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番外編
精霊王ベリルの回顧 2 (ベリルside)
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きっと、美影の力に心身の成長が追い付いたら、また私のことを見てくれる。光の加減によって蒼色にも見える、美しい黒曜石の瞳に、私を映してくれるだろうと。
事態が変わったのは、一緒に暮らしていた親族が亡くなってからだ。
ミカゲは気が付いていないようだが、ミカゲの家族は呪詛で亡くなった。
あの呪詛は人間が施したものだろう。しかも、血族ではないだろうか。人間は時として血を分けた者同士でも争うのだから、なんと怖ろしく残酷なのだろう。
神社に移り住んできた美影の伯父にあたる家族の、なんと醜く汚らしい魂か。
そして、この者たちには禍々しい呪いがついていた。
美影の家族を呪い殺したのは、こやつらのようだ。『人を呪わば穴二つ』という、日本の言葉はよく言ったものだ。人を呪ったら、必ず呪いを施した本人たちにも返ってくる。
こやつら自身には呪いをする技量がないため、どこかの呪術師に依頼したのだろう。しかし、どうしたのか呪術師がしっかりと処置しなかったようだ。
玄人の呪術師であれば、呪い返しにも対応して、呪い自体を消滅させるはずなのに。
伯父の口から漏れ出た話を聞くと、どうやら呪術師に難癖をつけて正当な報酬を払わなかったようだ。その醜い伯父は、本当は美影の母親だけを残して、他を呪い殺そうとしたらしい。
本来であれば、母親ではなくミカゲが呪詛によって命を落とすはずだった。美影が生き残ったのは、私の耳飾りを付けていたからだ。
そのため、実際は美影の母親が亡くなり、その息子である美影だけが生き残った。
話が違うということで、報酬を半分にしてやったと。どうやら、報酬をきちんと支払わなかったことで、呪術師が呪詛返しをしなかったようだ。そのまま、伯父に呪いが返ってきている。
美影は、伯父夫婦に虐げられて生活していた。何とか助けてあげたかった。でも、私の姿を見ることができないし、触れられない美影を、どうすることもできなかった。
ならばあの伯父を屠れないかと思ったが、さすがに異世界の理には踏み込めなかった。こちらの世界の者が勝手に殺せば、魂の処理が上手くいかなくなる。
美影の伯父が神社を管理しだしてから、人々の祈りが随分と減った。呪詛の影響もあるだろうが、元来の伯父の人間性もあるのだろう。
祈祷は形ばかりのものになり……。
いや、形さえ、あやふや、ではないだろうか、
心の籠っていない祈りなど、神や神域の者たちに届くはずもなかった。
そして、舞のなんと無様なことよ。
あの子の父や、あの子と比べるのも、おこがましいほどだ。
当然ながら、神社の信仰者は減っていき神力も落ちていった。
清廉した空気が漂っていた神社に、黒く砂のような邪気が漂い始める。
この神社は、やはり何かを封印するために建てられたのだろう。年々、神社の建物から溢れる邪気が強まっている。
それでも、美影が毎日祈祷をして、舞の練習や弓引きをすることで、神社の神力はギリギリ保たれていた。
美影が、伯父たちに蔑ろにされているのを、私は黙って見ているしかなかった。日本に再度降り立とうとしたけど、創造神に許可されなかった。
異世界の者である私は、美影を助けることができず、歯痒い思いをしていた。
ある日、美影の悲痛な拒絶の声が聞こえた。今までにない、その切羽詰まった声に、私は慌てて水晶を起動する。
そこに映ったのは、小汚い太った伯父にのしかかられている、美影の姿だった。美影は何とか男から逃げ出して、神社の中を走っている。
私は水晶に指を当てて、必死に魔力を流し込んだ。これぐらいなら、私の力でもなんとかできる。宝物庫の扉を開いて、美影が入ったと同時に閉めた。醜い人間が扉を叩いているが、決して外からは壊されない様に魔法を施す。
「…父さん、母さん……。会いたい…。」
なんて哀しい願いなのだろう…。
清く優しい心を持ったこの子は、今、死を望んでいる。
私に、できることがないのだろうか。もう一度、創造神に懇願してあちらに赴き、美影を何とか守り抜けないだろうか。
せめて、あの子の心だけでも……。
そう考えていた矢先だった。
神社の祠から、黒い邪気がぶわりと黒煙のように一気に勢いよく噴き出したのだ。
邪気の中には、魔物とも、人間とも似ても似つかない、何とも凶悪で狂暴なモノの影が見えた。
邪気は辺りをすぐに包み込み、月さえも隠して墨で塗りつぶされたような漆黒の闇に変わる。祠の邪気からは、次々に醜い異形のものが出てきた。あれは確か、餓鬼というやつではなかったか。
年に一度、美影が神具を付けて舞を踊っていた日がなかったか。美影の生まれた日でもある。
そこで、はたと気が付いた。
男に襲われていた日が、その当日であった。
今は、日付が変わっている。
まずい。
邪神の封印が解けた。
このままでは、あの子が妖にやられてしまう。
神の許可なく、異世界に介入することはできない。
そして、異世界の人間は、本来であれば、こちらの世界には来れない。
世界を渡るには、とても膨大な魔力を消費するからだ。
でも、私の耳飾りをしているあの子なら。
長い年月、私の目印をつけて、この世界と繋がりを持ったあの子ならば。私の魔力で、こちらの世界に導けるかもしれない。
私は自分の魂を、半分以上削った。精霊としての精気が大量に減る。それでも、あの子の心の痛みに比べれば、なんてことはない。
魂は力の源であり、精霊王の私のものとなれば、強力な魔力を帯びる。この魔力で、あの子をこちらの世界に転移させる。
水晶に手を伸ばして、ありったけ魔力を注ぎ込む。
泣きつかれて眠っていた美影の身体が白い光に包まれた。
ごっそりと私の魔力が抜けたと同時に、光に包まれた美影の身体が私の聖殿に現れる。
良かった。間に合った。
不思議なことに、美影が大事にしていた両親の形見や、舞の神具一式、書物なども一緒に転移していた。
目の前には、恋焦がれた美影の姿。久々に美影の頬に触って、その涙をそっとぬぐった。
きめ細やかな肌に、柔らかな髪。
このとき、私の頭には、ふと、ある考えが沸いた。
もしも、このまま美影を異世界に留めさせれば、
私と共にいてくれないだろうかと。
でも、美影は人間の身。
精霊の私とは、『寿命』というどうしても超えられない壁がある。では、一体どうすれば、共に時間を歩んでいける?
ああ、人間の枠組みから外れればいいのか。
そうだ。
美影を神域の者にすればいい。
神域の者になる簡単な方法がある。
『神殺し』だ。
神を殺し、その功績を創造新に認められた人間は、人間ではなくなる。過去にも、『神殺し』をして神域の者になった人間がいた。その者は争い好きな神を殺した。
人間同士で殺し合いの大戦をしていたが、やっと世界が落ち着いたのだ。
創造神は自分以外の神が殺されたとしても、さほど興味がないのだ。創造神さえいれば、新たに神を作り出すことが可能だからだ。
それよりも、長い年月の中で変化や、面白いことを欲している。人間が神を殺したということも、一種の余興のように楽しんでいた。
だから、美影が『神殺し』をして神域の者になるのを、面白がりはするが反対はしないだろう。
……ちょうどよく、『神』と名の付くモノがいるではないか。
邪神と言えど『神』である。
こちらに連れて行けば、邪神もこちらの世界の神界に名を連ねるだろう。魔力も豊富で、邪神自体の魔力でこちらに来れる。
あとは、こちらに来るように仕向ければいい。
……人間で召喚魔法をしている者がいたな。
あの人間の召喚に、邪神が導かれるように細工をしよう。時間軸が少し過去に歪むけど、なんてことはない。
召喚をした者は、美影の伯父に似た、醜悪な人間だ。
少し美影には可哀そうだけど、これを乗り越えれば不老不死になる。そして、邪神を倒すためには、それ相応の力が必要だ。
精霊王の加護を与えよう。他にも、ミカゲの武器となりそうなものを集めないと。
美影が『神殺し』をすれば、人間から格上の存在になれる。
寿命というものには囚われない、神域に近い存在になる。
そしたら、私とずうっと、永遠に一緒に居られる。
あの美しい魂の子を、傍でずっと愛でていられる。
美影は優しい。長年が独りぼっちだと知ったら、寄り添ってくれるはず。
美影。私はずっと寂しかったんだ。
自分の心は波も起きず、風も吹かず、朝日が昇ったり夜闇になることもない。ただ、平然と、なにも無かった。生きていてずっと、そうだった。
やっと。やっとだ。
恋焦がれて。求めて。手を伸ばして。
そして、慈しんで。
独占したい。
美影。
これからは、ずっと。
私とずっと、一緒にいよう。
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