不遇な神社の息子は、異世界で溺愛される

雨月 良夜

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第五章 敵の影、変化

つかの間の平穏

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ガゼボでしばらく子供たちの遊ぶ様子を見ていると、3歳くらいの男の子がよたよたとこちらにやって来た。
赤髪に緑色の瞳のふっくらとした頬っぺたの男の子は、俺を上目遣いで見てもじもじと、恥ずかしそうにしていた。

 
俺は椅子を降りて、その子に目線を合わせた。手を胸の前で組んでキュっと握り、時折りチラチラと俺のことを上目で見る。

 
「俺はミカゲって言うんだ。よろしくな。」

俺が名前を名乗ると、男の子はキョトンっとした後に嬉しそうにはにかんだ。


「ぼく……、トレノ……。…あのね……。」

子供の舌足らずな言い方が、何とも可愛らしい。名前を教えてくれた後、意を決したように俺の服を小さな右手で引っ張って、控えめにこう言った。

 
「……てんしさま、いっしょに、あそぼ……?」

その不安げに、それでも一緒に遊びたくて勇気を出して誘ってくれた姿に、断れるはずがない。可愛い。すごく可愛い。

天使と言ってくれたのは、この白い髪のおかげだろうか。


「ふぉっ、ふぉっ。ミカゲ様、良かったら子供たちと遊んでくれませんか?ミカゲ様のことが気になっている様子じゃったので。私も、一緒に遊ぼうかのー。」

院長は穏やかそうな微笑を俺に向けた。スフェンのほうを見てみると、スフェンも優し気に頷いている。


「……うん。何して遊ぼうか?」

俺の返事を待っていたトレノは、嬉しそうにニパッと笑うと、小さなその手を俺の右手に繋いで子供たちの元まで連れて行ってくれた。
そんな俺の後ろを、院長とスフェン、ヴィオレット辺境伯も一緒に着いてくる。

 
俺はトレノにここに座る様にと、小さな噴水のふちに座らされた。
その噴水は、ふち部分が階段のように3段になっていて、俺は一番低い場所に座る。座った膝の上にはトレノがお行儀よくポスっと座った。俺はトレノのお腹に腕を回してそっと小さな身体を支える。

すると、どこからともなく3人の女の子たちがやってくる。

 
「きれいなかみー!ねーねー、ゆわせてー!」

女の子たちの手には、ブラシと櫛、そして色とりどりのリボンが握られていた。どこの世界でも、女の子はおしゃれが大好きなようだ。
髪型をアレンジすることも、女の子にとっては楽しいのだろう。

 
「うん。お願いしようかな。」

「やったー!!ねー、どんなかみにするー??」

俺が苦笑しながらもお願いすると、女の子たちは歓声を上げながら噴水の一番高いところに座った。
なるほど、この噴水の段差が大人の髪を結ぶのにちょうどいい様だ。皆賢いな。

 
院長も俺の隣に腰を下ろしていた。院長の髭を他の女の子たちが、可愛いリボンで三つ編みにしていく。
その様子に、俺と院長は目を合わせるとクスクスと笑った。

 
ヴェスターは庭に近い個室を借りて、孤児院の子供たちを診察していた。

スフェンとヴィオレット辺境伯は、やんちゃそうな男の子たちと鬼ごっこをしている。捕まえた男の子を、スフェンが風魔法で高い高いをしていた。……少し、高過ぎないか?
孤児院の屋根の高さまで飛んでいるんだが……。
まあ、子供が喜んでいるからいいのか。

 
鬼ごっこをしている子供たちを、膝でお行儀よく見ていたトレノが、不意に俺を振り返った。

 
「……てんしさまも、まほうできるの??」

トレノにとって、俺は『天使様』になったようだ。なんとも歯痒い気持ちというか、恐れ多いけど嬉しい気持ちになる。
くりっとした大きな目には、期待とわくわくがキラキラと星のように輝いていた。こんな目で見られては、なんでもしてあげたくなる。

どんな魔法がいいかな。

 
俺は手の平を前に出すと、氷魔法で雪のウサギを作り出す。長い耳に丸いしっぽ。
この世界にはウサギに似たラパンという動物がいる。可愛くて皆に親しまれているのだ。
目は丸い氷を付けて水色に。実際のラパンも水色の綺麗な瞳なのだ。

 
「トレノ、手を出して。」

俺はトレノの手にそっと雪ラパンを置いた。ちなみに、氷魔法で溶けないようにして、風魔法で動くようにしている。


雪ラパンは俺の手からぴょんっと小気味よく飛ぶと、トレノの小さな手の平に乗った。鼻をスンスンさせて、かしかしと後ろ脚で長い耳を掻いている。


「わあっ!らぱんだー!」

手の平の雪ラパンをキラキラした目で見ながら、トレノは嬉しそうにはしゃいだ。
トレノの小さな手の中で大人しく座って、鼻をスンスンさせている。我ながら良い出来だ。

 
「触っても大丈夫だよ。溶けないから。」

俺がそう言うと、トレノは手の中の雪ラパンを優しく撫でた。雪ラパンはトレノの手に頭をすりすりと擦りつける。


「つめたーい。かわいいねー。」

どうやら、トレノのお気に召したようだ。喜んでくれてよかった。


「すごーい!いいなー!」

俺の髪を結っていた女の子が、トレノの手の中を羨ましそうに覗き込む。

今度は手の平に雪ネコを作り出した。白い身体に瞳は水色。長いしっぽにしてゆらゆら揺れるように。
俺の手の平にできた雪ネコは、トンと噴水のフチに着地すると、羨ましがっていた女の子の足にするりとじゃれついた。

 
「あはは!つめたーい!」

きゃっきゃっと、嬉しそうにしている隣で、猫も尻尾をゆらり、ゆらり、とさせながらお座りをしている。時々前足を出して伸びをする。

 
「ミカゲ様は、氷魔法を使えるのですね。なんとも、珍しい。」

院長に感心されている間に、俺は雪ラパンと雪ネコ、さらには雪犬をたくさん作って噴水の周りを囲わせた。なんだか、随分とファンタジーっぽい。

そうやって雪遊びをしていたら、髪を結っていた女の子がうーんと唸り出した。花を持って何か考えている様子だ。その子の横を、丁度雪ネコがゆらゆらと通り過ぎていく。

女の子は突然、「あっ!」と大声を出すと、何か閃いたのか噴水の階段を降りた。そして、俺にこう言ったのだ。

 
「ねえ、氷でこのお花をたくさんつくって!」

なんだかとても興奮気味に女の子に言われ、俺は気圧されながら「うん。」と頷いた。
俺は女の子に言われるまま、バラに似た氷の花をたくさん作ったのだった。小さいバラと大きなバラ。


「えへへー。かわいいでしょ?」

皆に見せるように、女の子たちが身体をくるりと1回転する。シンプルなワンピーズの裾がふわりと広がった。その近くを雪の動物たちが佇んでいる。

 
俺の髪を結んでいた女の子たちには、氷で作った水色のバラを髪に刺していた。
二つ結びの結び目部分に刺したり、顔の片方だけに刺したりと各々に工夫しているのが、何とも女の子らしい。

女の子たちは、氷花の髪飾りを冷凍室に入れておこうと相談していた。健気で可愛らしい。頼まれなくても、いくらでも作ってあげるのに。


俺はサイドの髪を三つ編みにして、後ろで青色のリボンの一括りにされ、そこに大小のバラを組み合わせて刺してくれた。
女の子みたいで、なんだか恥ずかしい……。

 俺の膝の上で大人しく雪ラパンを撫でていたトレノも、髪にバラを刺されていた。きょとんっ、としたトレノに、皆でクスクスと笑ってしまった。


「……これは、随分と可愛らしいね。みんな雪の世界のお姫様みたいだ。」

ふわりと微笑んだスフェンが、女の子たちを『可愛らしい。』と褒めている。
王子様然とした眩しい美形に褒められた女の子たちは、とても嬉しそうにきゃっ、きゃっとはしゃいでいた。

あっ。女の子に見とれていた男の子がヴィオレット辺境伯に捕まっている。
そのまま小脇に抱えられて、女の子の前に連れてこられた。女の子の「かわいいいでしょ?」という言葉に、オロオロしながら短く「……おう。」と答えている姿が、何とも微笑ましい。

 

「……おやおや。楽しそうな声が聞こえると思って覗いてみれば、こんなに可愛らしいお姫様たちがいるなんて。」


聞いたことのある声に、身体がピクッと反応する。
なぜ、あなたがこの街に。

 
「あーっ!セラフィスさまだー!」

 
孤児院の門に現れた人物の名前を、子供たちは大きな声で教えてくれる。

セラフィス枢機卿が、穏やかな微笑を浮かべて子供たちを抱きとめていた。

 

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