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第九章 真相
誘惑
しおりを挟む『そうだよ。私が邪神シユウを、この世界に招き入れたんだ。』
心地よい空間に、温かな風が吹く。
精霊王ベリルの言葉は、静寂な部屋の中にただ穏やかに響いた。
どうして。
「……なぜ…?そんなことをしたら、自分たち精霊の力も弱まるのに……。」
邪神シユウの邪気のせいで、精霊たちはとても苦しんでいた。精霊は精霊王の仲間。精霊たちの力が弱まれば、自然と精霊王であるベリルの力だって弱まってしまうのでは?
自分の力が弱まってまで、成し遂げたかったことがあるのだろうか?
「……それはね、美影に『神殺し』をしてもらうためだよ。」
少しばかり子供っぽくなった口調で、精霊王ベリルは宣った。
「……『神殺し』。」
セラフィス枢機卿も言っていた言葉だ。
「……人が『神殺し』をすると、人間ではなくなる。神域に住む者に近い存在になる。老いることも、死ぬこともない。私たちと似たような存在になるんだよ。」
神界に近い存在。不老不死の身体に、人間界をいとも簡単に操れるほどの強い力。
『神殺し』は、人間が神に成り代わるようなものだった。
「だから邪神シユウという、『神』を美影に殺してもらうことにした。美影が『神殺し』をすれば、私とずっと一緒にいられるでしょ?寿命も飢えもない。その美しい姿のまま、永遠に一緒に暮らせた。」
俺と一緒にいたい。それだけの理由のため。
「……でも、寸前で邪魔をされたね。……まさか、『神殺し』の記録を残していたなんて……。邪神シユウを消滅させたのはセラフィスだ。『神殺し』は、あの男がしたことになってしまった。」
セラフィス枢機卿は、神官という職業柄、神話や伝承に詳しかった。神殿本部の禁術書には、『神殺し』の記載がされていた本が残っていたのだろう。
だから、セラフィス枢機卿は俺に、「『神殺し』をしてはいけない。」と忠告してくれたのだ。
「こうなってしまえば、仕方がない。」
そう呟いた後、ベリルの薄緑色の瞳が俺の目を捕らえる。春の息吹を感じさせる、美しい薄緑色の瞳の奥は、なんだか暗い色をしている気がした。
「私はね。ずっと、美影の小さなころから、恋焦がれていた。例え、その瞳が私の姿を映さない様になったとしても。ずっと見守り続けていた。大好きな、愛おしい美影。」
するりと、両頬を細長く美しい手で包まれる。きめ細やかな肌は、絹のように滑らかだ。
いつもなら、その温かな体温に心が穏やかになるのに。
「ねえ、美影。私とずっと一緒に居よう。」
俺の左耳に、そっとベリルの指が伸ばされた。
そこには、いつの間にか蒼色の宝石と、銀色の装飾が施された耳飾りが付いている。
耳飾りに触れられたことで記憶が蘇る。
この耳飾りを、幼い頃は毎日眺めていた。触ると温かさを感じて、見ていると心が落ち着いた。とても綺麗で、俺のお気に入りだった。
見えなくなったのは、父が俺の力を封じたとき。
この耳飾りの記憶さえも、失っていた。
この世界に来て、記憶も力も戻ったけど、この耳飾りのことだけは、今の今まで思い出せなかった。
幼い頃に会った、一人の男の子。
すごく嫌な感じのする怪我をしていて、浄化をしたら怪我が治った。
外国人のような白銀の髪、翡翠色の瞳。
一緒に遊んで仲良くなって、この耳飾りを贈り物としてくれた、穏やかな瞳。優しい笑顔。
「愛しているよ。もう、大好きなんだ。」
それは、それは愛しそうに。
ぎゅっと、ベリルに抱き締められる。
「この領域で、一緒に暮らそう。嫌なことも、苦しいこともない。美影にはいずれ寿命がくるけど、魂だけになっても一緒にいよう。この領域の魂は、輪廻の渦に乗らない。永遠を共にしよう。」
辛い、苦しいことばかりの人間界に、
ずっといることなんてないんだよ。
ここなら、何も失わない。
それは、俺を堕落させる誘いだった。
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