50 / 136
第五章 敵の影、変化
新たな剣 (スフェンside)
しおりを挟む【スフェンside】
「次の魔力譲渡のためにも、団長は休んでください。ミカゲは私が見ています。」
ヒューズが客間の寝室のドアを開けた。長いこと、ミカゲの寝ているベッド脇の椅子に腰かけていたようだ。ミカゲの右手を握ったまま、離せないでいた。
「団長が休まなければ、ミカゲに魔力を供給できません。ミカゲのために休んでください。」
他の者でも魔力譲渡は可能だろうが、相性の良い魔力を譲渡するのが一番効率が良いのだ。それに、下手に相性が悪いと拒否反応が生じる。
ミカゲと一番相性の良いのが私の魔力。しばしの間だけ、私は休んで魔力を回復した。
スタンピートが終息して3日経っても、ミカゲは目を覚まさなかった。薬を口移しで飲ませて、一緒に魔力譲渡も行っていった。
肌の血色も良くなり、体内の魔力も順調に私の魔力と馴染んでいるのに。
今は深夜だ。皆で交代してミカゲの様子を見ているが、本当は片時もミカゲと離れたくない。
月明りが、静寂な部屋に薄く明るさを与える。
ミカゲの眠っている姿は、清らかで透明だ。
そのまま、月光に溶けて消えてしまうのではないかと感じて、ミカゲの右手を両手で包んで縋りつく。
私よりも、一まわり小さな手。華奢な手首。
年相応の、幼さの残る寝顔。
なぜ。
なぜいつも、彼だけがこんな目に合わないといけない。
もう、十分過酷すぎるではないか。
家族も、友人も、知り合いもいない異世界に、
たった一人。
自分が生きていた国ではない。
名前も知らなかった国の明暗を背負い
身体の負担となる浄化を、一身に引き受けて。
この小さな身体に、どれだけの運命を背負わせるのだ。
もう、あとどれほど、
彼は自分を犠牲にするのだろうか。
私は、こんなにも傍らにいるのに。
どうして、彼を守れない。
なんと情けない。なんと不甲斐ない。
力のない自分が、この上なく憎いことか。
風精霊の加護を与えられても、何も変わっていない。
強くなりたい。
彼を守れるほどの、揺るぎのない力を。
彼に代償を払わせなくてもいい程の、力が欲しい。
『おい、ケダモノ。』
ふと、子供のような声が聞こえて顔を上げる。視線を感じて顔を向けると、ミカゲの枕元で眠っていた黒色の子犬がこちらを睨んでいた。
パタリと意味有り気に尻尾を一振りする。
今の声は、こいつか?
『そうだ。こいつって言うなハゲ。……お前、力が欲しいのか?』
どうやら、私に向かって念話で話しかけているらしい。ミカゲはこの子犬と従魔契約をしているから、念話で会話ができる。契約していない私が、念話ができるのはなぜだろうか。
まあ、ただの魔獣ではないのだろうな。口が悪いが。
『そこらへんの魔獣と一緒にするな!……もう一度聞く。力が欲しいか?』
欲しい。
愛しいミカゲを守り抜く
誰よりも強いが欲しい。
『ふん。ミカゲのためにという想いは褒めてやる。……剣を出せ。』
やけに偉そうに言ってくる。俺は腰にいつも下げている長剣を取り出す。
私が騎士団長になった際に王家から授けられた剣。宝物庫に何本か眠っていたうちの一つだ。
切っ先に向かうほど細く、鋭くなる形。
鞘は黒色、柄が蒼色で、金色の鍔が刃体と十字に交わる。刃体は銀色。王族が持つにしては装飾もなく、割かしシンプルなデザインだ。
黒色の子犬近くに長剣の柄を差し出すと、子犬が念話で喚いた。
『むかつくけど、ミカゲのためだかんな!むかつくけど!』
鍔と刃体が交わる十字部分を黒色のモフモフが、ぽふっと短い前足で叩いた。
子犬の琥珀色の目が光り、前足からは金色の淡い光が放たれる。しばらくして光が収まると、剣を引き抜くように子犬に言われる。
言われるがまま、剣を鞘から取り出す。刃体を見て驚いた。
刃体の色が銀色から深い蒼色に変化している。
そして、物を切る刃部分は銀色。そこに細い金糸のような線でひし形の模様が描かれていた。
蒼色の刃体が光を反射すると、同じ蒼で細工された、格子状に編んだ籠の目を思わせる模様が浮かびあがる。見事な美しい長剣だ。
『お前は陽の者だ。ミカゲは陰。こちらで言うところの太陽と月。ミカゲの剣は月の精気を纏っている。お前の剣には太陽の精気を纏わせた。』
子犬がなおも言葉を紡ぐ。
『腹黒のケダモノには大層な代物だろ。……ミカゲは優しく清らかな子だ。その分、お前が強かであれ。静かなる優しい月を、苛烈な太陽が守り抜け。』
まるで詩のような、呪文のような言葉だ。
月と太陽。
「……ありがとう。」
私がお礼を言うと、フンッと鼻を鳴らして子犬がそっぽを向いた。そのまま、丸くなって眠る体勢に入る。
『ミカゲはもう少し眠るはずだ。力が戻りつつあるからな。しばし待て。……疲れたから寝る。』
そういうと、子犬は念話を辞めて寝息を立てた。その近くには丸くなって眠っているヒスイがいる。
火の精獣であるフェニは、スタンピードが終結すると山に帰っていった。
長剣を鞘に戻して腰に下げる。未だに寝ているミカゲがの前髪をそっと掻き揚げ、額に口付けた。
せめて、眠る君の夢が穏やかで、心地良いものでありますように。
その日から、毎晩深夜になるとミカゲの身体が淡く光るようになった。淡雪色の髪が、銀色の光を纏って長くなっていくのだ。『ミカゲの力が戻りつつある』と子犬が言った言葉に、関係があるのだろう。
スタンピードから一週間後、一筋の涙を流しながらミカゲが目を覚ました。
45
お気に入りに追加
2,726
あなたにおすすめの小説

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます
野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。
得た職は冒険者ギルドの職員だった。
金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。
マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。
夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。
以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

天涯孤独な天才科学者、憧れの異世界ゲートを開発して騎士団長に溺愛される。
竜鳴躍
BL
年下イケメン騎士団長×自力で異世界に行く系天然不遇美人天才科学者のはわはわラブ。
天涯孤独な天才科学者・須藤嵐は子どもの頃から憧れた異世界に行くため、別次元を開くゲートを開発した。
チートなし、チート級の頭脳はあり!?実は美人らしい主人公は保護した騎士団長に溺愛される。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。
にのまえ
BL
バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。
オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。
獣人?
ウサギ族?
性別がオメガ?
訳のわからない異世界。
いきなり森に落とされ、さまよった。
はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。
この異世界でオレは。
熊クマ食堂のシンギとマヤ。
調合屋のサロンナばあさん。
公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。
運命の番、フォルテに出会えた。
お読みいただきありがとうございます。
タイトル変更いたしまして。
改稿した物語に変更いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる