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第五章 敵の影、変化
禁断症状の子供
しおりを挟む「スフェン、この部屋で呪いが施されたようなんだ。……何か、心当たりはないか?」
「……呪いか。」
眉間に皺を寄せてスフェンが思案する。俺も、もう一度部屋の中を見回してみた。呪いをする術式の模様や呪文、術具を探す。
しかし、そういった類のものが、いくら探しても何も見当たらない。
これほどまでに、強力な呪いだ。何も見つからないほうが反って不自然なのに……。
「……おかしい。呪いなら魔道具の一つや二つあるはずだ。それか、床や壁に魔法陣を描いたりするはず……。」
結局、その部屋からは何も見つからなかった。
騎士団員と共に調査を終えた俺たちは、領主館へと戻った。客間のリビングに設置されたソファへ座り、皆でテーブルを囲む。
「……実は、少し気になることがあんだよね。」
一人がけのソファに片足だけ胡坐を掻いて座ったツェルが、おもむろに話を切り出した。
スフェンが頷いて発言を促す。
「この街に孤児院があるんだけど、数か月前に5人の子供たちが預けられた。その内の1人に、麻薬の禁断症状が現れた子供がいる。一人の子供がこう言ったらしい。『桃色の花のせいだ』って。」
子供に麻薬の禁断症状が出るなんて、明らかに異常だ。そして、子供が言った『桃色の花のせい』と言葉が引っ掛かる。
「子供たちを保護したのは、通りすがりの旅人。旅人が森や山で子供を見つけて、保護するのはよくある話でしょ?その子供たちも『山にいた』と言ったんだとさ。」
桃色の花。麻薬の禁断症状。山。
条件が一致しすぎている気がする。
「その子たちに、話を聞く必要があるな……。ヴィオレット姉上に頼んで手配してもらおう。」
温泉街イフェスティアの孤児院は、繁華街の少し裏手にあった。
この街では、娼館など色事を商売としている店もある。そういった店では、子供が生まれた際は店全体で大切に育てるのだそうだ。
しかし、娼婦が内緒で身ごもった子供や、経営が厳しくなって店自体で育てられなくなった子供が、孤児院に預けられる。
また、子供たちがすぐに逃げ込めるように、住宅街と繁華街の両方に近い場所に、孤児院は建てられていた。
俺とスフェン、ヴェスター、ヴィオレット辺境伯とその従者、計5人で孤児院を訪れた。
あまり大勢で行くと、子供たちも怖がってしまうだろうと考えたのだ。
孤児院は、ベージュの石づくりで作られた、1階建ての小さな学校のように見えた。木製の扉を開けると、中から子供たちの元気な声が聞こえてくる。
「皆さま、よくぞお越しくださいました。ささ、中にお入りください。」
穏やかで優し気な、しわがれた声で出迎えてくれたのは、孤児院の院長だ。孤児院の院長は70代くらい、白金色の髪と長い髭が特徴的な男性だった。
のんびりとしたおじいちゃんと言った感じだ。
俺はフードを取り、スフェンにならって院長に挨拶をした。
「おきゃくさまだー!!」「りょうしゅさまー!」と言って、バタバタと小さい子供たちが駆けてくる。
ヴィオレット辺境伯は、優しい笑顔で子供たちに笑いかけ、お菓子などのお土産を自ら手渡していた。
イフェスティア領主の突然の訪問も、孤児院の院長は快く承諾してくれた。ヴィオレット辺境伯自身も何度か孤児院を訪れたことがあるらしい。
院長と親し気に話をしていた。
ヴィオレット辺境伯の従者さんに、子供たちと遊んでもらう。俺たち4人は、院長に孤児院の応接室へ案内される。
俺とスフェン、ヴィオレット辺境伯が応接室で待つ。木製のテーブルに用意された、マグカップに入ったお茶を飲んでいると、コンコンっとノックの音が聞こえた。
入るようにヴィオレット辺境伯が促すと、院長と共に4人の子供たちが応接室に入ってくる。
シンプルなワイシャツにズボンを履いた、3人の男の子。ワンピースを着ているのは、1人の女の子。この女の子が一番年下の子。
8歳から13歳までの子供たちだ。
皆、孤児院に保護されるまでは、まともな食事を食べられなかったようで、少し瘦せている。これでも、孤児院に来てからだいぶ良くなったほうなのだと、院長が説明してくれた。
保護されたのは5人と聞いていたが、あともう一人の子はどうしたのだろうか。ヴィオレット辺境伯も疑問に思ったのだろう。
「院長、あともう一人の子はどうしたんだ?」
ヴィオレット辺境伯の質問に、院長は優し気な瞳を哀し気にして言葉を返した。
「……実は、ここ最近になって体調が悪くなり、部屋で休ませています。」
「そうか……。ここに、治癒魔法ができる魔導士がいる。良ければ診察と治療を施させてもらえないか?」
麻薬の禁断症状が出た子供の話を聞いて、ヴェスターは孤児院に着いて行きたいと申し出てくれた。軍医として、その子供の容態が心配だったのだろう。
「っ!……ありがとうございます。ぜひ、お願いいたします。」
ヴェスターは、他の孤児院職員に連れられ、その子供が寝ているという部屋へ案内されていった。
俺たち3人と、テーブルの向かい合うように子供たち4人が座り、院長が俺たちと子供たちの間の席に座る。子供たち分のお茶とお菓子を職員の人が用意してくれた。
子供たちそれぞれが、俺たちに挨拶をしてくれる。
11歳の男の子カイとクレイ、9歳の男の子ハルバ、一番年下の女の子セリカ。
一番年長者である13歳のエリオットが、体調を崩しているのだという。
子供たちを怯えさせないように、ヴィオレット辺境伯が穏やかな声で話を切り出す。
「私は、ヴィオレット。この街の領主をしている者だ。こちらは友人のスフェンとミカゲだ。……実は、君たちに聞きたいことがあって来たんだ。」
子供たちは不安げな顔をして、こちらを見ている。
「実は山の中に住む悪者を、全員捕まえてな。その者たちは桃色の花を育てていた。何かその花や悪者について、知っていることがあれば教えてほしい。」
ヴィオレット辺境伯が話をした途端、カイとクレイは警戒し、ハルバとセリカは顔を青ざめさせた。
ヴィオレット辺境伯は、落ち着いた声音で続ける。
「君たちを捕まえたりしない。ただ、体調が悪い君たちのお兄さんを助けたいんだ。君たちの容態も心配だ。だから、知っている限りのことを教えてほしい。」
真摯な目をして子供たちに訴えかけるヴィオレット辺境伯。
赤茶髪を頭の下で二つ結びにしたセリカが、恐る恐る茶色の瞳を俺たちに向けて聞いてきた。
「……ほんとうに、私たちをつかまえない?エリ兄を助けてくれる?」
「ああ。領主の名に誓って。君たちのお兄さんも、出来得る限りの治療をしよう。」
ヴィオレット辺境伯の言葉を聞いた子供たちは、顔を見合わせた。そして、この中で年長者である、緑色の髪と茶色の瞳をしたカイが、話を始めた。
「……俺たちは、山に住む大人たちに、桃色の花を育てる仕事をさせられていました。年下の子供が花に水をやって、年上の子供が管理する。花を乾燥させて粉にするまでが、俺たちの仕事でした。」
カイがあのアジトに来たのは、6年前。当時5歳だったそうだ。娼婦の子供だったが、親に捨てられ街の中を彷徨っていたときに、男たちに攫われた。
アジトに連れてこられてすぐに、花の世話をするよう命令された。その時には、別の子供たちが花の世話をしていた。
「……俺たち以外にも、花の世話をする子供たちがいました。……でも、みんな死んでしまった。特に花を粉にする子は、やせ細って苦しんで死んでいきました。」
茶髪に紫色の瞳のクレイが、ぐっとマグカップを握っていた手に力を込めた。
グラッジの花を粉にするときに、その粉を吸ってしまったのだろう。
危険な仕事を子供たちに押し付けて、自分たちは麻薬を売った金で大金を手に入れる。なんと、醜く汚い大人たちだ。
「ちゃんと仕事をしないと、叩かれてごはん抜きにさせらた。……仕事が終わるまで、みんな寝せてもらえなかった。」
嫌なことを思い出したのだろう。辛そうな顔をしたハルバが隣に座るクレイに頭を撫でられていた。
「……ここに連れてこられる前日に、花を粉にする子が2人死にました。俺とクレイがその子たちの跡を継ぐはずだったんです。……でも、その翌日、アジトに一人の男が来ました。」
テーブルに置いたカイの拳が、震えていた。
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