不遇な神社の息子は、異世界で溺愛される

雨月 良夜

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第五章 敵の影、変化

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「あーっ!セラフィスさまだー!」

孤児院の門に現れた人物の名前を、子供たちは大きな声で教えてくれる。セラフィス枢機卿が、穏やかな微笑を浮かべて子供たちを抱きとめていた。

 
「お久しぶりですね、院長。実は一昨日、この街に着いたのですよ。仕事の息抜きに散歩していたら、子供たちの笑い声が聞こえたもので。気になって来ちゃいました。すぐに戻りますから、お構いなく。」


紫色の瞳をゆるりと細めて微笑むセラフィス枢機卿。

王都であったときの荘厳な神官服ではなく、今はシンプルな服装をしている。
黒色の四つボタンが付いた、二つ留めの白色のジャケット。黒色のワイシャツの襟には、金色の星のようなマークがあしらわれていた。下は黒色のスラックスだ。

 
「ひさしぶりー!セラフィスさまー!」
「セラフィスさまー、サボりー???」

子供の自由な気ままな発言に、セラフィス枢機卿は愉快そうにクスクスと笑った。一人の子供を抱っこしながら話しかけている。


「ひどいです。ちゃんとお仕事はしていますよ?……それより、そろそろ、おやつの時間ではないですか?皆、手洗いうがいをして食堂に行きましょうね。」

「はーい」とお行儀よく返事をした子供たちが、庭からパタパタと建物へと入っていく。

楽しい遊びの時間も、どうやら終わりのようだ。俺が雪の動物を次々と水に変えていると、トレノが俺の膝から降りて、くいっと俺の服を引っ張った。


「このらぱんと、ねこちゃんはけさないで。……ねこちゃん、えりくんにあげるの。」

トレノは雪ラパンと雪ネコを、1匹ずつその小さな胸に抱きかかえる。『えりくん』とは病床に伏しているエリオットのことだ。

しかし、困ってしまった。俺がこの土地を離れれば、魔力が切れて雪が溶けてしまう。


「ミカゲ、魔石に氷の魔法付与を。私が風の魔法付与をしよう。魔法付与した魔石を付ければ、1年くらいは持つのではないか?」

スフェンはマジックバックから、小さな魔石を4つ取り出した。全てがまん丸で、雪ラパンと雪ネコの目にするのにちょうど良い大きさだ。

俺が氷魔法の魔石を、スフェンが風魔法の魔石を各々2個ずつ作った。水色の魔石とエメラルド色の魔石を、雪の動物の目部分に嵌める。2匹ともオッドアイになった。

 
「おめめ、きれいねー。」

よしよしっと雪ネコと雪ラパンを撫でながら、トレノが2匹に話しかけている。


「エリオットは猫が好きなのですよ。この雪でできた猫もきっと喜ぶでしょう。」

その姿を見た院長も、セラフィス枢機卿も目を細めて穏やかに微笑んでいた。トレノは2匹の雪の動物を後ろに引き連れながら、食堂にトテトテと走っていった。

可愛らしい後ろ姿を見送りながら、院長がセラフィス枢機卿へ挨拶をする。

 
「お久しぶりですな、セラフィス枢機卿。今回は街の神殿が無償で治癒魔法をしてくれて、本当に感謝しています。セラフィス枢機卿の働きかけだと聞きました。」

街を歩いていたときに、神殿の近くに布製のテントが設けられていたことを思い出す。立て看板には『無料治療所』と書かれ、多くの人が治療を受けていた。
あれは、セラフィス枢機卿の働きかけだったのか。

 
「この街の神官は貴族ばかりを相手にして、『金がないなら治癒はしない。』と民を門前払いしたと聞いています。今、一番大変なのは街の民です。復興に忙しい中、体調を崩しやすいし、精神的ダメージも計り知れません。……頭に来ましたので、彼らには相応の処分を下します。」

紫色の目を眇めて、セラフィス枢機卿は冷たく言い放った。
神殿の治療魔法を受けるには寄付をしなければならない。寄付と言う名のいわゆる有償なのだ。
院長が子供たちの待っている食堂へと向かっていく。


騒がしさが無くなった庭の中で、赤紫色の一括りにした髪を靡かせながら、セラフィス枢機卿がこちらを振り返った。

 
「お久ぶりです、ヴィオレット辺境伯。スフェレライト殿下、ミカゲ。……スタンピードの件は聞き及んでおります。皆さま、御無事で何よりです。……少し、お話をよろしいですか。」

 
「お久しぶりです、セラフィス枢機卿。……あいにくだが、私たちはこれから、急ぎ仕事に戻らないといけない。こちらで失礼する。」

神殿関係者とは、あまり関わりを持たないほうがいい。セラフィス枢機卿は、スフェンの恩師ではあるが、むやみに近づいてセラフィス枢機卿に迷惑が掛かるといけないだろう。

ヴィオレット辺境伯もそれを気遣ってくれたのだ。

「そうですか……。では、これだけは言わせてください。スフェレライト殿下を『異端』としたことに、私は今でも反対です。神殿の者達は自分たちの地位が危うくなると思ったのでしょう。……力が及ばず、申し訳ございませんでした。」


スフェンに向かって、セラフィス枢機卿が頭を深く下げた。

「頭をお上げください。ラフィス枢機卿が反対したとしても、他の神官が黙ってはいないでしょう。…それに、こちらも『浄化』を出来る者を渡そうとは、微塵も思っていませんでしたから。」

ゆっくりと頭を上げたセラフィス枢機卿に、スフェンは穏やかながらも、はっきりと告げた。
セラフィス枢機卿は、スフェンのまっすぐな目を見て目元を和ませる。

 
「スフェレライト殿下の、まっすぐな目は変わりませんね。……いつか、私もミカゲの浄化を見たいものです。……足を止めてしまって申し訳ございません。また、お会いできるのを楽しみにしています。」

「………ええ。セラフィス枢機卿もお元気で。」


ゆるりと微笑んだセラフィス枢機卿は、子供たちの声が賑やかに聞こえる食堂へと歩みを進めた。

孤児院を出て領主館に帰ったころには、夕日が街をオレンジ色に染め上げていた。


 
街を出立する俺たちを、忙しい中でもヴィオレット辺境伯は見送ってくれた。未だに、街にはスタンピートの爪痕が痛々しく残っている。
強くヴィオレット辺境伯が言った。


「命があれば再建は可能だ。……この街をミカゲが命を張って守ってくれた。本当にありがとう。復興したら是非また来てほしい。そのときは街を案内しよう。」

「はい。ありがとうございます。」

右手を差し出されて握手を求めてられ、俺も微笑みながら右手を差し出す。

強く勇ましい女傑の姿は、頼もしい。ヴィオレット辺境伯は、不意に握手を交わしていた、俺の右腕を前に引っ張った。
気の抜けていた俺は、身体が傾きヴィオレット辺境伯に腰を抱かれて支えられる。

そのまま、ヴィオレット辺境伯は俺の左頬を指先でするりと撫でた。


「……そなたのことは、大層気に入った。次に会ったら、私自らが色々なことを教えよう。手取り、足取りな?」

ニヤリと片方だけ広角をあげて笑うその顔は、ほんの少しスフェンに似ている気がした。突然のことで呆けていると、ヴィオレット辺境伯からベリっと身体を離される。


「ミカゲを口説かないでください。……ヴィオレット姉上は、昔から本当に人たらしなんですから……。」

後から聞いて知ったのだが、ヴィオレット辺境伯は王弟の娘だそうだ。
つまり、スフェンとは従姉にあたる。皇太子殿下と同い年で、スフェンにとっては姉のような存在なのだそうだ。

幼い頃にも良く一緒に遊んでいたらしい。どうりで、スフェンとヒューズのことを呼び捨てにしていたわけだ。

スフェンが知らない女性と親し気だったのを見て、少し、心がモヤモヤしていた。従姉であるという話を聞いたときに、随分と安堵してしまった自分がいる。

これ以上は、この気持ちを考えてはいけない気がした。
………だって、いずれ俺は……。


「……ほう、なるほどな。……ミカゲ、スフェレライトに飽きたら私のところにおいで。いつでも歓迎しよう。」

茶目っ気たっぷりにヴィオレット辺境伯がウィンクをする。ガヤガヤと騒ぎながらも俺たちは温泉街イフェスティアを後にした。

 
俺たちが次に向かうのは王都から見て北だ。光精霊と闇精霊の棲み処を目指す。温泉街とはちょうど反対側だ。中央にある王都を突っ切っていくほうが早いが、大きな神殿支部のある王都は避けることにした。

 

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