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第2章 勇者の暗い過去と、死亡フラグを回避します
勇者の始まりの町
しおりを挟む「……勇者……。」
「えっ?」
俺の呟きにこてんっと顔を傾けた少年は、『聖女と紋章の騎士』の攻略対象者の勇者、その人だ。
「…ユウ……?違うよ。オレの名前はソレイユ。ソルって呼んで?……君は?」
やはり、あの乙女ゲームの攻略対象者、勇者と同じ名前だ。
「……俺は、ヒズミ。」
ゲームでは、貴族しか家名が無いという設定だったはず。ソルも名前しか言っていないから、俺も合わせることにした。俺が名乗ると、ソルは何度も確かめるように口した。
そして、一つ頷いた。
「……ヒズミ……。綺麗な名前だね。この辺りでは聞かない響きだ……。もしかして冒険者?」
ソルは、チラリと俺の胸元を見た。俺の胸元には細い銀色のチェーンに、長方形の小さな薄い金属が付いている。これは冒険者ギルドで発行される身分証明書だ。
おそらく、これを見てソルは俺を冒険者だと判断したのだろう。
「ああ、そうだ。」
ゲーム内でも冒険者ギルドで身分を登録していたから、あながち間違いじゃない。俺が肯定すると、ソルはキラキラとした目で俺を見つめ返した。
「すごい。その歳で一人で旅をしているなんて。」
……その歳で?
いや、俺はソルよりもだいぶ年上のはずなんだが……。
「俺はソルよりも、だいぶ年上だと思うぞ??」
ソルは一度立ち止まると、訝し気に俺の顔を見た。上から下までじっくりと首を動かして俺を観察した。そして、またこてんっと首を傾げてる。
「……ヒズミは、どう考えてもオレと同い年か、年下くらいにしか見えないけど??」
「……えっ?」
聞けば、ソルは13歳だそうだ。いやいや、さすがに19歳の俺と同い年に見えるはずがない。でも、確かに目線がソルと一緒な気がするのは、気のせいだろうか……。
「……とりあえず、軽い怪我は治ったと思うけど、念のため医者に診てもらったほうが良い。……町までの道は分かるか?できれば、俺も一緒に連れて行ってほしい。」
人の命が危険に晒されている場面を目撃して、急遽はせ参じた俺だが頭の中は絶賛混乱中だ。一度、自分自身に何が起こっているのか、安全な場所で確認したほうが良いだろう。
それに、町に行けばここが本当にゲームの中なのかどうか、それとも現実なのか、夢なのか分かるはずだ。
「うん。分かった。」
それにしても、少年期の勇者はとても可愛らしい。
跳ねている髪がひょこひょこ動いて、ヒヨコみたいだなっとほのぼのする。まだ成長途中だからか、どこかほっそりとした身体だが、これから鍛えればカッコイイ男性に成長するだろう。
というか、イケメンに成長することが確定事項なんだけどな。
森を無事に抜けた俺たちは、ソルの道案内のもと町にたどり着いた。
『聖女と紋章の騎士』の、勇者の始まりの町。
名前は、カンパーニュ。
石造りの門には、美しい飾り文字で町名が記載させていた。
……あれ?ゲームで見たときと、門の作りが違う気がするんだが……?
両脇には銀色の鎧を着た門番が槍を持って、通行人に話しかけている。1人の門番が俺たちに気が付いたようだ。
そして、服に血が付いているソルを見るや、門番のお兄さんはびっくりして、急いで孤児院へ連絡するようにと仲間の門番に告げていた。
この町は子供を大切にしてくれる、とても良い町なんだな。
俺はもう一人の門番に、冒険者ギルド配布の身分証明書を提示した。少し驚かれた顔をしたが、何事もなく門を通された。
ソルに着いて行きながら、木と漆喰で作られた可愛らしい建物が並ぶ通りを歩いた。石畳で整備された道をトコトコと2人で歩くと、大きく開けた広場にたどり着く。
広場の中央に小さいながらも可愛らしい鳥の彫刻が施された噴水が、ちょろちょろ水を流していた。
……この町に噴水なんてあっただろうか?
疑問に思いながらも、俺はひょっこりとその噴水の水面を覗いた。
「っ?!!」
噴水の水面に、自分の顔が映る。そこに映ったのは、間違いなく俺の顔だった。
しかし、これは若返っていないか?
確かに俺の顔ではあるけれど、中学生くらいの容姿に戻っている。これでは、勇者と同じくらいの年頃にしか見えないのも納得だ。
「……ヒズミの髪の色、とっても綺麗だね。」
そう言いながら、俺の隣に来てにっこりと笑うソル。その微笑はまるで天使のように輝いている。
なんだこの少年は!
この歳にして人を褒めることに慣れ切っている。
タラシだ……。天然の人誑しだ!
攻略対象者の中でも、勇者ソレイユは溺愛で有名だったはずだ。他人にはそっけないが、愛しい者はデロデロに甘やかして本人の知らぬ間に囲い込む。
今から、その片鱗が見えていて怖い。
そんなことをツラツラと考えていたときに、忙しない足音が近づいてくるのが聞こえた。音がしたほうからは人影が走ってくる。
「ソレイユ!怪我をしたそうじゃないか!さっき門番のクルトが教えてくれたぞ!……森で何があったんだ……??」
老齢の男性が、神父のように長い服の裾を翻してこちらに近づいてきた。ソルを見るとぎゅうっとその身体を抱きしめて、心配そうにソルの全身を確認している。
「……森でグリードベアに襲われたのを、ヒズミが助けてもくれたんだ……。怪我もポーションで治してもらったから、何処も痛くない。院長、心配かけてごめんなさい。」
ゲームの攻略本に書かれていた情報を思い出す。確か、ソルは15歳になるまで孤児院で生活をしていたはずだ。そして、今ソルのことを抱きしめいるのが孤児院の院長なのだろう。
院長は、ソルの言葉に驚いて目を見開いた。
「っ?!グリードベアだって?!」
実はグリードベアは、本来であれば町近くの森には生息していない。生息していないはずの魔物がいるということ自体が、森に異変が起こっている証拠なのだ。
「お医者さんを孤児院に呼んだから、念のため診察してもらおう。……ヒズミ君だったかな?ソレイユを助けてくれてありがとう。それと……。」
「初めまして、ヒズミと言います。……冒険者ギルドには、俺が報告しておきます。だから、今はソルの体調を心配してあげてください。」
俺はそれだけ言うと、冒険者ギルドに向かうために踵を返した。この町は何度かゲーム内で訪れたことがあるから、冒険者ギルドの場所は分かっていた。
「待って!」
院長に抱きしめられていたソルが、パタパタと俺のほうへ慌てて走って来た。俺の両手を握ると、ソルは不安げに俺に聞いてくる。
「……ヒズミは冒険者ギルドに泊まるの?ずっといる?」
冒険者ギルドには、冒険者が格安で利用できる簡易宿泊所があったはずだ。ゲーム内でも睡眠と言う回復をするためによく利用していた。
今日は日も沈みかけているし、状況を整理するためにも休んだほうが良いだろう。
「ああ、そのつもりだよ。しばらくは、この町にいようと思う。」
どのみち、今の状況を整理しないとな。そのためには、しばらく同じ場所にとどまったほうが良いだろう。俺の返事に、ソルはぱぁあっと顔を明るくして破顔した。笑顔が眩しい。天使か。
「じゃあ、また明日会いに行くね!」
そう言うと、ソルは名残惜しそうに俺の手をそっと離した。院長の後をついて行きながら、俺に向かって手を振る。
俺も手を振り返して、その場を後にした。
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