ヒズミと一緒にいられない。
ヒズミは魅力的だ。本人は気が付いていないようだけど、その美しさと凛とした姿に、皆が惹きつけられている。町を歩いていて、ヒズミに視線を移す人の多さがそれを物語っていた。
誰にも、渡さない。
ヒズミの隣は、オレの場所だ。
絶対、ヒズミを一人にしない。離さない。
医者の診察を終えたオレは、月明かりが入る薄暗い部屋で、固いベッドの上に身を預けながら、強く決意をしたのだった。
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