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第五章 敵の影、変化
魔人のアジトへ
しおりを挟む「ここが、魔人がアジトとしていた場所か。」
俺たちは騎士団員とともに、アリファーン火山の南側麓に来ていた。ゴツゴツした岩肌に、木製のかろうじて小屋と呼べる建物が複数設置されている。
中は焚き火の跡や、毛布などの衣類が残り、生活の状況が伺えた。
今は、人の気配が全くしない。
ゴロツキの仲間が居るだろうと身構え、大勢の騎士団員と警戒して訪れた。
人が一人もいないこの状況が、不気味だ。
人で踏み固められた道を進むと、左右に松明がある洞窟が見えた。どうやら、洞窟内でも生活していたらしい。よく見ると、天井や壁が不自然に平らな部分があるから、洞窟は人工的に掘られた穴のようだ。
俺たちは警戒しながら、洞窟内へと足を進めた。
洞窟内の床は平らに整備されていた。壁にはランプが所々に設置されていて、暗いということはない。進むごとに左右に部屋が現れ、そのたびに騎士団員たちが中を確認していた。
そして、俺たちがたどり着いた部屋には、蛍光ピンク色の毒々しい花が床一面に咲いていた。
鼻にツンっとした独特の匂いがする。花の見た目は一見するとユリのようだ。
「パジャッソは、街で商売が出来なくなったあと、麻薬の密売を始めたようだな。」
隣で一緒に歩いていたヴィオレット辺境伯が呟く。
スフェンによって刎ねられたパジャッソの首は、ツェルがマジックバックに入れて持って帰っていた。
ヴィオレット辺境伯に、その首を見せたのだという。女性に見せて良いモノではない気がするが……。
その顔を見たヴィオレット辺境伯は、顔に見覚えがあったらしい。
パジャッソは悪徳な商売をして、街を追放された男だった。街で商売をする際のルールを守らず、時には地上げ屋のようなこともしていたようだ。
毒々しいユリが咲き誇る部屋は、そこだけ日が差し込むように天井に穴が開いていた。ゴツゴツした岩肌の部屋に、不自然なほどの蛍光色が溢れている。
「このグラッジという花は、花びらを乾燥させて粉にすると強い幻覚作用を起こす麻薬になる。そして、麻薬の中でも副作用が強い。脳が溶けて機能しなくなり、身体が極端にやせ細る。最後には廃人になって誰かも分からないような姿になり、死ぬ。」
一つ花を摘み取ったヴィオレット辺境伯は、その花を右手で握りつぶしながら説明した。
当然、そのグラッジで作った麻薬は違法なものだ。栽培自体も行ってはならないと決まっている。
「ここは、フレイに頼んで根まで燃やし尽くしてもらいましょう。」
ヒューズがフレイを部屋に呼んで、グラッジを燃やすように頼んでいる。俺たちはそのやり取りを横目で見ながら、さらに洞窟の奥へと進んだ。
ひと際、大きな穴の入り口が中央に見えた。これ以上先には道がなく、洞窟の最奥の部屋のようだ。
ぽっかりとした黒色の闇に近づいた時、俺はぞわぞわとした悪寒が一気に全身に走り、身体が粟立った。
その穴から、苦しそうに呻く耳を塞ぎたくなるような悲鳴が漏れている。雄叫びとも違う、恨みを含んだ呪詛のように、耳に重く残る声が聞こえてくる。
恐怖、憎悪、苦痛、怨念。
その声が、俺たちの生命に反応して騒ぎ立てている。
___お前たちも、こっち側に来い。
___痛い、苦しい。お前たちも苦痛を味わえ。
___助けてくれ。
血肉が腐ったなんとも生臭い悪臭が、穴から漏れ出ていた。鼻と口を布で押さえて、意を決して中に入っていく。
暗い闇の穴に入ったとき、全員が息を飲んだ。
「っ?!なっ?!」
広さはちょっとした大きな会議室ほどの部屋。
その部屋全体が、赤黒い。
赤黒い液体が、壁と床にぶちまけられている。
乾いてこびりつき、強烈な臭いを発していた。天井にまで飛沫が上がった跡があった。
人は確かに存在しているが、誰一人として動かない。
胴体と下半身が離れていたり、片腕がなかったり、首がない四肢。すべて白く細い体に、血にまみれた布切れを着ている。
頭部を剣で突き刺されたまま、動かない者。
その死体のほとんどが、短剣やこん棒など、手に武器を握っていた。死後数ヶ月ぐらいだろうか。すでに肉が腐り、骨だけになったのだろう。
乾いた血の海と血の壁。
そこには夥しい数の、骸の山が出来ている。
あまりに異様で不気味な光景に、吐き気を催しそうになる。部屋には淀んだ感情の空気と、身体にドロリ、ドロリと絡みつく様な怨念が蔓延っていた。
「……仲間割れか?」
スフェンが訝し気に呟いた。俺はその声を聞きながら、部屋の中を飛び回っている者たちを凝視した。
それは、確かに人の魂だ。
ただ、街で見た温かな魂とは、まるで姿も違う。
人間の顔のような形をした、灰色の火の玉。
火の玉と言ったが、細かな灰色の粒子が集まって、悲鳴や苦痛の呻きを上げながら縦横無人に部屋を飛び回っている。
___痛い、苦しい、怖い。
___ここから出せ。
___憎い、憎い、憎い。
その魂の数は凄まじく多く、部屋全体を覆いつくすほどだった。俺には、灰色の人間の顔が、部屋を埋め尽くしているように見えた。目が黒く落ち窪み、口を大きく開けてこちらに怨念の言葉を放っている。
部屋に縛り付けられているのだろう。暗い入り口から何度も出ようとしている魂もいたが、入り口に近づく度に透明な何かに阻まれていた。
ダメだ。このままこの場所にいては、この怨念に満ちた魂たちに当てられる。
息苦しさから眩暈がする。俺は右手の人差し指と中指を立て、口元に当て浄化の呪文を唱えた。
灰色の人の顔が浄化の風でさらさらと砂埃のように胡散して消える。ただ、一度の浄化では全ての魂を浄化できず、俺は3回ほど浄化を行った。
全ての魂を浄化し終えると、やっと息を吸える感覚がした。
「……ミカゲ、大丈夫か?何が視えた?」
隣にいたスフェンが心配そうに俺を覗き込んだ。俺が部屋に入って、突然浄化を3度もしたことに驚いたのだろう。
「……この部屋、怨念を帯びた人の魂で溢れていた。」
本来、人が死ねば魂は天へと変える。
それは、室内でも外でも、どこでも一緒だ。
中には、この世や特定の場所に強い未練があって、その地に縛り付けられ地縛霊となる者もいる。
そういった魂は、自分の意志でその場所に留まるため、当然だが苦しんだりしない。
人の魂が怨霊に変わるのは、他人から凄まじく酷い行いをされ、耐えがたい苦しみを味わい、死に際に恨みを抱いたとき。
本来であればその怨霊も、特定の人や血筋、あるいは場所に向けて呪いを放つ。怨霊も、自らの意志でこの世に留まるのだ。恨みをはらすと天へと還る。
この部屋の魂たちは、違う。
怨念に満ちた魂が、天には還れず、輪廻の輪にも乗れないように。
人為的にこの世に縛り付け、怨念が満ちるようにした。
これは、呪いだ。
誰かがこの部屋で、呪いを行使したのだ。
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