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番外編(王立騎士・魔導士団対抗武道大会)
体術部門、ツェルの戦闘
しおりを挟む「始め!!」
審判員の掛け声が、闘技場内に響き渡る。闘技場内にいる、体術と剣術の選手が一斉に動き出した。
闘技場を4つに分けて、右2か所が剣術、左2か所が体術の試合を行っている。
カキンッ!と剣の交わる音と、ズザザッ!と地面を蹴る躍動感のある音が至るところで響く。スクリーンに選手たちの姿が映り、戦闘の臨場感と、選手たちの高揚感が伝わってきた。
普段の黒色をベースにした制服とは異なり、各団を象徴する色を纏っている。黒紫、深緑、濃紺、鈍色の特別制服を着て、選手は試合に挑んでいた。見分けやすくするためだ。
それぞれの試合では、統一のルールがある。
出場選手たちの右胸には、紫色の丸い魔石を施した勲章を装着されていた。
この魔石は、光魔法を付与した魔石で、選手が重症や致命傷を負う攻撃がされた場合に、壊れて防御結界が発動する仕組みになっていた。
魔法も使われるから、選手たちの生命を守るためでもある。
勝敗は、相手が降参、もしくは、気絶などにより戦闘不能になるか。あるいは、右胸の魔石を直に破壊するか、防御結界を発動されて魔石を壊すかで決まる。
他にも、各部門では細かく決められたルールがあるのだ。
体術は、肉弾戦。拳と拳、はたまた蹴りや締め技、武器を使用しなければ、なんでもアリだ。
そして、面白いのは、魔道具の使用も可能であること。相手への直接攻撃に魔道具は使えないが、自身の身体強化には、魔道具を使っていいのだ。
だから、剣術や体術に参加する魔導士団の人たちは、魔道具を装着している人が大半だ。
ツェルの戦闘相手である魔導士団の選手も、金ぴかの光る小手と脛当てをつけていた。太陽の光をピカーンッ!と反射していて眩しい。どちらにも緑色の魔石が嵌めこまれ、魔石を中心に魔法陣が描かれている。
「さあ、私の新作を特とご堪能ください!……これは、多くの騎士たちの動きを分析し、200通りもの動きを組み込んだ戦闘用魔道具なのです!どんな攻撃にも反応し、自分の身体が勝手に動くように操作してくれる、優れものです!」
明日は、どんなに辛い筋肉痛になっても、構いません!
自分の造った魔道具をこれでもかとアピールする魔導士団の選手に、ツェルは面倒くさそうに半眼した。
すごい。ツェルにパンチと蹴りを繰り出しながら、息を切らさないで、一気に説明をしてくれた。
それだけでも、魔導士団員の選手はとても満足そうだ。酷い筋肉痛も怖くないみたいだ。その魔導士団員の動きは、確かに素人ではなく、訓練された騎士そのもののようだった。
休みなく次々と襲い来る魔導士団員の攻撃を、ツェルはヒョイっ、ヒョイっと軽やかに躱していく。ツェルの頭部を狙って、魔導士がツェルの左側から回し蹴りを繰り出した。
金ぴかの脛当てが、確実にツェルの頭部を捉えたと思われた、その瞬間。
「……いや、首にも防御を着けろよ。」
半ば呆れたような声が、ぼそりと聞こえた。
魔導士団員の目の前にいたツェルの姿は、一瞬で消えていた。
そして、瞬き一つの間に魔導士団員の後ろに姿を現すと、トンッという小気味良い音だけが、聞こえてきた。
「ぐぬぅっ?!」
短い呻き声とともに、魔導士団員が顔から地面へ、パタリと綺麗に倒れる。
かろうじて、ツェルの手刀が魔導士団員の首を打った後の、手だけは見えた。でも、あまりの素早さに、首を打つ瞬間など、全ての動作が目で追えていない。
魔導士の前からの移動なんて、瞬間移動のようだった。
審判員も一瞬何が起こったのか分からなかったのだろう、倒れた魔導士団員を見て固まっている。
「………気絶させたっすよ。」
ツェルが審判員に進言し、審判員がはっ、として魔導士団員へと近づいていく。魔導士団員が気絶していることを確認すると、審判がドギマギしつつ高らかに告げた。
「……気絶により戦闘不能!勝者、蒼炎騎士団ツェルベルト!」
試合開始から、5分も経っていないだろう。
一つの試合が早々に終わった。
スクリーンには、先ほどのツェルの試合のハイライトが映し出されている。確かに、魔導士団員の首に手刀が施されている場面が映っているが、それでも映像がぶれる程早い。
観客は呆気に取られている者もいれば、「……さすが蒼炎騎士団、容赦がない。」「すげえな。……魔導士団員のやつ、面白かったが、ちょっと可哀そうだな……。」という、魔導士団員に同情する声が聞こえてきた。
後半の意見に、俺もちょっぴり同意した。
まあ、こればかりは仕方ない。魔道具にインプットされた騎士団員の動きよりも、ツェルが圧倒的に強かっただけだ。
……ツェルはあれでも、かなり手加減をしたのだと思う。
本来であれば、試合開始直後に、一瞬で決着がついている。
「ミカちゃん!ただいまー。」
ツェルが元気よく、ちょっくらコンビニに行ってきた、くらいの様子で帰ってきた。
会場に送り出して、ものの数分で返ってきた仲間に、思わず苦笑してしまう。ベンチに座っている俺の隣に、ツェルはよっと、腰かけると人懐っこい笑みを浮かべる。
「ツェル、おかえり。」
微笑んで出迎えると、嬉しそうにツェルが笑った。
「……ミカちゃんと少しでも長く居たかったから、速攻で終わらせてきたー。」
ほら、撫でて、撫でて。と、俺の左側から癖のあるオレンジ色の髪を向けてくる。夕日の色に似て、とても綺麗だ。懐いた犬みたいに、ツェルの頭部に犬のピョコンっとした耳と、フリフリ動く尻尾が見えたような気がしたのは、内緒だ。
「初戦お疲れ様、ツェル。相変わらず素早くて、カッコよかった。」
正直な感想を言いながら、柔らかな夕日色の髪を梳くように撫でる。ツェルは機嫌が良さそうに俺の左肩に顎を乗せて、ふへっ、と笑った。
「……ミカちゃんの天然タラシ。でも、そういうとこも好き。」
そのまま、気持ちよさそうにスリスリと左肩に額を付けるツェル。今度は猫みたいだなって考えていると、会場からわぁあぁあっ!と歓声が上がった。
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