不遇な神社の息子は、異世界で溺愛される

雨月 良夜

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第四章 火精霊の棲み処へ

火精霊カリエンタの棲み処

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早朝に街を出発し俺たちが向かったのは、アリファーン火山だ。街の象徴とも言えるこの火山に、火精霊カリエンタの棲み処がある。


俺たちは火山付近まで馬に乗り、そこから徒歩で火山道を歩いていた。精霊の棲み処を記した地図では、火山入り口近くに、火精霊カリエンタの棲み処が明記されている。


火山を遠くから見ると、ところどころから白い湯気が立ち昇っている。
日本の温泉地でいう『地獄』のようなものだ。

お湯が一気に噴き出る間欠泉や、ビリビリとした電流を帯びた源泉があったりと、珍しい自然現象が見られる源泉がそこかしこにある。

 
火山はごつごつとした岩が多く、俺たちは道なき道を進んでいた。
街と比べても、火山のほうが周囲の気温が高い。
普通の装備であれば汗を流していたことだろう。

 
「……このブローチがあって本当に良かった。」

 
スフェンの呟いた言葉に、他5人が全員で同意した。俺たちは左胸に全員お揃いの、熱と火を防御するブローチを身に纏っていた。
これは、コマに教えてもらって俺が魔法付与したものだ。

 
いつの間にか俺には、精霊王の愛し子という称号のほかに、水精霊アイルの加護がついていた。
『ミカゲが舞ってたときにアイルがつけてたー。』とのことらしい。

そして、精霊の加護があると物に属性魔法を付与できるとのことだ。
コマにやり方を教わって、6人全員分の空の魔石が嵌められたブローチを購入し、氷の魔法を付与した。


全身を熱と火から防ぐのと、快適な温度調整が自動で行われるようにする魔法。
『これなら、火精霊の棲み処でもヨユーでしょ!』とコマが満足げに言っていた。俺のスキル欄にも『魔法付与』が追加されていた。


『そうでしょー!ほめて!ほめて!』

肩掛けカバンの中に入って、ひょっこりと顔だけを出したコマが得意げに胸を張って念話で言った。

その隣で大人しく座っていたヒスイも、コマの真似をして胸を張り、小さな羽根をパタパタと動かしている。

今回は、ヒスイとコマも一緒に同行している。

なんでも、『おとうとのかおをみせるのー。』というコマの要望だった。しっかりと兄をしているようで頼もしい。

尻尾をブンブンと振っているコマの姿は、もう黒い子犬にしか見えない。
よしよし、と頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。

その隣にいるヒスイも、よしよしと頭を撫でてやると『ぷにゃあぁ』と鳴いた。あとで二人には美味しい果物で用意しよう。

ちなみに二人は精獣のためか、熱さを感じないらしい。

 
「……そこら辺には、面白い祭壇があるんだよなー。」


歩きながらフレイが何気なく呟いた。
どうやら、温泉街イフェスティアだけでなく、このアリファーン火山にもスフェンは来たことがあるらしい。


「祭壇?」

あまり馴染みのない言葉というか、祭壇と聞いてもピンとこない。


「ああ。何の祭壇かは知らねえが、結構面白いぜ。昔、この周辺で魔物の討伐依頼があってな。魔物を追って少し奥地まで進んだら、偶然その祭壇に行きついたんだ。何か起こるかと思って、祭壇にウィスキー1瓶を近づけた。そしたら……」

そこで勿体ぶったように言葉を切るフレイ。

 
「手に持っていた瓶が、祭壇に吸い込まれて消えちまってな。ガラスのグラス1つが急に目の前にポンっと現れたんだよ。そのグラス、水でもジュースでも、何を注いでも酒になっちまうんだよ。……これだ。」

フレイは腰につけたマジックバックから、背の低い円柱型のガラスでできたグラスを1つ取り出した。

一見すると、綺麗なひし形模様が幾重にも細工されたウイスキーグラスだ。


「試しに色々注いでみたんだがな、グラスから生み出される酒はランダムなんだ。自分の飲みたい酒が、その時出てくるとは限らない。酒好きには堪らんのだろうが、いかんせん使い勝手が悪い。……自分好みじゃない酒も出てくるからな。」

 
そのため、フレイは時折そのグラスに水を注いで、気まぐれに未知の酒を楽しんでいるようだ。
水が酒に変わる盃なんて、まさにファンタジーの代物だ。


「フレイにぴったりじゃないか。」

俺の左隣を歩いていたスフェンが、揶揄うように笑っている。

 
スフェンに告白された日以降も、俺とスフェンの関係はあまり変わっていない。

ただ、俺はスフェンの目の前で着替えたりとか、一緒に風呂に入ることはしなくなった。
今まで、よく意識せずにそんなことが出来ていたなと思うくらいだ。

 
他に変わったことは、スフェンが俺にことあるごとに「可愛い」と言ったり、見つめてくる視線に愛おしさを惜しげもなく映していることだろうか。

そのことに気が付くたびに、ドキドキしている自分がいる。

 
火山入り口に近づくにつれて、邪気が濃くなっていく。俺は見つける度に浄化をしていった。

不思議に思ったのは、こんなにも自然の中を進んでいるのに魔物に一匹も出くわさないことである。
狂暴化した魔物もそうだが、この付近一帯に生息しているはずの魔物の姿が見当たらない。

 
火山入り口を目指している途中で、源泉の流れる川に行きついた。湯気の出る川には頑丈なつり橋が渡らされていた。

つり橋を渡りながら、川の様子を見下ろしたフレイが訝し気に顔を顰める。

 
「……この川には、ラトリザードっつう大人しい魔物が生息しているはずだが……。1匹も姿が見えねえのは気味が悪いな。」

 
ラトリザードは、見た目がトカゲのようなつるりとした身体の泳ぐ魔物だ。温泉を生息地にしている。

ワニのように大きいが、実は草食の大人しい魔物である。その証拠に瞳の瞳孔が縦ではなく、点だ。
どこを見ているか分からない。

顔だけ出してぷかぷか浮いている様子は、フレイ曰く、ちょっとアホっぽくて和むのだそうだ。


そして、つり橋を渡り終えたときに、炎を思わせる赤い光がふわふわと俺の周りを漂う。火精霊たちだ。

子供の容姿、着ている服には星のような形の襟がついていて、その先端には炎を思わせる形の赤い魔石がついていた。


『まいひめ、こっちだぞー!』『酒もってきたかー!』と元気よく精霊たちが案内してくれる。
なんだか、他の精霊に比べて明るくて騒がしい。

 
「……酒が必要なのか?」

一人の火精霊が言った言葉に、少し引っ掛かった。
俺が精霊に聞き返すと、火精霊は『カリエンタは酒がすきー!』と言っている。手土産が必要なのだろうか?


「それなら大丈夫だ。俺のマジックバックにいくつか入ってる。前に捧げたウィスキーがあるから、それでいいんじゃねえか?」

他に良い酒を持っている者がいないため、フレイの酒を献上することにした。
そんな話をしながら、火精霊たちが案内してくれた先に見えたのは、宙に浮いた熱く燃える色の球体だった。


球体は交わっている2つの細い金色の輪っかに囲われ、球体の中は炎が渦巻いている。
輪っかは終始グルグルと動いていて、重なって一つの輪に見えては、また2つの輪になるを繰り返していた。

その球体を、複雑なアラベスク模様の彫刻が施された台座が地面から支えている。
台座にはルビーに似たキラキラとした宝石が埋め込まれ、なんとも豪華だ。

 
これがフレイの言っていた祭壇か。

 
『ここに酒をささげろー!』

赤いやんちゃそうな精霊が、元気よく貢物を要求してきた。


「……この祭壇に、酒を捧げろだって。」

火精霊たちの言葉を通訳してフレイに伝えると、フレイはマジックバックから瓶を取り出す。
琥珀色の酒がたっぷりと入った酒瓶を、フレイが手にに持つ。

すると、グイっと引っ張られるように、勢いよくその酒瓶が祭壇の球体に吸い込まれていった。

 
「なんだか、すごい勢いで奪い取られましたねえ。」

これにはヴェスターも苦笑いしていた。
もはや強取されたというほうが、正しいのではないか。

 
酒が球体に吸い込まれると、一瞬だけ炎の球体が眩しい光を纏って燃え上がった。

その光に思わず目を瞑る。


そして、突如として目を開けて現れたのは、宵闇の星空に浮かぶ、美しい白亜の宮殿だった。

丸いドーム型の屋根に、数個の塔が左右にある。
柱と屋根は金色の見事な格子状の装飾が施されていた。一見アラビアン風の城。


そして、城の周りには底の浅い濠に水が張られていた。
星屑の空を映した水面の中を、金魚のような魚がゆらゆらと尾を揺らめかせて泳いでいる。

よく見てみると、それは魚の形をした紅い炎だった。宵闇色を背景に炎の魚が優雅に波紋を作る。


先ほどまで日が高く昇っていたのに、一瞬にして夜闇に変わったのは、そこが精霊の棲み処だからだろう。


「火精霊カリエンタの棲み処は、美しい城だな。」

スフェンの言葉に、俺も静かに頷いた。







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