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第七章 かの地に導かれて
小さな神殿
しおりを挟む「いやー、珍しい色になったねえ。とくにお客さんの蒼色の宝石は、今までに見たことがないなぁ。……いい物を見せてくれてありがとう。」
露店商の年老いた男性は、俺たちにお礼を言った。
「いや、こちらこそ。良い買い物ができた。」
露店商の男性にお礼を言いながら、俺たちは他の露店も見て回ることにした。旅に必要な食料や必要物資を購入する。
珍しい品々を見ながら、賑やかな広場を後にする。
広場を離れた俺たちは、数十分歩いて街の喧噪とは離れた郊外に来た。木造のほっこりとした雰囲気の住宅が立ち並ぶ住宅街。大通りに比べて人の賑わいも少なく、のんびりとした雰囲気の場所だった。
その静かな一角に、神殿と孤児院、そして聖殿が建てられている。
神殿の隣に孤児院、その隣に聖殿という並びだ。孤児院は神官が管理するから、神殿の近くに建てられることは割と多い。
だが、聖殿とも隣り合っているのは珍しいのだ。
ここは、神殿と聖殿の間に挟まれるように、孤児院があった。この建物の並びには、しっかりとした理由があるそうだ。
神信仰、精霊信仰に関わらず、子供たちが神と精霊、両方に愛されて育ってほしいという、優しい願いが込められていた。
俺がこの場所に来た目的は、聖殿で祈りを捧げようと思ったからだ。
精霊王ベリルに、精霊の棲み処に置かれた魔石を、全て破壊したと報告したい。以前精霊王ベリルと会うときに寂しそうにしていたから、今日は長く話せるといいな。
皆と連れ立って歩きながら、聖殿まであと少しという距離だった。
視界の端を何かが掠める。
それは、細かな黒い砂のような粒子。
風に乗って漂う、黒色の靄が見えた。
ドクンッと、俺の鼓動が音を立てて詰まった。
どうして、これが?
これは、いつも見ていた黒色の邪気だ。
ただ、おかしい。
精霊の棲み処にほど近い場所であれば、未だに邪気が漂っている場所もあるかもしれない。しかし、この街は精霊の棲み処から離れている。魔石の影響はあまり受けていないのだ。
現に、この街の周辺では邪気が見当たらなかったのだ。
もう、邪気の魔石は全て破壊した。
邪気が発生することはないはず。
黒い靄は、神殿のほうから流れ漂っていた。神殿に近づけば近づくほど、邪気が濃くなっていく。
ドロリと身体にへばり付き、沈んでいくような濃い邪気。隣にいたスフェンも、この周辺が異様なことに気が付いたようだ。
「……邪気が漂っている。しかも、大分濃い。」
そう言いつつ、俺は皆に注意を促す。右手の人差し指と中指を立て口元に当て、浄化の呪文を唱えた。波紋状に広がった浄化の風に、反発するような反応が返ってくる。
肌が粟立つ、不気味で気持ちが悪い、異物の感覚。
邪気の魔石の反応だ。
まさか、魔石はあれだけではなかったのか?
反応があったのは、俺たちいる場所からほんの数歩の場所にある建物内。
小さな神殿からだった。
「……スフェン、あの神殿から魔石の反応を感じる。」
俺の言葉に、スフェンが一度頷いた。
「……実は俺の剣も、先ほどから邪気に反応しているのか、カタカタと震えている。」
着ているコートを翻したスフェンが、腰に帯刀している長剣に軽く左手で触れた。
スフェンの長剣に視線を向ける。長剣が鞘から抜けだそうとしているのか、小刻みにカタカタと音を立てて震えている。
何かを察知して、早く己を抜刀しろというように。
全員に緊張が走る。ただ、いくら人通りが少ないとはいえ、この場で剣を抜くことはできない。
「……行こう。」
静かにスフェンが告げた。その言葉に原因が頷くと、神殿へと足を運んだのだった。
この街の神殿は、王都と比べて質素でゴテゴテした彫刻も無かった。木造二階建ての建物は、窓に可愛らしいステンドグラスが設置され、花の模様が描かれていた。
外壁には、神殿のマークである金色の星のような幾何学模様が彫られている。住宅街に溶け込む、素朴で小さな神殿だった。
スフェンが、神殿の両開きの扉を押す。古びた木製の扉はギギィーと軋む音を立てながら、奥へと開いた。
天井にも窓が取り付けられていて、室内は日差しが入って明るい。
中は、少し広い講堂みたいだった。
落ち着いた、ベージュやオレンジといった暖色系のタイルが敷かれた床。ステンドグラスを通った日差しが、色とりどりの光となって、床に散りばめられていた。
本来、神殿は参拝者のために木製ベンチを設けている。よく室内を確認すると、そのベンチは部屋の左右へと片づけられていた。
部屋の奥には、この世界の創造神である男性の石像が設置されている。草冠を被った、裾の長いワンピースのような服を腰の紐で括り、サンダルを履いている男性の、全身像だ。
高さは2メートルほどだろうか。立派な白色の石像は、日の光を浴びて神々しい。
玄関から石像まで、新緑色の絨毯がまっすぐに伸びていた。石像の前が祈りを捧げる祈祷所になっている。
祈祷所では、片膝を床について蹲っている、神官服を着た一人の背中姿が見えた。俺たち全員が神殿に入ったと同時に、その人は立ち上がり、ゆっくりとした動作で振り返る。
瞬時に、全員が武器を取る。
素早く金属が擦れる音が聞こえた。
「こら。神殿でそんな物騒なモノを出してはいけませんよ。」
柔らかで穏やかな男性の声が、静かな部屋に響く。
項辺りで一纏めにして横に流した、背中まで届く綺麗な赤紫色の髪。透き通った赤紫色の瞳は、ゆるりと優し気に細められている。
臙脂色のチョッキ型のローブは、襟や肩口部分に金色の星のような幾何学模様が刺繍されていた。白色の裾の長い服を着ていて、腰の辺りで金色の紐を結んでいる。
その純白の柔らかな裾を翻しながら、俺たちに振り返った。
穏やかで、人々を包み込むような笑顔の美貌。
清く、美しく、人々の模範となる、
神々しい神官様だった。
「……セラフィス枢機卿……。」
スフェンが、恩師の名前を静かに呼んだ。
名前を呼ばれたセラフィス枢機卿が、温かな日差しに照らされながら、哀し気に微笑んでいた。
「……どうやら、見抜かれてしまったようですね。殿下は本当に、とびきり優秀な教え子ですよ。」
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