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第四章 火精霊の棲み処へ
恋情の『好き』
しおりを挟む言葉を紡げば気持ちよくなれると、俺の身体は快感を求めて、我慢できずにイヤらしく蜜を溢していた。
「……ミカゲ、どうされたい……?」
基本普段は俺には優しくて穏やかなスフェン。
こういう、駆け引き見たいな部分では、スフェンは意地悪だと思う。
今日はそれがいつもよりも特別に。
あまりにも恥ずかしくて、俺は何も言葉を紡げず俯く。
こんなの、俺にはハードルが高すぎる。もどかしさと、羞恥と、色々なことが綯い交ぜになって俺は何だか泣きたくなってきた。
そのまま、俺は黙り込んでしまった。
パシャリっとお湯が動く水音が聞こえて、大きな影が俺を覆った。スフェンが、その逞しい腕で、ぎゅっと俺のことを抱きしめてくる。
スフェンの温かな体温が、俺の身体をすっぽりと包み込む。
「………すまない、少し度が過ぎた。」
「………スフェン?」
名前を呼ぶと、さらに腕に力を入れられてぎゅうっと抱きしめられる。
しばらくして、スフェンが身体を少し離すと、エメラルド色の瞳を僅かに歪めて苦し気な表情で俺を見ていた。
「……ミカゲの裸を見たという、その異世界の男友達に嫉妬したんだ。ミカゲは誰から見ても魅力的だから。……私も、嫉妬で狂ってこんなことをするほどに。」
スフェンは俺左手の甲を手に取ると、指先にそっとキスをされる。柔らかな唇の感触が指先に押し当てられた。
まるで、騎士が誓いを立てるような恭しく手を取るキス。
「……好きだ、ミカゲ。」
俺はスフェンの突然の言葉に目を見開いた。
エメラルドの瞳がまっすぐに俺を射貫いてくる。その声音も真剣でどこか緊張しているように聞こえた。
「自分ではどうしようもないくらい、ミカゲが好きだ。」
俺の聞き間違えではなかった。この美貌の人が俺を好きだ言っている目の前の現実が、信じられない。
「……それ、は………」
「仲間としてではない。恋情の意味での『好き』だよ。……出会ったときからずっと、私はミカゲが愛おしくて仕方ない。」
男友達としての好意かと聞こうとした俺の言葉を、スフェンは明確に否定した。
ドキッと、俺の心臓が大きく揺れる。
まっすぐな言葉が俺の心を大きく揺さぶった。
俺は、今までの人生で人から告白されたことがない。
ましてや、恋愛というものをしたことがないのだ。
俺にはまだ、恋焦がれるように人を想う『好き』という感情が分からない。
スフェンのことは、とても好きだ。
俺だけに見せてくれる穏やかな瞳に、頭を撫でる優しい手。
ただ、その『好き』が俺には恋愛から来るものなのか、感情の出どころが分からないんだ。
俺の中で特別な存在であることは、間違いがないのだけれど……。
こんなにも、まっすぐに好意を向けてくれているのに……。俺は正直に、自分の気持ちを吐露した。
「………すまない。スフェン……。俺は、恋情の『好き』という気持ちが、良く分からないんだ……。俺は、恋愛をしたことがないから……。」
うまく言葉が紡げないけど、気持ちがスフェンに届くように、ゆっくりと話した。
「スフェンのことは、好ましく思う。俺にくれた気持ちも、嬉しいよ。」
これが、今スフェンに伝えられる、精一杯の俺の気持ちだった。スフェンは俺の言葉を聞くと、ふわりと優しげに笑って、俺の髪を愛しげに撫でる。
「今はその言葉だけで十分だ。……嫌いじゃないなら、私にもチャンスがあるのだろう?……ほんの少しだけでいい。私をそういう対象として見てほしい。」
スフェンの両手で、左手を包み込むように握られる。きゅっと握られた後に、そっと離された。
少しだけ、スフェンの体温が離れていくのを、名残惜しく感じた。
「……ただ、公衆浴場には一人で行くなよ。個室の貸し切り風呂がある宿もあるから、そこにするといい。……どのみち、その身体は人に見せれないだろうしな?」
悪戯っぽくスフェンが笑い、俺の全身をチラリと見やった。
「…っえ?」
言われた意味が分からず、俺はスフェンの視線を辿って自分の身体を見遣る。俺の全身には紅い痕がこれでもかと、色々な場所につけられていた。
際どい内太腿にも、くっきりと紅い痕がついている。
これって…、キスマーク?
気付いたら物凄く恥ずかしくなって、俺は湯船にバシャンッ、と身体を勢いよく浸からせた。外気で冷えていた身体が、お湯によって温められる。
それ以上に顔が熱くなってしまうのは、仕方ないだろう。
「身体が冷えただろう。少し温まってから上がりなさい。……逆上せるなよ。」
スフェンは颯爽と風呂場を出ていった。
俺は居たたまれなさと、恥ずかしさで、しばらく透明な温泉に浸かっていたのだった。
「……同じ部屋に帰るのに……。」
今までは、スフェンのことをそういう意味で意識してなかったから、目の前で着替えたりするのも平気だった。
今からは、とてもじゃないが、そんなこと出来そうにない。
今日は、ちゃんと眠れるだろうか……。
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