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第七章 かの地に導かれて
導かれる
しおりを挟む「……いつから、気づいていたのです?」
セラフィス枢機卿の問いかけに、スフェンは冷静に答えていく。
「最初に疑問に思ったのは、貴方が初めてミカゲに会ったときです。誰にでも平等に治癒魔法をする貴方が、ミカゲにはしなかった。……今思えば、あの時既にミカゲに触れられない存在になっていたのですね。」
俺と初めてセラフィス枢機卿に会ったときを思い出す。セラフィス枢機卿は、俺に治癒魔法を施そうと手を伸ばした。
途端に、全身に砂嵐のような、ザラついた不快な風が全身を駆け抜けた。俺は後退り、セラフィス枢機卿も驚いた顔をして、俺に伸ばした手を止めていたのだ。
反発しあう磁石のように、お互いに触れられなかった。
俺は何が起こったのか分からず、咄嗟に誤魔化してしまったが、スフェンは俺たちの様子がおかしいことに最初から気が付いていたようだ。
「……確信へと変わったのは、イフェスティアにある孤児院での会話です。貴方は、『いつか、ミカゲが浄化をする姿を見たい。』と言った。」
「……ええ。」
短く、セラフィス枢機卿は相槌を打つ。
その声は何処までも穏やかで、何を考えているのか分からなかった。
「ミカゲは、人前で浄化をすることを避けていました。人前でせざるを得ない場合は、フードを被っていた。そして、一緒に旅をした騎士団員には、ミカゲと浄化に関する一切の内容に、契約魔法で箝口令を敷いていた。」
契約魔法とは、ある一定の物事について、条件付きで相手に約束をさせる魔法である。
この場合、スフェンの許可無く、俺が浄化するという事を言おうとすれば、声が出なくなる。紙に内容を書こうとすれば、手が動かなくなるなどだ。
俺と浄化が結びつく事柄に関しては、徹底的に秘密にされた。
スフェンが俺の身を案じてのことだった。
「私は皇太子であるアレク兄上にさえも、ミカゲの名前や容姿を教えていません。もちろん、神殿の者にも。実際に神殿側も『異端の浄化をする者』と言うだけで、ミカゲを名指ししていない。」
皇太子殿下にも、俺の名前を告げていなかったのには驚いた。
「……スタンピード時は仕方なく、ヴィオレット姉上にミカゲと浄化について伝えました。しかし、その戦闘時でさえ、ミカゲは一切顔を見せていません。……仮に、ミカゲが戦闘をする姿を見て、『異端の浄化をする者』が『ミカゲ』だと気づくのなら分かります。」
そこでスフェンは言葉を切った。そして、セラフィス枢機卿を見据えて、矛盾点を洗い出す。
「ただ、貴方は孤児院でイフェスティアに到着したのは、スタンピードの10日後と言っていた。……いつ、ミカゲが浄化をすると知り得るのです?」
スフェンの問いかけに、セラフィス枢機卿は何も答えない。セラフィス枢機卿は黙ったまま、スフェンに視線を投げ掛けて続きを促している。
「……それを知るのは、敵だけだ。」
スフェンに敵だと言い放たれたセラフィス枢機卿は、一瞬だけ目を伏せた。そして、スフェンをその赤紫色の瞳で、ひたと見据えた。
瞳の奥には、どこか哀しそうな、やるせない気持ちが見えた気がする。
「……貴方が、邪神シユウなのか?」
セラフィス枢機卿に、スフェンが長剣を構えながら質問する。セラフィス枢機卿は首を僅かに横に振りながら、はっきりと明言した。
「……いいえ。私ではありません。………ただ、無関係とは言えませんね。」
そう言うと、セラフィス枢機卿が詰襟を弛めた。胸元に手を入れると、金色の細身なチェーンで出来た、ネックレスを取り出す。
その中央には、神殿のマークが刻まれた金色の薄い金属板。
そして、その隣には親指半分くらいの直径の、石が取り付けられている。
人間の血のような色をした、赤黒い石。
邪気の魔石だった。
ネックレスを取り出したセラフィス枢機卿が、ゆっくりと口を開いた。なぜか、その口の動きが、俺には殊更ゆっくりに見えた。
「……私は、ミカゲだけに用がある。」
その言葉を言われた瞬間、俺は目には視えない、音叉の波動のようなものを感じた。
空間が歪み、言葉を強制的に身体に響かせ、従えさせようとする感覚。俺は咄嗟に全員に、浄化の力を使った結界を張る。
音の波が結界に当たり弾き返された。結界に弾かれた波は黒い靄となって周囲に漂い胡散する。
どうやら、先ほどの言葉は何かの魔法だったようだ。直接的な攻撃魔法ではない。独特の頭に残るような、考えを麻痺させるような魔法。
「……洗脳魔法か。どれだけ、禁忌を犯すんだ。」
美しい顔をしかめ、スフェンが重々しく呟いた。
スフェンの左耳につけている、イヤーカフの小さな飾り宝石が強く光っている。皇太子殿下からプレゼントされたイヤーカフらしく、様々な防御魔法が施されているそうだ。
その防御魔法には、人間の精神に干渉する魔法も含まれる。どうやら、強くその魔法を感知したらしい。
洗脳魔法を弾かれた様子を見て、セラフィス枢機卿は微笑んでいた口を僅かに噛んだ。
優し気な雰囲気が、今は苦渋の表情に変わっている。
「……仕方ありません。本当はミカゲだけのつもりでしたが、これも運命なのでしょう。……皆さんが王都に行く必要はなくなりましたよ。なぜなら、私が直々にお連れしますから。」
魔力の流れる気配を感じ取った瞬間、皆が一斉にセラフィス枢機卿がへと武器を構えて向かった。
しかし、皆が床を蹴った直後、赤黒いツタが地面から素早く生え、全員の身体を拘束した。
拘束されてすぐに、下から眩しい光が放たれる。先ほどまで何も無かった床には、光の線で描かれた魔法陣が浮かび上がる。
「っ?!転移魔法か!!」
スフェンの驚きの声が聞こえるが、眩しすぎて姿が見えない。俺たち全員とセラフィス枢機卿を包み込んでいき、やがて視界いっぱいに光が広がっていく。
眩しい光に覆われ、何も見えなくなったときだ。
「……本当に、この世は無情ですね……。」
どこか諦めの感情さえも感じる、とても寂し気な声が聞こえた。
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