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番外編、酒飲みたちの漫遊(フレイside)

ダンジョン攻略の目的(フレイside)

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(フレイside)



ギィギャァァァァー!!


片目と片翼を失い、さらには全身も緑色の血に染まった大蛇は、身体を大きく震わせ目を血走らせる。怒りを孕んだ咆哮が空と海を貫いた。


「おー、めちゃくちゃ怒ってる。」

カリエンタは、余裕そうな様子で呟いた。面白いとばかりに槍をぶん回している。

息を吸うように、リヴァイアサンが体を膨らませる。岩のように硬く鋭利な先端の鱗が、大気を掴んでぐわりと逆立った。鱗の隙間は赤黒く不穏に光っている。


「……なんか、ヤベェのが来るな……。」

リヴァイアサンの顔回りにある、獅子の鬣のようなヒレが、ぐわっと左右に勢いよく開いた。


「っ!!!」

リヴァイアサンの殺意の籠った咆哮と共に、鋭利な岩の鱗が、四方八方に飛び散った。無数の杭の雨が俺たちを襲う。


「おらっ!!!」

俺はカリエンタの前に立って大剣を振るい、爆風の渦を起こして襲い来る鱗を粉砕する。炎渦巻く竜巻の中で、静かにカリエンタが言葉を放った。


「……返照」


カリエンタがそう言い放った瞬間、俺たちの頭上に突如として炎を纏った大きな新星が現れる。眩く激しい強い魔力を放射線状に噴出させるそれは、まさに小さな太陽のようだった。


小さな太陽は、グルグルと熱い炎を自身に絡ませながら、周囲のモノたちも一様に強い力で吸い寄せていく。

降り注がれるリヴァイアサンの鱗は、紅い新星に引っ張られ、接触したと同時に塵となって星の一部となっていった。岩の鱗は吸収した新星は、リヴァイアサンの顔面ほどの大きさになる。

射出された全ての鱗が吸収したかと思うと、大きな新星は圧縮されたように一瞬で小さくなって、彗星のごとく俺たち二人の武器へと飛んできた。


「っ?!」


彗星の光を受け取った俺の大剣は、火炎を纏ってさらに巨大な剣となる。隣のカリエンタを見ると、金色の美しい槍に激しい火炎を纏っていた。刃体部分が炎によって大きくなり、全体が燃え盛る炎の槍。

炎はさらに大きくなり、紅蓮色の大きな鳥に変わる。高らかに鳥が、矢風を思わせる声で鳴いた。


先ほどの紅き新星の魔法を、カリエンタは『返照』と言っていた。おそらく敵の魔力を吸収して返す魔法だろう。


「ケリをつける。」

「おうよ!」


ニヤリと口角を上げたカリエンタが、槍を目線の高さで構え姿勢を低くして上体を反らした。俺は足場にしていた遺跡の石柱を、強く蹴って上に跳躍する。


カリエンタの構えた槍の刃体にトンっと着地した瞬間、ギュンッ!と凄まじい勢いで槍が前方へと投げられた。

炎の槍は左右に大きなの翼を広げ、荘厳な火の鳥に姿を変える。俺を背中に立たせたまま、リヴァイアサンへと一目散に突進した。


リヴァイアサンは咆哮を上げて、水で人魚の騎士を数体作り出す。俺は仕掛けられた人魚を、大剣で次々と切り裂いていく。大蛇までの距離が近づくにつれて、魔力を最大限に練り上げた。


大剣は、リヴァイアサンの太い胴体の幅を軽く超えた。目の前には岩の鱗が迫っている。火の鳥の背中で右足を大きく引いて、剣を構えた。


先ほどの鱗の射出攻撃で、リヴァイアサンの鱗がまだ再生途中だ。やや柔らかくなったその状態を狙う。


「終いだ。」


両手で握りしめた剣にありったけの魔力を放出し、炎の大剣でリヴァイアサンの胴体に刃を入れる。岩の鱗は赤い熱線で溶け、大剣を握る手には骨と血肉を切る硬い感触が伝わる。

緑色の鮮血が、目の前の空を飛んだ。


火の鳥が、リヴァイアサンの身体を駆け抜けると同時に、俺はその大蛇の胴体を真っ二つに切った。リヴァイアサンの背後へ駆け抜けた直後、魔物の頭が海面に強かに打ち付けられ、轟音とともに空高く水飛沫が上がる。


「しゃあーっっっ!!!」


カリエンタの歓喜の雄叫びが聞こえた。

雨とともに水飛沫を浴びていたカリエンタが、拳を握った右手を前に勢いよくグッと伸ばす。ニカっと八重歯を見せて満面の笑みのカリエンタに、俺も火の鳥に乗りながら拳を反した。

火の鳥は持主に帰るようにカリエンタに向かう。


「おかえりー。」


カリエンタの近くで槍から降りると、槍は吸い寄せられるようにカリエンタの右手に納まった。


「あー、長かった。」

ふうっと軽くため息をつくと、カリエンタにポンポンっと肩を叩かれた。正直、今回の戦闘は骨が折れた。


視界の端を、キラキラとした金色の粒子がチラついた。よく周囲を確認すると、あれほど荒れ狂っていた海は白磁の床に変わり、海賊船は金色の輝きとなって砂のように消えていた。


金色の粒子がやがて収まると、そこは吹き抜けの白磁の広場だった。ドーム型の天井には真珠が星のように浮いていて、その合間を小さな光の魚が泳いでいる。


俺たちはいつの間にか、床に足を着けて立っていた。


そして、とんでもなく広い広場の中央に、巨体の蛇が鎮座している。胴体を真っ二つに切られたリヴァイアサンだった。長い尾は蜷局を巻いて、横倒れになって息絶えていた。


「……改めてみると、マジででけぇな。」


目だけでも、俺の身体よりだいぶ大きい。本当によくこんな魔物を倒せたものだと、自分でも思ってしまう。この硬い鱗や歯は、上質な武器を作るのに持ってこいだろう。

素材を剥ぎ取ることを考えつつ、俺たちはここに来た一番の目的である、あるモノを探していた。


「おっ。めっけ。……フレイも見てみろよ。」


リヴァイアサンの喉元部分を探していたカリエンタが、手をチョイチョイっと動かして俺を呼んだ。手招きに素直に従って、カリエンタへと近づく。


「これが、慈悲の逆鱗。」


そう言って指し示された先にあったのは、美しい虹色の鱗だった。

リヴァイアサンの大きな岩鱗は、下に向かうように生えている。しかし、その中で一枚だけは、逆さに生えた鱗が存在するのだ。


その鱗は、この巨体には似つかわしくないほどに小さく、俺の片手で覆えるほどだ。


本来であれば、これがリヴァイアサンの弱点なのだ。

この逆鱗だけは柔らかく、ここを突き刺せば一撃で死ぬと言われている。最凶のリヴァイアサンを、唯一確実に仕留められる弱点。


冒険者にとっては絶望の中の、一縷の希望。
だから、慈悲という言葉が付いている。


俺たちはこの『慈悲の逆鱗』を手に入れるために、ダンジョンに潜ったのだ。唯一の弱点を攻撃してはならないと言う、攻略難易度が格段に跳ね上がった状態で。


光を反射する小さな鱗を、カリエンタは短剣で器用にぺりっと剥がしとった。

カリエンタは、左手の人差し指をちょいっと立てると、小さな炎を指先に作り出す。そこに先ほど剥ぎ取った『慈悲の逆鱗』を近づけ火で炙った。

光を反射していた虹色の鱗が、真珠にも似た純白へじんわりと変わっていく。


「おし。そろそろ良いか。」

カリエンタは指先の炎を消すと、亜空間収納に片手を突っ込んだ。空中に出来た暗闇の穴に、手首から下が消えていく。

そして、取り出されたのは透明なガラスの瓶だった。


ぼってりとした形の瓶の蓋を、ポンっという音を立てて勢いよく開ける。中には透明な液体が入っていて、湯気と共に仄かな酒の匂いが辺りに漂った。

どういう原理かは知らないが、中に入っている酒は温まっているらしい。


先ほどの炙った鱗を、カリエンタは瓶の中へとひょいッと入れた。白色に艶めく鱗が、透明な液体の中にチャプンっと音を立てて浸かる。

鱗からは何やら白色の煙のようなものが、ゆっくりと酒に滲み出ている。


「これで何日か熟成させれば、リヴァイアサンの鱗酒の完成だ。」



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