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番外編(武道大会の舞台裏)
各団長との話(スフェンside)
しおりを挟む異様なまでの静けさが闘技場を包む。感嘆の吐息を漏らす音が、そこかしこから聞こえた。そして、しばらく呆けた様に静まっていた闘技場は、何処からともなく、人々の騒めきが起こった。
「……なんと美しい。」「蒼炎騎士団に、あのような者がいたか?」「随分と華奢だが……。」闘技場にいるミカゲへと向けられる、興味本位の眼差しと、疑心。
中には、騎士らしくないミカゲの姿を見て、果たして本当に戦闘が出来るのかと嘲わらう者もいる。
今に見ていると良い。
控室内も私とシュレイ兄上以外は、驚きの表情をしている。騎士団の合同演習にも参加せなかったから、ミカゲを見るのは初めてだろう。私だけの美しい花にしたかったが、こうなってしまえば仕方がない。
思う存分、舞姫の姿を見てもらおう。
ミカゲの相手は紫炎騎士団員。おそらくは、どこかの貴族令息だろう。貴族特有の愛想のよい微笑を湛えている。紫炎騎士団員は一度だけ目を見張ると、その後すぐに気を引き締めた。
さすがだな。この大会に選抜されただけあって、見た目で敵を判断しない。
ミカゲは、魔物と戦闘するときと同じく、目の前の敵に集中していた。感覚を研ぎ澄まし、隙のない身構え。緊張感と人々の関心が渦巻く中、ミカゲの初戦が始まった。
紫炎騎士団員の放った火の矢の弾道を見抜いて軽々と躱し、地面から出た鋭い土の棘も難なくと避けていく。しなやかな身のこなしと、軽やかな動き。
「……ほう、早いな。それに、最小限に動いて、勢いを殺さず距離を詰めたか。」
隣では感心したとばかりに、緑炎騎士団長が呟いた。その間に、ミカゲは風魔法で竜巻を作り、相手の築いた土壁を破壊。距離を詰めて魔法を放ちながら、相手を翻弄していた。
「あの風魔法も見事。斬撃が周囲の風を巻き込むように計算されているね。」
右隣のシュレイ兄上は面白いものを見たと、研究者の顔になっている。シュレイ兄上も、ミカゲのことを気に入っているのだ。『浄化』について、魔導士団は研究を重ねている。
ミカゲもそれに協力して頻繁にシュレイ兄上の研究所を訪ねているため、自然と仲が良くなった。もちろん、私同伴だが。
「変わった剣ですね……。それに、あの剣術は見たことがない型です。相手の力をよく利用している。太刀筋も美しい。」
口元に軽く握った右手を添えて、紫炎騎士団長は興味深げにミカゲの剣術を見ていた。優雅な微笑みは称えたまま、目はひたりと、ミカゲを観察している。動きを見て参考になる点は取り入れようとしているのだろう。
ミカゲが相手の懐に入り、右胸を斬りつける。しばらくして、紫炎騎士団員の魔石が綺麗に2つに割れて、地面に転がった。どうやら、勝負がついたようだ。
しなやかに美しく、舞うような見事な戦闘に、その場は余韻に浸っていた。そして、興奮と熱気が収まりきらないというように、どっと歓声が響き渡る。
「美しい上に、あの実力……。スフェレライト団長、私は今まで彼を見たことがありませんが、いつ入団されたのですか?合同演習にも参加していませんでしたよね?……これほどの実力者であれば、噂になっても良いくらいなのに……。」
紫炎騎士団長は、なかなかに鋭いところを突いてきた。さすが、社交界で駆け引きに慣れているだけある。その言葉で、一斉に団長たちの視線が私に飛んだ。
「……入団はつい最近です。合同演習の際は、別件に当たらせていて不参加でした。」
私の答えに対して、紫炎と緑炎騎士団団長は、なにかピンと来たようだ。
「……ほぉう。…ふむ。……なるほど。」
チラリと俺の左耳を見た後、緑炎騎士団長は二音だけで何かを納得した。美形の精悍な顔が、微笑ましそうに生暖かい目をしている。……うるさい。
紫炎騎士団長も、ふむふむと何度か頷くと、より一層優雅に微笑んだ。そして、仲が良いシュレイ兄上に目線で合図を送っている。……嫌な予感しかしない。
「やっぱり、ミカゲは見目が麗しいじゃない?礼儀作法もしっかりマスターしているし。」
何を言い出すんですか。シュレイ兄上。
「そうですね。あの落ち着いた佇まいであれば、政治や外交の場にいても問題ないでしょう。」
ちょっと待て。緑炎騎士団長までこの流れに乗るつもりか。いつも真面目くさった顔をしているのに、こういうノリは良いもんな。
「狸爺たちばかりのいる王城に、ミカゲがいれば目の保養。いや、浄化に近いかな?そうなると、適任な場所は……。」
勿体ぶったように、シュレイ兄上が言葉を切る。シュレイ兄上はチラッと紫炎騎士団長に視線を送ると、紫炎騎士団長も深く頷いた。相変わらず、優雅な微笑だ。
「……うち、ですかね?……スフェレライト団長、ミカゲを我が騎士団にください。」
「あげませんよ?」
何だこの茶番は。
皆、随分と面白がっているではないか。特に、シュレイ兄上と紫炎騎士団は、息ピッタリに私をからかってくる。
「……まあ、おふざけはここまでにして。例年通り、始めましょうか?」
くすくすっと一頻り笑ったあとに、紫炎騎士団長が申し立てた。ここからは、騎士団員の異動希望や引き抜き、人事異動についても話し合う。試合を観戦しつつ、私たちはしばし話しに興じた。
その間にも、ミカゲは危なげなく順当に勝ち進み、いよいよ決勝戦になる。
決勝戦の相手は、緑炎騎士団副団長のロトだった。
試合を見ながら、緑炎騎士団長から声が上がった。
「……やはり、ロトの剣術にも対応するか。本人も久々に強い相手で、楽しそうだ。」
ロト副団長の表情は、一切変わっていないように見えるが、仲間内からすると戦闘を楽しんでいるらしい。
鋭いロト副団長の剣戟にもミカゲは順応し、反撃までしている。今大会では初の氷魔法を披露する。ミカゲが放った魔法は、見事な氷の檻。大小の氷華が氷柱で繋がる、繊細で緻密、透き通った美しい檻だ。
「……はあ。また、綺麗なのを作るね。俺もあの中に入りたい。」
シュレイ兄上が、うっとりとした目でミカゲの氷魔法を見ていた。今度ミカゲに頼もうっと、呟いている。そのまま、氷付けになってしまえ。
檻の中でロト副団長は足元を氷付けにされ、冷気によって体温を奪われている。とうとう、ロト副団長の魔石が割れミカゲが勝利した。
お互いの健闘を讃えて、握手を交わしている。
「…っ?!?!……ロトが、笑った、……だと……?」
信じられない様子で、緑炎騎士団長は目をカッと、見開いた。そして、隣にいる私に勢いよく身を乗り出して、懇願した。
「スフェレライト団長!!ミカゲ君を我が騎士団にください!ロトの笑顔のためにも、お願いします!!」
「全力で拒否します!!」
無表情である意味有名な、緑炎騎士団のロト副団長の貴重な笑顔。ほんの僅かに目を細めて、口角を少し上げただけだったが。本当に一瞬の微笑みだった。
闘技場の宙に浮いた画面には、その微笑みが大きく映し出され、ロト副団長の目は優し気な色をしていた。ミカゲの真摯さや謙虚さが、あのロト団長を笑顔にするほど好感を与えたようだ。
……この、ミカゲの無自覚天然タラシめ。
全力で私に拒否された緑炎騎士団長は、「あぁぁー!やっぱりだめかー!魔導士団長、今の映像って保存出来てます?後でください!今日は祝杯をあげなくては!」とシュレイ兄上に直談判している。
なんだか、緑炎騎士団内はすごいことになりそうだ。
ロト副団長と握手を交わしたミカゲは、こちらに顔を向ける。
清らかで穢れを知らないような、美しい花。
昼間に咲き誇るのではなく、
静かな夜闇に、月の光に照らされて咲く。
そんな、凛とした洗練された美しさだ。
私の愛しい人。
だが、今回は私も気が抜けない。
私の愛しい人は、確かに強いのだから。
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