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第四章 火精霊の棲み処へ
投擲
しおりを挟む開戦してから約一時間、冒険者や精獣の活躍により、確実に魔物の数が減っている。門の外には夥しい数の魔物の死体が転がっていた。
冒険者たちは交代しながら、身体を翻して剣や武器を振るい、魔法の光が敵を屠っていく。勇ましく、時には荒々しくも、魔物を倒すという責務を全うしていた。
俺も弓矢で後方支援しする。魔石の浄化を考慮すると、あと2回しか射れない。
東側から突然、ヒュっと小さく音が聞こえた。
その音は濁音が混じり、次第にヒュゴゴゴォォーという風切り音が近づいてくる。
見えたのは赤黒い炎を纏った、巨大な岩だった。
大型トラックほどはあろうかという巨岩が、炎を後ろに靡かせながら、宙に放物線を描いて東門を越えていく。
東門を通りすぎた燃える岩の砲弾は、街の建物の上空で半透明な硬質な膜に当たる。街の上空に張ってあった結界から、ビキビキと薄いガラスを壊すような音が聞こえた。
半透明の硬質な結界に、炎を纏った岩を中心として、蜘蛛の巣状の白い亀裂が幾つも走る。
複数の亀裂はやがて耐えきれなくなったように、ガシャンッ!という破壊音を響かせて、ガラス片のように砕け散った。
結界を突破した岩の砲弾が、領主館の見張り台の上空に迫る。俺はヴィオレット辺境伯を咄嗟に横抱きにして、風魔法を足に纏わせ見張り台の床を思いっきり蹴った。
左に横飛びして領主館の屋根へと飛ぶ。
領主館の見張り棟を目掛けて一気に降下した。
先ほどまで俺たちのいた場所は、塔の上部分が音を立てて崩れ、燃焼したような黒く焦げている。
見張り台を砲撃した砲弾は、さらに街道に直撃した。
街道の石畳と地面の土が、しぶきのように宙に投げ出された。地面に深い穴が開き、赤黒い岩がシュルシュルと煙を上げて、炎を燻らせている。
邪気を纏ったそれは、ただの溶岩ではないようだ。
「領主!ご無事ですか?!」
副領主の男性が下から声を掛けてくる。
「私は大丈夫だ!」
俺の腕から降りたヴィオレット辺境伯が、声を張りながら副領主に答える。
その後に、左耳につけている黄色の宝玉のピアスを触った。そして、俺の冒険者タグからも伝令役の男性の、緊迫した声が聞こえてきた。
『東門に奇形のゴーレムが接近!岩を投擲して街を攻撃しています!距離200メートル!』
伝達魔法で告げられた報告に、ヴィオレット辺境伯が眉を寄せた。
「……ゴーレムだと?ゴーレムは人間に興味がないだろ?それに奇形とは、どういうことだ?」
ゴーレムは山に住む魔物だ。身体の特徴は様々で、岩や金属、時には雪でできている場合もある。
丸みを帯びた岩のような巨体であることが多く、旅人が休憩にと座った大岩がゴーレムのお腹だったということもあるのだという。
自然界に住むゴーレムは人間に無関心で、おっとりとしている。あまり動いている姿は見られず、中には動かな過ぎて苔が生えているゴーレムもいるほどだ。
生体自体が不明な点が多いゴーレムは、こちらが攻撃しない限りは襲ってこないと言われている。攻撃は単調で、敵を手で殴る、足で蹴るなど力技がほとんどだ。
しかし、巨体であるため一発の破壊力が凄まじく、さらに身体自体が強固。ダンジョンで敵として相手にする場合は、厄介な存在として知られている。
そんなゴーレムが、溶岩を投げて攻撃することを考え付くはずがない。そして、無関心であるはずの人間の街に、攻撃は仕掛けてこない。
伝令役の男性は、ヴィオレット辺境伯の言葉に答えた。
『通常のゴーレムより手足が長く、まるで人間のようです。大きさは街門の扉程あります!次々と岩を手に取り投擲してきます!』
そう言っている間にも、街には巨岩の砲撃が降り注ぐ。街の建物が次々と岩によって崩壊し、地面には大きな穴ができる。
街に火の手が上がっている。黒い粉塵と煙がもうもうと建物から昇り、燃焼していることを示していた。
虚ろな夜空が火災の炎で、異様なまでに明るくなっていく。
避難所のある高台にも岩が降り注ぐが、魔導士たちが防御魔法を張り防いでいる。ただ、魔力には限りがあるため長くは持たないだろう。
「岩には触らないように言ってください。あれは、ただの岩じゃない。邪気を纏っています。」
俺の忠告にヴィオレット辺境伯はすぐに、戦士たちに岩に触るなとの指示を出した。
俺は浄化の呪文を唱えて、辺り一帯を浄化していく。穴に埋まっていた岩の色が赤黒い色から、ただの黄土色になったことを確認する。
浄化するまでは、岩に触らないほうがいいだろう。
そして、俺の冒険者タグからはスフェンの伝達魔法によって声が聞こえてきた。
『ミカゲ、敵が出てきた。ゴーレムの右肩に人影が見える。おそらく『魔人』だ。』
ヴィオレット辺境伯にも、スフェンの伝達魔法が届いたのだろう。俺を見て静かに頷いた。
「ミカゲ、君に託す。頼んだぞ。」
「はい。」
頷き返した俺は、東門に向かって建物の屋根を移り渡って駆けた。
火の手の上がる街の中を進むと、騎士団員たちが消火活動に当たっているのが見えた。
温泉の水を風魔法で巻き上げて火に放水したり、水魔法で雨を降らせたりしている。
火の手を広がらないように防いでくれているから、まだ所々の火災で済んでいるのだろう。
早くゴーレムを止めなければと、焦燥が頭の中を終始よぎった。
建物の屋根から、東門の扉近くの壁上に飛び移った。壁の上は人が歩けるように平らに整備させている。
そこには魔導士と、遠距離攻撃で後方支援をする冒険者などたくさんの戦士たちがいた。
「ミカゲ!」
俺を呼び声に振り返ると、スフェンが剣を右手に持ったまま俺に近づいてきた。
隣には、同じく抜き身の長剣を手に持ったヒューズ、治癒魔導士の印である黄色の布を、左手に巻き付けたヴェスターがいる。
スフェンは俺の左隣で、遠くを見据えた。
ドシンっ、ドシンっと規則正しく、身体を震えさせる地響きが聞こえる。
夜に浮かぶ灰色の巨体。
全身が灰色でゴツゴツとした岩でできた、重苦しい見た目。
手足は長く、腕は太い。手は人間と同じく指が5本揃っている。
胴体は逆三角形の形をしていて、胸板がある。
鍛えられた筋肉のように見えるが硬い岩だ。
頭部は長方形の岩でできていて、赤く光る目が2つ。
灰色の身体の中で唯一の色である目は、暗闇の中で鈍く光っていた。
こんな人間に近いようなゴーレム、見たことがない。
そして、その右肩には小さな黒い影。
俺には、邪気の黒い靄がそこから立ち昇っているように見えた。
「ツェルベルトとフレイは門外にいる。あのゴーレムに6人で接近する。俺たちでゴーレムと『魔人』の動きを止めるから、ミカゲは魔石を浄化してほしい。」
スフェンの言葉に、俺は一度頷いた。
「分かった。でも、一度ここで浄化をする。魔石の位置を正確に掴みたい。」
そう言うが早いか、俺はマジックバッグから和弓を取り出した。魔石の位置確認もそうだが、この東門一体の邪気の濃度が濃いのだ。
東門の外は、冒険者と魔物が混在していた。魔物の血が、所々で地面を緑色に染めている。
キンッと魔物の爪を剣で弾く音や、魔法の爆撃の音が鳴り響いていた。
弓を構えて白銀の矢を番える。弦をギリギリと引っ張り、矢を冒険者たちが戦っている大型のトカゲに似た魔物に向けて矢を放った。
同時に、弦の音が周囲の大気を震わせる。
ヒュンっという風切音とともに、トカゲの頭部を矢が射貫く。そのまま地面に突き刺さった。
矢を中心として波紋状の浄化の波が広がっていく。
ドクンっ、ドクンっ
以前感じた魔石の気配と同じ、人間と似た鼓動を感じる。魔石の気配は確かにゴーレムの右肩からした。そして、人型の魔物の姿を浄化の波が捕らえると、魔石の正確な位置を知らせてくれた。
それは、人型の心臓部分だった。おそらく、そこに魔石が根を生やしている。
俺が魔石の位置を確認していた、そのときだった。
「たくっ!ほんとに胸糞悪いなっ!この風はよぉっ!!!」
戦場に、不快感を隠そうともしない悪態が響き渡った。
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