不遇な神社の息子は、異世界で溺愛される

雨月 良夜

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第八章 決戦

セラフィス枢機卿

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「……あれが邪神シユウか?……なんという姿だ……。」


教皇の間に、皇太子殿下と騎士団員達のざわめきが聞こえる。セラフィス枢機卿もこの姿のシユウを見るのは初めてなのだろう。目を見開いて、その後にぐっと眉根を寄せた。


周囲のざわめきを他所に、俺はまた一歩シユウに近づく。硬い白磁の石畳に、俺の足音と、もう一人の足音が響き渡る。
俺の隣を、スフェンが連れ立って歩いていた。スフェンの装備も、所々傷がつき壊れている。


白磁の床を歩きながら、俺の頭の中では、誰かの声が響いていた。


殺せ。
神を殺せ。


それは、呪いのような、命令にも聞こえる声だった。
ドクンっ、ドクンっと脈打つ度に、その声が木霊していく。


……そうだ。

『封印』では、またいつか解放される。
それなら、シユウを消滅させてしまおう。


右手に握った日本刀が光を帯びる。そして、キンっ、キンっ、キンっ、と高く澄んだ音を連続して立てた。

3つの金、銀色の光の輪が、日本刀を囲うように現れる。それは、ただの輪ではなく、文字が連なった輪っかだ。


手前から順に、ナイアデス国の古代語、精霊たちが使用する文字の金色の輪。その次には、銀色の陰陽師が護符に使用する、悉曇文字の輪。
最後に、ナイアデス国語の金色の輪。

それぞれの輪はゆっくりと回転している。


陰陽師の術だけでは、シユウを消滅できなかった。
それならば、この世界の魔法と、陰陽師の術式を組み合わせれば良い。

自然にそう考え、日本刀も俺の意志に呼応するように銀色に光る。


3つの輪は語源が違えど、意味する言葉は一緒だった。


『邪を討ち亡ぼせ』


声に促されるまま、俺はシユウの心臓部分に切っ先を向けた。刃で心臓を貫けるように、両手で下向きに構える。


殺せ。
神を殺せ。


シユウはただじっとして、動かない。赤黒い眼光の4つ目だけが、ギラリと俺たちを捉えていた。


切っ先を心臓部分の魔方陣に突き刺そうと、俺が両手を振り上げた瞬間だった。


『道連れにしてくれるは!!』


暫く動かずにいたシユウの口が、大きく開いた。
口の奥から、シュルッと何かが出てきた影が見える。


何かが、シユウの口から俺に向かって放たれるが、俺は次の瞬間には剣を下ろしていた。避ける暇がない。


俺はそのまま、シユウの心臓部分の魔方陣に、剣を突き刺した。直後に血肉と骨へ、剣が食い込んでいく感覚が伝わる。


目の前を、美しい純白の布が翻った。

瞬きの間に、鮮血が白磁に飛沫を飛ばす。

赤く滑って、生ぬるい液体が、白い床に広がっていく。


「っ?!!!」


俺の目の前には、シユウの口から出た、鋭利な切っ先が見える。針のような細い刃は、先端から赤い液体を滴らせていた。


目の前にいる人物の身体を、太い針が貫いている。
清らかな、美しき純白が、
刻々と赤色に染まっている。


何が起きたか、分からなかった。
目の前の光景に、息を飲む。

セラフィス枢機卿が、俺に向き合った状態のまま、針に身体を貫かれていた。口から血を溢し、ポタ、ポタリと神官服に赤い珠が落ちる。


ゴフッ、というくぐもった水音がして、セラフィス枢機卿の口から大量の鮮血が吐き出される。


「セラフィス枢機卿……!!」

前にぐらりと傾くセラフィス枢機卿の細い身体を、俺は剣を離して受け止める。


「っ!!!……くそっ!」

スフェンが長剣でシユウの首を跳ね、風魔法で遠くへと飛ばした。その首をさらにヴェスターが光魔法の結界で覆う。


切られたシユウの首は、大声をあげて喚いた。


『この、役立たずの人間が!!我の邪魔をしおって!裏切り者が邪魔をするな!!』

喚き散らす口を、スフェンの長剣が横一閃に切った。
緑色の血飛沫が結界内に飛び散る。


俺に正面から支えられているセラフィス枢機卿は、何か伝えようと、真っ赤になった口許を僅かに開閉した。震える声で、言葉が紡がれる。


「ミ…カゲ。『神殺し』をす、…れば……。人では、なくな……る。」


ヒューヒューと、変に呼吸を詰まらせる音が、セラフィス枢機卿の喉から聞こえる。か細い声で、苦しそうにゴフッと血溜まりを吐きながら、セラフィス枢機卿は言葉を紡いだ。


「……私、は……もう、死ぬ……。……それ、な…ら、ゲホっ!全ての…罪を、背、負います……!!」


セラフィス枢機卿は、シユウの心臓部分に刺さっている日本刀の柄に、血濡れの両手を置いた。全体重を日本刀に預けるように、セラフィス枢機卿の身体が傾く。


俺は驚いて、セラフィス枢機卿の両手を日本刀から離させようとした。セラフィス枢機卿の血が伝う両手に、俺の両手を重ねたときだ。


3連の金銀の輪が、強く眩い光を放った。
瞬く間に周囲が真っ白になり、広間が見えなくなる。


白い光の中、不思議と向い合わせのセラフィス枢機卿だけが、見えた。セラフィス枢機卿の両手にあった、魔法封じの手錠が、強い光で溶けていく。


そして、セラフィス枢機卿の身体も、下から銀色の輝く粒子となって、銀色の砂のように白い光に溶けていく。


サラサラと、崩れていくセラフィス枢機卿の身体。

俺のことを、透き通った赤紫色の宝石が、捉えた。

その瞳に険しさはなく、
どこまでも穏やかで、静かだった。

春風のように、人を包み込む暖かい眼差し。
本来のセラフィス枢機卿の、優しげな微笑み。


やはり世界は残酷だ。


こんなに、穏やかで、誰よりも優しく。
この世界の理不尽と、
たった一人で向き合ってきた、強き人の。


魂さえも、消そうというのか。


「……セラフィス枢機卿……!!」


俺の頬を、涙が幾つも伝う。


この人の孤独と葛藤。
強い怒りと憎しみ。
そして、自分自身を切り刻むかのような、
痛々しい懺悔の念。


セラフィス枢機卿の記憶を垣間見た、俺しか知らないであろう感情の渦。


俺の様子を見たセラフィス枢機卿が、ふっと困ったように微笑んだ。
そして、日本刀から右手を離した枢機卿が、俺の左頬手を伸ばす。

少し躊躇いがちに、伸ばされた手を、俺は左手で掴んだ。そのまま、セラフィス枢機卿は俺の左頬に、優しく触れる。


暖かい。
陽だまりのように、暖かい。


少しだけ目を見開いたセラフィス枢機卿は、赤紫色の瞳を嬉しそうに細めた。一筋の透明な雫が、セラフィス枢機卿の頬を伝う。


「やっと、ミカゲに触れられる……。とても綺麗な魂ですね……。」


一筋の涙を流したセラフィス枢機卿が、美しく微笑んだ。


眩い白色の光は一段と輝き、とうとう俺たち二人も包み込んだ。お互いの姿が見えなくなる。
暫くして、日本刀を共に握っていたはずの手の温もりが、消えていった。


俺たちは、邪神シユウを滅した。


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