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第五章 敵の影、変化
鎮魂の舞
しおりを挟む頬を一筋、涙が流れていった気配がする。
流れた雫に柔らかな体温が触れ、そのまま俺の目元を撫でる。くすぐったさに目をゆるゆると開いた。
「……んっ…。」
「っ!ミカゲ?」
目を開けてぼんやりとした視界に見えたのは、眩しい光を纏った美貌の男。視界が晴れていくにつれて、エメラルドの瞳が、一層大きく見開いて不安げに揺れているのが見えた。
「……ス、…フェ、ン……?」
俺が名前を呼ぶと、両手で頬を包まれる。その手は微かに震えていた。泣きそうな顔をしたスフェンと目が合う。
「………良かった。」
静かに、心から安堵したというような声音で呟かれた。頬を包んでいるスフェンの右手に、自分の左手を重ねた。
俺が寝ていた間に、スタンピートは終結した。
建物は破壊されたが、民間人に被害が出なかったことは奇跡だという。
ただ、ともに戦った冒険者と騎士団員には死傷者が出た。
それでも、今までのスタンピードからすれば、圧倒的に少ないのだそうだ。
俺は、意識を失ってから1週間ほど寝たままだったらしい。目を覚まさない俺を、皆が交代で看病してくれた。魔力譲渡と薬の服用を、スフェンが度々行ってくれたとのことだ。
いつもの穏やかなスフェンの目元にも、濃いクマが出来ている。随分心配をかけてしまった。
そして、俺の容姿は少しだけ変わった。白色の髪が胸辺りまで伸びたのだ。なんでも、眠っている毎夜、髪の毛が伸び続けていたらしい。どんなホラーだ。
あの夢を見たあと、自分自身でも驚くほど、身体と思考がすっきりしている。石に堰き止められていた水が、さらさらと流れていくように。
子供の頃の、あいまいだった記憶が蘇る。
俺は小さい頃、妖という人ならざるモノが見えていた。姿を見て楽しんでいたし、なんなら妖と会話をして一緒に遊んでいた。
夢で見たのは、父にその力を抑えられた場面だろう。
髪が急激に伸びたのは、抑えられた力が解放されたからだろうか。
1週間眠った後も、腹部の怪我の経過のため3日間は安静にするようにと言われた。そして、今はスフェンと一緒にイフェスティアの街道を歩いている。
街の建物はゴーレムの岩による攻撃を受けて、全体の3割が倒壊した。火災で黒く焼けた建物、豊かな生活の様子が破壊された民家。歴史ある建物の街並みが、戦禍を被っていた。
綺麗に舗装された石畳には、岩の直撃を受けて大きな穴が開いている。
冒険者たちや街の人々が、皆声を掛け合って修繕に追われていた。
領主館から歩いて数十分ほど、そこには高台になっている丘がある。
街を一望できる丘は広場となっていて、街の人々の憩いの場。柔らかく茂る草、白色の六花の小花が爽やかな風に揺れる穏やかな場所だった。
街を見渡せる一角に、俺の背丈くらいの石碑が築かれている。石碑にはスタンピードから街を守り抜いてくれた人々への感謝の言葉と、命を懸けて街を守ってくれた英雄たちの名前が刻まれていた。
石碑の近くには、たくさんの白い花が献花されている。
「亡くなった騎士団員や冒険者への祈りの場だ。街の住民たちが、まずはこれを築いてくれたんだ。花も毎日、途絶えることはない。」
魔物との攻防戦で亡くなった騎士団員や冒険者たち。
恐れることなく勇敢に魔物に立ち向かい、
自分の命に代えて守ってくれた英雄だ。
邪神がいなかったら、死んでいなかったかもしれない人々だ。
その業は俺一人では、とてもじゃないが耐えられなかっただろう。
目を背け、ただ茫然としていたかもしれない。
いま、目を背けずに受け入れられているのは、
スフェンが傍らにいてくれるからだ。
「……ミカゲ。」
スフェンに名前を呼ばれ振り返ると、スフェンは右手に献花用の白い花を二輪持っていた。
その薄い絹を何枚も重ねたようにふんわりと咲く、一輪の花を手渡される。
花を受け取った俺は、石碑の近くで片膝をつき、そっと献花した。顔の前で手を組み、祈りを捧げる。
祈りを捧げるため目を閉じようとしたときに、ふと視界の端を、金色の淡雪を思わせる光が通り過ぎて行った。ピンポン玉ほどの大きさの光は、儚く光って辺りを上下に漂っていた。
この地で命を落とした英雄たちの魂だ。
天に還ることを、不安に思って彷徨っているのかもしれない。
「……スフェン、鎮魂の舞を捧げてもいいか?」
スフェンが黙ってうなずいた。
これほどまでに、自分が舞を踊れて良かったと思ったことはない。
彼らが安らかに、光が当たる温かくて穏やかな場所に還してあげたい。
マジックバックから舞用の道具一式と取り出す。羽織を身に着け、腕輪を左手に通した。
扇子は使わない。両手を自然に下に降ろし、俯いて目を閉じた。ゆっくりと顔を上げ、瞼を開いていく。
舞うのは、鎮魂の舞。
金色の腕輪に付いた楕円形の金属を、鈴のようにシャランっ、シャラっと意図的に鳴らす。この音が、魂を鎮めて、その魂に安息をもたらすとされているのだ。
激しい動きはなく、包み込むように手を広げて舞う。天に還る魂たちを引き寄せ、胸に抱くようにする。
周囲の魂を集めるように、くるりと身体を翻す。
金色に光る淡雪は、俺の動きに合わせてふわり、ふわりと上下に舞う。
勇敢な魂たちが、永遠の安息の地へと導かれますように。
この世にまた生を受けるのなら、
末永く幸福が訪れますように。
残された者たちの憂いと哀しみに、癒しを。
傷ついた心と身体に、穏やかな安らぎを。
鎮魂は亡くなった者の魂だけではなく、残された者たちへの魂にも捧げられる。
両手を上に伸ばし、円を描くようにして胸の前まで降ろす。手の平に包み込んだ一つの淡雪を、空に向けてそっと押し出す。
淡雪は俺の手の平から離れ、他の淡雪たちとともに綿毛のように風に乗って街へと向かっていった。金色の光とともに、小さな白い花びらが、ふわりと街へ流れていく。
白い花びらが、雪のように街へはらり、ひらりと儚げに落ちていった。街道が雪化粧したかのように、白い花びらで覆われていく。金色の光は街を通り過ぎると、空に溶け込んでいった。
白い花びらが街を白色に染めたその日。
スタンピードによって愛しき者を失った人々が、亡き人の穏やかな声を聞いたと言う。
そのほとんどが、『愛している。』『どうか幸せになってほしい。』と、愛と幸福を願う言葉だった。
のちに、この街ではその日が『白花の日』という記念日となる。
魔物の侵略を救った英雄たちへの感謝を忘れず、家族や友人、恋人に愛を伝える日とされた。
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