上 下
42 / 136
第四章 火精霊の棲み処へ

開戦

しおりを挟む



観光客や住民で賑わっていた温泉街には、今や人影はなく静まり返っている。
異様な静寂の中、ピンっと糸が張りつめたような緊張感が漂っていた。

 
火精霊カリエンタの棲み処を訪れてから、2日後の日が高く昇った時間帯。

武装した騎士団員と魔導士たちが街門の壁に登り、皆が南西側にある火山方向を睨んでいた。
物々しい雰囲気の中、皆が来るべき時に身構えている。

 

突然、耳を劈く様な低くて重い、緊迫した警告音が鳴る。低く重いサイレンの音は、静かな街に轟き渡った。

領主館の魔道具から発せられた、スタンピードの合図である。

 
武器を取る金属の擦れる音が、街の至る所で発せられる。



「来たか。」

 

隣にいるヴィオレット辺境伯が、静かに告げた。

開戦の狼煙が上がる。

 

遠くから、地面を踏み鳴らし揺らす地響きが聞こえてくる。やがて、地を這う振動は大きくなり、敵が近づいていることを知らせてきた。

地響きと一緒に、魔物たちの獲物を求める咆哮が響く。
多種多様な群衆の本能の叫びは、錆びた金属を擦り合わせたような、甲高くも劈く様な不快極まりない喚声だった。

 
俺は、領主館の見張り塔の上にいる。街で一番高い場所だ。ここからは、街の外の状況が良く見える。
火山のある南西から、土煙が立ち上がって辺り一体を砂で覆っているのが見えた。

 
俺は和弓を構えて、いつでも矢を放つ体勢を取る。
番えている矢は、白銀色の光の矢だ。実体のある矢ではなく、俺の魔力によって生み出されたもの。


鳴り響け。
射切れ。
清めよ。

 
俺が考えた作戦とは、鳴弦による浄化だ。

鳴弦とは、弓の弦を引いて鳴らす穢れを退散させる方法だ。
実家の神社でも良くやっていた。

浄化するにも、舞や言の葉でする方法もあるが、音は空気を震わせて遠くまで届く。人間に聞こえる音はもとより、空気の振動はもっと遠くまで届くはずだ。

 
魔物を浄化の波紋状の風で弱体化し、その魔物を冒険者たちが討つ。

 
矢は破魔の矢をイメージした。鳴弦をする場合、矢を用いないことが多い。
破魔の矢自体も一般的には先が鋭く尖っていないが、今回はあえて攻撃性も備えさせたかった。


魔物の数を少しでも減らしたい。
だから、確実に射貫くようにと、先を切っ先のように鋭利にして、追跡能力もイメージする。

 
ギリギリと音を立てて弦を引き、弓が軋むほど引き絞る。
それに伴って、白銀色の矢の輝きが増していく。

 
南門に向かう土煙の霞から、さらに魔物たちが分岐する。
二つに別れた魔物は、一方は南門に、もう一方は冒険者たちが守る東門へと迷うことなく向かっていった。


東門へ向かう魔物の群衆を率いている、黒く蠢く異形の姿が視界に入った瞬間、自然と矢が手から離れた。

ヒュンっと、刹那で空気を切り裂く音が聞こえるのと同時に、弦が弾かれる音が振動として空気を震わせた。
白銀色の鋭利な弓矢が瞬時に放たれ、一線の光となって疾風のごとく魔物に向かっていく。

 
光の矢は瞬く間に、黒色の蠢く波の先頭にいた魔物の身体を射貫いた。
魔物の四肢を貫通し地面に縫い付ける。矢尻が地面に刺さった瞬間、波紋状の浄化の風が矢を中心として地面から広がった。

 
浄化の風を受けた狂暴化した魔物は、邪気が弱まり本来の姿へと戻っていく。

前を先導していた魔物たちは、一瞬困惑したように挙動不審になった。それでも狩猟本能と、後から迫る邪気を帯びた魔物の流れを受けて東門へと近づく。


東門へとあと50メートルに迫った瞬間、駆けるために地面に足を着いた魔物の身体が、火柱と爆音と共に吹き飛んだ。

東門付近の地面には、地雷型の魔道具がいくつも埋められていた。その爆撃が魔物たちのいく手を阻む。


一方、南門へと突進する魔物たちを、待ち構える存在がいた。
 

『ここは通さないから。』

 
魔物とは格が違う、荘厳な遠吠えが一帯に響き渡る。地の底から響かせまいとするその咆哮は、清廉な突風とともに肌を突き刺すような衝撃を起こした。

 
南門に現れたのは、見事なまでに神々しい巨大な黒狼だ。大きさは街門の巨大な扉を覆うほどで、5階建てのビル程はあるだろうか。

 
高貴な長い毛並みは流々と風に靡かせ、蒼色の炎が残滓のように揺らめく。
肉を突き、引き裂くためのかぎ爪は艶のある濡羽色で太い。

一等美しい宝玉である琥珀の瞳は、闘志と神気で鋭く光っている。

切れ長の眼光は獲物である魔物をひたと見据えて、喉からは唸り声が聞こえてきた。

足元からは、烈火の蒼い炎が火柱を揺らめかせていた。


神聖なる存在が、牙を剥いていた。


「……あれはただの黒い子犬ではないな。」


コマの完全なる精獣の姿に、俺は感嘆の息を吐いていた。

 


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜

倉橋 玲
BL
**完結!** スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。 金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。 従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。 宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください! https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be ※この作品は他サイトでも公開されています。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

処理中です...