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第四章 火精霊の棲み処へ
それぞれの戦禍
しおりを挟むコマの完全なる精獣の姿に、俺は感嘆の息を吐いていた。
南門にただ猛進してくる魔物を見据え、コマは姿勢を低くし、威嚇するように目を細め、鼻に皺を寄せた。
骨さえもかみ砕く鋭い犬歯を剥き出しにして、牙の間からは蒼炎が漏れ出ている。
『進むだけしか能のないモノに、遅れを取ったりしない。』
静かに念話で告げたコマは、一啼きだけ口を開いて吠えた。
魔物たちの頭上に無数の闇を纏った花が現れる。
中心が宵闇色の花は、花びらが杭のように鋭く、四方八方にたくさんの切っ先を向けていた。
硬い花は淡く蒼炎を薄く纏っている。
瞬き一つで、その硬い闇の花が爆ぜた。
鋭利な杭が一斉に魔物たちを刺し食い込んだ瞬間、魔物が灼熱の蒼で火だるまとなる。
跡形もなく炎に焼かれ、そこに残ったのは空気中に漂うう黒い煤だけだった。
多くの蠢く魔物が、闇の花の餌食になる。
蒼炎は燃え続け、魔物たちの行く手を阻んだ。その間にも闇の花は生まれては散っていく。
火山にほど近い西門でも、紅蓮に燃える鳳凰が高貴な翼を左右に大きく広げ、龍笛のような美しい咆哮を発した。
そのルビーの瞳には、静かに燻る闘志が映っていた。
怒りを孕んだ咆哮は、衝撃波となって大地と大気を震わせる。いくつもの長い尾は生き物のようふわりと動き、全身の毛は逆立って膨れ、戦慄いている。
『……今までの鬱憤を晴らさせてもらおう。』
外側に向けて紅色から金色に変化する羽根を、フェニはグイっと後ろに身体ごと反らした。
羽根の隙間に風を含ませて、大気を掴む。大きな金色の嘴を軽く開け、肺を膨らませている。
翼が前方に向かって羽ばたかれた刹那、爆風と共にに渦巻く炎が魔物たちに向けて放たれた。
暴風を纏った炎の威力は凄まじく、遠くにいる魔物を地面ごと抉って燃え盛っている。
地面はドロリと砂糖のように焦げて溶けていた。
フェニの炎から遠ざかろうと魔物が、北門へと分散する。
ふわりと柔らかな、白に近い薄緑色の神秘的な羽毛に大きな翼。恐竜のようで、それでいてすらりと長く、優しくも勇ましい顔貌。
逞しい前後の足に鋭いかぎ爪は、生物の頂点に強者の象徴。そして、風の使徒であるアウラドラゴンが鎮座している。
エメラルド色の大きな瞳の中心は、縦に割れた瞳孔で剣を帯びていた。
薄緑色のふわりとした翼を、背中を反らして数回羽ばたく。
なんとも優雅な羽ばたきから、鎌を思わせる巨大な弧を描いた風の刃が生み出され、魔物たちの四肢を瞬く間に二分した。
魔物の緑色の血しぶきが、地面一体を血なまぐさく染め上げている。
「……本当に、なんという幸運か。これほどの魔獣に、この防衛戦で出会えるとは。」
門外の様子を見張り台から見ていたヴィオレット辺境伯が、緑色の瞳に爛々と戦意を滲ませて呟いた。
俺はその呟きを聞きながら、人間のみが防衛している東門の様子を窺がった。
次の矢を放つために、和弓に手をかけてすでに白銀の矢を番えている。
地雷型魔道具の火柱が燃え上がる後方に、俺は弓を弾き絞って矢を放った。
鳴弦の空気を震わせる波紋は、同心円となって広がり四方の魔物を浄化していく。
そして、大地に突き刺さった矢からも浄化の風が広がる。
浄化される度に、魔物の動きが鈍くなる。
浄化と魔道具の火柱を掻い潜った魔物が、さらに門まで近づいた。
辺りは既に虚ろな夜空になっている。その夜空を重い幾重もの雲が覆っていた。
雲は夜闇に溶け込もうとしているが、所々で轟音を鳴り響き閃光が走っている。雲は物々しく発光する紫色を、自身に移して雲海を広げていく。
東門まで40メートルを過ぎたとき、雲海から地面を揺るがす凄まじい雷鳴と共に、無数の稲妻がドゴォオォォンッと撃ちつけられた。
眩しい閃光が駆けていた魔物たちを貫くと、周囲にも雷撃が網のように広がり魔物が感電していく。
身体を異様なまでに痺れさせ魔物が絶命した。
「……相変わらず、団長の雷魔法は凄まじいですね。」
雷魔法は、風と光属性魔法を複合して生み出す魔法だ。魔法への知識と、高度な魔力操作を要するもので、おいそれとできる者はいない。
それを、さも当然のように使いこなすスフェンに、ヒューズが感想を零した。
スフェンが頭上に向けていた長剣の切っ先を下ろし、右にいるフューズを振り返る。
「ミカゲの負担を減らしたいからな。……浄化の矢も、あと4本が限界だろう。」
ミカゲ以外のパーティーメンバー5人は今、全員東門の壁上にいる。魔法の腕が立つこの5人は、魔導士とともに魔法による冒険者の後方支援を任されていた。
他の冒険者たちは門前で、取りこぼされた魔物を剣や槍、魔道具を使って薙ぎ倒している。
南、西、北の門に比べて、今のところは魔物の数が東門は少ない。しかし、敵は元人間だ。
一番防御力に弱い、東門を攻めてくるに決まっていた。
魔物の猛進のみでは、攻め入れないと気が付いたとき、一番最初に襲うのは精獣のいない、攻めやすい場所だろう。
そして、スフェンたちは火精霊カリエンタから、『魔人』になったという人間の詳細を聞いた。
元々、その人間が住んでいた火山の麓は盗賊たちの砦だった。砦と言ってもみすぼらしい掘っ立て小屋だ。
そこにおよそ50名ほどの盗賊が住んでいた。
この街の出身者たちの中でも、素行の悪い者や罪人が集まってできたのだという。
「そんなゴロツキじゃあ、戦略もクソもないよなー。」
ツェルが鼻でフンッと、嘲るように笑った。
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