不遇な神社の息子は、異世界で溺愛される

雨月 良夜

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第四章 火精霊の棲み処へ

ただ、夜が明けた (スフェンside)

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【スフェンside】


魔石を浄化しようとしたミカゲが、一瞬だけ止まった。切っ先が僅かに震えている。

ミカゲが馬乗りになっている男が、ポケットに右手を入れたのが見えた。ポケットから取り出されたのは、黒光りした短剣。

 
「ミカゲ!!」

私が叫んだのと同時に、男がミカゲの腹部にポケットから握りしめた短剣が突き刺した。

ミカゲの身体には、ヴェスターが光魔法で結界を纏わせていたのに、短剣はあっさりと結界内に侵入していた。バターにナイフを入れるかの如く、滑らかに。


怒りで目の前が真っ赤になり、風魔法で瞬時に駆けだしていた。

ミカゲは顔を歪めると、刀を強く握り直して魔石を突き刺した。硬いモノに亀裂が入る音が聞こえ、周囲の邪気が晴れていく。

 
魔石の色が砕ける直前、ミカゲを刺して歪んだ笑みを浮かべた男から声が聞こえた。

 
「この程度で狼狽えるとは。我を封印するなど、愚かなことよ。」

 
黙れ。

 
俺はその首を瞬時に刎ねた。歪んだ笑みのままの男の顔が宙を舞う。地面には肉塊が落ちる、べちゃっと不快な音が聞こえた。

首のない身体に、ミカゲが前のめりになって倒れそうになるのを、右手でしっかりと受け止める。左手で背中を支えて仰向けにすると、ミカゲの頬からは血の気が引いて青白くなっていた。


刀を握ることさえも出来なくなり、力なく目を閉じて呼吸も浅い。痙攣し、急速に冷たくなっていくミカゲの身体にぞっとした。
左脇腹に刺さった短剣の隙間から、血が滴って止まらない。


「団長!そのまま身体を支えていて!魔力譲渡をして!」

近寄ったヴェスターが、治癒魔法の光を纏わせ右手で短剣の柄を握った。出血多量にならないよう、短剣にも治癒魔法を僅かに纏わせて、傷口に光魔法の膜を張るのだ。
ヴェスターは意を決して短剣をミカゲの腹部から抜き取った。両手を傷口に当てて、傷を塞ぎにかかる。

 
俺はミカゲの震える唇に、自分の唇を重ねる。魔力を最大限に乗せて唾液を流し込んだ。
意識のないミカゲの舌は、思うように動いてくれない。しっかりと飲み込むように舌を絡める。

左手でミカゲと手を繋ぎ、そこからも魔力を流し込んだ。

 
魔力が枯渇状態の上に、腹部の重症。
事態は一刻を争った。

何度も唇を合わせた、魔力をミカゲの身体に送りこむ。

 
「傷は塞ぎました!あとはとにかく魔力を!」

治癒魔法を施したまま、ヴェスターが叫んだ。私の送りこんだ魔力を、ミカゲの体内で循環させているのだろう。ミカゲの身体の痙攣は収まりつつある。あとは、体温が戻るまで魔力を注ぐ。

 
私の魔力でも、なんでも、いくらでもくれてやる。
だから、頼む。
ミカゲを天に連れて行かないでくれ。

 
ミカゲの身体を支えている自身の手も震え出した。
魔力枯渇の影響か、それとも愛おしい人の存在が消えそうなことへの恐怖か。
あるいは、どちらもか。

 
それでも、構わずに魔力を注いだ。
一心不乱に注ぎ続けた。

 
周囲のことに目もくれず、魔力を注ぎ込んでいると、グイっと右肩を掴まれ身体を離された。


誰だ。邪魔をするな!


「団長っ!」

ヒューズが私を呼んで肩を掴んでいた。私が射殺さんばかりの殺気を飛ばしても、ヒューズはまっすぐに私を見つめた。


「ミカゲの応急処置は済みました。早く安全なところで休ませましょう。」

言われて、私は腕に横たえていたミカゲを見る。顔の血色が幾分か戻り、呼吸が安定している。体温もヒヤリとする冷たさが無くなった。


しっかりしろ。
自分がしっかりしなければ、愛おしい人の命も救えない。

ここは戦場。こんな場所に長居してはいけない。

 
少しばかり体温は戻ったが、まだ寒いだろう。マジックバッグから毛布を取り出し、ミカゲを包む。ミカゲの身体を横抱きにして立ち上がると、皆に指示を出した。

 
「ヒューズ、風魔法を頼んだ。戻るぞ。」

先ほど魔石を砕いた影響で、魔物たちの大半は元の姿に戻っている。向かってくる魔物は仲間に任せて、私はミカゲを慎重に、迅速に運んで街門の中へと急いだ。


領主館に着いた私たちは、ヴィオレット姉上にすぐに客間を用意してもらった。

毛布に包まれたミカゲを見たヴィオレット姉上は察しが良く、急いで辺境伯専属の医者を呼ぶように従者に促し、私たちを客間に案内してくれる。

 
ミカゲを客間にある寝室のベッドに寝かせ、医者が来るまで、ヴェスターが治癒魔法を掛け続けた。医者が駆け付け、治癒魔法を再度施していく。ヴェスターの魔力が限界に近かった。

 
「この薬を魔力譲渡をしながら飲ませてください。体力回復薬と造血剤です。」

医者は一命を取り留めたが、目を開けるまでは安心できないと言われた。
治療を医者から受けながら、私は街の外を見た。

街の火災は既に消し止められている。
遠くで魔獣たちの咆哮が聞こえた。怒気を含んだその咆哮は、ビリビリと屋敷のガラスを震わせた。
主人を傷つけられたと気が付いたのだろう。大いに暴れろ。怒りをぶつけろ。

もう、あとは留まっている魔物の数を減らすだけだ。
こちらの勝機は目に見えている。


薄い光が当たりに差し、早朝の兆しが見えた。
何処からともなく、戦士たちの勝鬨の雄叫びが聞こえてくる。


夜が明けた。

 

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