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第十章 幸せを噛み締めて
告白
しおりを挟むスフェンと聖殿を訪れたあの日、俺は王宮に用意されたスフェンの私室で全てを話した。
邪神シユウを招いたのは、精霊王ベリルであること。そして、創造神によって精霊王ベリルが消失してしまったこと。
俺が、創造神にある要求をしたこと。
俺の要求は、セラフィス枢機卿や精霊王ベリル、そして、邪神シユウの侵入によって命を落とした者たちの、来世についてである。
その全ての魂が、平穏で幸福に包まれた生涯にするようにと、要求したのだ。
偽善だと言われるかもしれない。でも、創造神なら簡単に叶えられるはずだ。
セラフィス枢機卿は、『神殺し』をしたため、本来であれば神域の者になるはずだった。しかし、『神殺し』をしたと同時に、肉体も魂も失ってしまったため神域の者になれなかった。邪神シユウと共に魂も消失したことから、輪廻の渦にも乗っていなかった。
創造神にそう説明された俺は、まずはセラフィス枢機卿の魂の復元を申し付けた。そして、その魂を輪廻の渦に乗せるようにと。
精霊王ベリルの魂、そして、邪神シユウの影響によって亡くなった人々の魂は、既に輪廻の渦に乗っていると言う。その人達の魂には、俺の目の前で幸福のギフトを送ってもらった。
褒美は一つとは聞いていない。だから、これでもかと要求することにした。
神に向かって不敬とも言える、俺の態度。
それでも、俺は一歩も引く気は無かった。褒美を授けると言ったのは、そもそも創造神自身である。約束を違えることは、しないはずだ。
要求が多いにも関わらず、創造神は、なんとも愉快だとばかりに、歯を見せて笑い飛ばしていた。
『……私にここまで要求するのは。なんと図太く、面白い人間か。こんなことは、初めてだ!』
声を上げて笑った創造神は、ひとしきり笑い終えると、俺に向き合った。
『……これで、満足か?異世界の魔導士よ。』
「……ああ、ありがとう。」
俺の返事を聞いた創造神は、目を少し眇めると厭らしい顔で口角を吊り上げた。いつの間にか、創造神は地面に降り立って、俺の目の前で顔を覗きこんでいる。
『……して、本当に“日本”に帰らなくてよいのか?……帰れるのは、この一度きりしかない。今後、どんなに乞い願おうとも、故郷に帰ることが出来なくなる。……それで、良いのだな?』
この創造神は、なんとも性格が悪い。この後に及んで、確認してくるなんて……。
頭の中で、創造神の性格を詰る余裕があるのだから、俺も大概なのかもしれない。
俺の決意は揺らがない。静かに、強い意志を持って、俺は告げた。
「俺はこの世界で生きていく。」
創造神は肩透かしを食らったようだ。さしずめ、今回しか帰る機会がないと言えば、俺が悩み、苦しむとでも思っていたのだろう。
俺の答えにふんっと鼻を鳴らすと、つまらなそうにして、離れていった。
『……相分かった。……まあ、そなたは面白いからな。創造神の私にも怯むことなく、むしろ敵意さえ感じるとは。……人間の生涯は短いが、また、会おうではないか。』
喉の奥でクツクツと笑いながら、創造神は消えていった。そこで、俺の意識は聖殿へと戻ったのである。
スフェンは、俺の話を穏やかに静かに聞いてくれた。
そして、俺とスフェンは今、スフェンの私室のバルコニーにいる。今夜は美しき蒼白の月。満月が静かに佇んで淡い光を放ち、星たちは月を邪魔しないように控えめに散って光る。
バルコニーから見下ろした庭園には、小さな噴水がある。水が僅かな水音を立てて、静寂な夜に音を添えていた。
程好くひんやりとした夜風に当たりながら、俺は隣にいるスフェンを見遣る。
金糸の髪が夜風に夜風に靡いて、ふわりと揺れている。深緑色の宝石は、夜でもその強く美しい光が損なわれることはない。今では、その色が俺の一番好きな色になった。
誰もが称賛するであろう、美貌の騎士。
太陽のように、他者を照らしてくれる人。
彫刻のように整った横顔に見惚れていると、スフェンが視線に気が付いて、エメラルドの瞳を穏やかに細める。月光に照らされた騎士の微笑みは、一つの絵画のようだった。
愛しい人の姿は、見ているだけで俺の想いを溢れさせる。溢れた気持ちが、俺を突き動かそうとする。
するりと、言葉が口を割って、零れていく。
自分の想いよりも先に、身体が動いていた。
「……スフェン」
スフェンの名を呼んで、俺はスフェンの両手を取って握った。俺に向き合っているスフェンが、不思議そうに俺を見つめている。
鼓動が早まって身体全体に響いている気がする。でも、自然と自分の心は穏やかだった。
美しいエメラルドの瞳を、俺は一心に見つめた。この想いが、どうかスフェンに届きますように。
「俺は、スフェンが好きだ。……心から、愛している。」
スフェンが息を飲む音が聞こえた。深緑色の瞳が見開かれ、俺の緊張した顔が映っているのが見えた。
「元の世界には、もう戻らないと決めた。……俺は、スフェンの傍にずっといたい。生涯を共にしたい。」
俺の弱さも、臆病さも、卑怯さも。全てを受け止めて。
愛をこれでもかと伝えてくれた、愛しい人。
あなたと、ずっと一緒に居たい。
叶うなら、一番近くにいて、同じ時間を共に歩んでいきたい。
「……あなたを、愛しています。俺を、スフェンの恋人にしてくれませんか?」
そして、俺の命が尽きるまで、あなたを守り、愛することを許してほしい。
見上げていた深緑色の宝石に、月光が揺らいだ。一筋の涙の雫が、スフェンの瞳から零れて頬を伝っていくのが見えた。
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