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第四章 火精霊の棲み処へ
敵の影、呪詛
しおりを挟む俺たち以外の4人は、パジャッソの動きを止めるために地を駆けていた。
フレイが大剣をを構えて、大きく振りかぶる。振りかぶった先にいるパジャッソに向けて、炎を纏った大きな斬撃が繰り出された。
炎の斬撃をさらにスフェンの風魔法が煽り、炎の刃の渦を作り上げる。
渦はパジャッソを囲い、炎の刃は鎌のように襲い掛かった。パジャッソは不気味な笑みを浮かべたまま、蝙蝠の羽根を大きく一回はためかせた。
パジャッソと炎の渦の間に黒く高い壁が出現する。そびえ建った壁が炎を胡散させた。
炎が消えたのを合図に、ヒューズが長剣でパジャッソの右肩に切り掛かる。ガキンっと鋼鉄と硬い爪が交わる音が聞こえた。
素早く白刃を光らせた剣は、パジャッソの長い爪によって阻まれる。ヒューズは構わず、パジャッソの身体を押しながら、身を翻して切り掛かっていく。
「そんなことしたって、無駄だぜぇえ?」
ヒヒャッ、ヒャッと甲高い笑い声を共に、鋭い爪でヒューズの剣戟を防ぐ。擦れ合う音に火花が飛ぶ。
背中の羽ばたきによる風圧で、ヒューズの身体がパジャッソから離れると、途端に雷の槍がパジャッソに降り注ぐ。
「ヒャー!!いいねえ。かっこいいじゃん!」
邪気の盾を両手で作り出したパジャッソが、上に盾を構えて雷撃を受け止める。無防備になった身体にツェルが双剣で切り掛かった。
カキンッと刃が硬い岩に当たったような音がする。
「硬てえ。」
チッと短くツェルの舌打ちが聞こえた。
闇魔法の黒い茨がパジャッソの足元から生え、その場に縫い留めようと縛りつける。
「ヒャハハッ!効かねえぇなぁ―!!」
身体を反らして咆哮を上げたパジャッソから、赤黒い波動が発せられた。バチバチと黒い電流が大気を震わせ、4人の身体に襲い掛かる。
邪気と雷を喰らった4人は、動けず固まってしまった。
「ぐっ…!」
歯を食いしばるようなうめき声が、聞こえてくる。
電撃によって動かない4人には目もくれず、パジャッソがコウモリの翼をバサッとはためかせ、囲いから抜ける。
漆黒の翼で風を切り、地面すれすれの宙を飛んで疾走してくる。向かう方向は、正面で和弓を構える俺の方だ。全員が焦った顔をした。
「羽虫どもはー、後回しーにしてー♪まずは、お前を仕留めればいいんだろー???」
俺が矢を構えている場所に、パジャッソが勝ち誇った歪んだ表情で接近する。
そんなパジャッソの姿を見たツェルが、焦りの表情から一転、ニヤリっと口角を上げて笑った。
いつもの人が懐っこい笑みとは違う、いかにも冷徹で残酷に。そして、侮蔑を込めて愉快そうに呟いた。
「お前は、悪の器に足りねえよ。」
俺とヴェスターの目の前に、下卑た笑みを湛えたパジャッソの顔が迫る。
鋭い爪に邪気を纏わせ、ヴェスターの結界を壊そうと右手を大きく振り被って降ろした。
「なっ?!」
爪は空を空振りした。
正確には、俺とヴェスターがいたはずの場所は、景色がぐにゃりと歪む。俺とヴェスターの人の形も、朧に消える。
幻影。
闇魔法と火魔法による連携魔法。
最初から俺とヴェスターは、敵の正面などにはいない。ずっと、皆の傍らで待機していたのだ。
俺たちの幻影を囮にして、敵が攻撃してくるのを誘った。4人が攻撃を受けたのもわざとだ。
空振りした空間に驚き、パジャッソの動きが一瞬だけ止まる。
この時を、待っていた。
祖父が言っていたことを思い出す。弓の名手でもあった祖父から、俺はいつも教わっていた。
矢を放つときに、何を考えるのか。
的を射るということは、もちろん意識の底にある。
ただ、的に当てに行くという考えで、矢を放ってはならない。
その時が来たら、自然と手から矢が離れる。
それは、意識していては到底分からない、第六感のようなもの。
身体が、神経が、反応する。
そのときを、ただ、ひたすらに待て。
自分の手に落ちてくることを、ひたすらに。
今なら分かる。神経が、本能が、身体が勝手に反応する。
今だというように。
それは恐ろしく静かで、なんとも不思議な感覚だ。
一瞬だけ、周りの音が聞こえなくなる。
気付いたときには、矢が手を離れていた。
まっすぐに銀色の光を帯びた閃光が、ヒュンっと残響を残して飛んでいく。
パジャッソの振り向こうとした顔は、途中で止まった。こちらを向く前に、白銀の矢がパジャッソの胸を射貫く。
矢に射貫かれた衝撃で、パジャッソの身体が僅かに宙を舞う。貫かれた身体は、背中からしなるように地面に縫い付けれられた。
放たれた矢は今までの中でも最も速い。気付いても躱せなかったのだろう。
矢を放ったと同時に弦も打ち鳴らされる。鳴弦によって周囲は浄化され、邪気の濃い靄が晴れていった。自然と、皆が息を整えている。
俺は、矢によって地面に縫い付けられたパジャッソに近づいた。
そこには、白銀の矢に射貫かれた上半身裸の、人間の男性が倒れていた。血色のピエロの面影はなく、浄化の力によって人間の姿に戻っているようだ。
髪の色は未だに血塗りの色をしているが、何処にでも居そうな、目を閉じた人相の悪い成人男性。
決定的に違うのは、心臓部分にある赤黒い魔石だろう。
男性の身体に血管に似た根を降ろし、呼吸をするように中の赤い色が光っている。
これを砕けば、このスタンピードも収まるはずだ。
俺は浄化で力の入らない男性に、馬乗りになった。
念のため動きは封じておく。俺に乗られても、男性は指一本動かしてこない。意識が無いのだろう。
俺は日本刀を鞘から抜き取った。切っ先を男性の心臓部分にある魔石に向けた。
「苦しみが癒え、安らかに天へ還りますように。」
祈りの言葉を告げて魔石を砕こうと、切っ先を降ろそうとした。
「お前に、人間が殺せるのか?」
先ほどまで閉じていた瞼が見開き、黒色の目に血塗りの瞳孔が俺を射貫いた。その視線は魔人の雰囲気とはまるで違う、別人のように鋭い。
「魔石を壊せばこやつは死ぬ。人殺しが、お前にできるのか?」
言い回しは実に古風で、それでいてこちらを貶める皮肉が混ざっている。
紡がれた言葉に、振り下ろしていた切っ先が止まった。
____人殺し。
「っ!!かはっ!」
躊躇って息を詰めた一瞬。思考を戻したのは左腹部に走った衝撃だった。鈍いドスっという重みとともに、肌に突き刺さった感覚。
自分の踏む腹部を見ると、手に握られた刃物の柄部分が腹部から見えた。柄から僅かに黒光りした金属が光を反射する。
反射した金属にはつーっと、赤色の液体が滴っていくのが見えた。
「ミカゲ!!」
スフェンの緊迫した声が遠くから聞こえた。
自分の視覚で腹部を刺されたと確認した刹那、そこから燃えるような激痛が襲う。男の手が柄から離れていく。
「弱い。あの男よりも心根が弱い。」
俺の下から、愉快そうに弧を描いて笑うその者の声が、頭の中を木霊する。それを薙ぎ払うように、俺は切っ先を思いっきり魔石に振り下ろした。
早く、浄化したい。この存在を消したい。
キンッ、と空気が張りつめたような音が響き、赤黒い魔石にパキパキと亀裂が入る。無数の線が走った。
血のように赤黒い石の亀裂に、刃から出る白色の光が流れ込んでいく。石の中で渦を巻くようにその光が動き、赤黒い邪気を絡めとって透明に変える。
魔石が砕け散る間際、声が聞こえた。
「この程度で狼狽えるとは。我を封印するなど、愚かなことよ。」
パキンッ!
白色の光が収束していき、透明になった石は小さな音を立てて粒子状に粉々になった。
もう、意識が保てない。生暖かな液体が、服越しに自分の膝まで伝っているのを感じる。
誰かの足音と、俺を呼ぶ声がする。俺は身体が傾いたのを感じ、そのまま意識を手放した。
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