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第四章 火精霊の棲み処へ
露天風呂
しおりを挟む部屋の窓からは、街灯に照らされた街の夜景が見えた。柔らかな光に包まれる街並みは、商業地や王都とはまた違った、落ち着いた歴史ある街並みだった。
「……綺麗だな。」
「……宿でも夕食を食べれるようだが、明日は外で食事をしようか?少し街を散策するのもいいだろう。」
窓から街の様子を見ていた俺の左肩を、スフェンが後ろからそっと抱いてくる。
右側を振り返ると、相変わらず優し気な顔でスフェンに微笑まれた。街の温かな街灯に照らされたスフェンの美貌は、薄暗い中でも金糸の髪が靡いて瞬いていた。
エメラルドの瞳が、目の前で俺を見つめている。
近い距離の美貌に驚いたけど、それ以上に美しい宝石の瞳に魅入られてしまう。しばらく呆けていると、スフェンにクスっと笑われてしまった。
「……そんなに見惚れられると、恥ずかしいんだが?」
「……いや。スフェンの瞳は綺麗だから…。つい。」
単なる光を反射する宝石とは、輝きの奥深さが違う。
他者の光を借りて輝くのではない。
光を自身が身に纏い、真の高貴な輝きを自ら放っているのだ。
俺が素直に見惚れていたことを口にすると、スフェンが目元を右手で覆った。その耳がほんのり赤く染まっているのが見える。
「…はあ、揶揄うつもりが、こっちがやられた……。」
ほんの少しため息を吐くと、スフェンは俺の肩からそっと手を離した。なんだか、体温が離れていくのが少し寂しく感じる。
マジックバックからコマのベッド用の籠を取り出す。
その籠を部屋の隅において、コマとヒスイをそっと寝かした。随分と寝ているようだけど、夕食になったら起きるだろうか。
コマとヒスイが部屋に一緒に泊まることを、ソマレさんは快く了承してくれた。寝ているコマたちを見て、「おやおや。なんて可愛らしい。」と目元を細めていたから、もしかしたらモフモフが好きなのかもしれない。
俺は装備を脱ぎ捨てながら、軽装に着替えていく。
あっ、そうだ。
「……スフェン、せっかくだし、一緒に風呂に入らないか?」
「っ?!」
裸の付き合いって言うしな。
普段お世話になっているスフェンの、背中でも流してあげようと思ったのだ。
こっちだと、そういう文化はないのかな?
「それとも、皆で入ったほうがいいか?大勢のほうが楽しいもんな。」
「ダメだ!!」
スフェンには珍しく、間髪入れずに大声を出されて驚く。軽装に着替え終わっている俺の両手を、スフェンが向かい合ってぎゅっと握りしめてきた。
「……私が一緒に行くから、待っていてほしい。」
なんだか切実に言われて、俺はスフェンの勢いに圧倒されてこくりと頷いたのだった。
宿の内風呂にも興味があったけど、俺たち二人は露天風呂に入ることにした。
入りの扉に掛けてある木の札を裏返して、『使用中』にする。木札には懐中時計に似た魔道具が付いていて、いわゆるタイマーの役割をしているそうだ。
見た目はまんま懐中時計だが、文字盤のところが透明なガラスになっていて、向こう側が見える。
上についた摘まみを、カチッと下に押すと、懐中時計の中心が、少しずつ青色の液体で満たされていく。この液体が上まで満ちるとベルが鳴る仕組みだ。
今から1時間ほど、この露天風呂を貸し切りにできる。
俺は脱衣所でさっさと服を脱いで、腰に布を巻いた。
スフェンには「先に入っていてくれ。」となぜか背中を向けて言われた。まだ、服を着ているのか。
風呂場の引き戸を開け、白い湯けむりがふわっと前を通り過ぎていくと、視界が開けた。暗い灰色の石畳が敷かれた中央に、岩に囲まれた円形の湯舟が見えた。湯舟の端からは、お湯がコポコポと湯船に流れ落ちていた。
中々に湯船は広くて、大人が5人は余裕で入れそうだ。温泉の色は無色透明。
周囲は木製の壁で目隠しをされているが、上を見上げれば満点の星空だ。
そして、石畳の所々に見覚えのある鉱物の結晶が置かれている。透明な鉱石の中に、水泡のような光が浮いた石。これって……
「……光露石?」
光露石を加工しているのだろう。角の多い星の形をした光露石が点々と置かれていた。ほんのりとした橙色の光で星空を邪魔しない様に、控えめに灯っている。
華美ではないシンプルな装飾が、一層のこと夜空を惹きたてていた。なんとも上品で、それでいてゆったりと、包み込むように心地いい。
風呂場の入り口から、すぐ右には身体を洗うシャワーや椅子が設けられている。俺が洗い場で身体と頭を洗おうとしていると、スフェンが腰に布を巻いて風呂場に入ってくる。
白い肌に、鍛えられた無駄のない筋肉。
俺よりも逞しく男らしい身体に、古傷の跡が所々ある。まるで、彫刻のような肉体美だ。
……イケメンは、身体もイケてるんだな。
あまり、人の身体をじろじろ見ても失礼だろうから、さっと視線を外して身体を洗うことにした。
爽やかな柑橘系の匂いがする石鹸を、目の粗いタオルでもこもこと泡立てる。泡立ちが良すぎて、全身が泡だらけになってしまった。
その様子を隣に座ったスフェンが見ていたようで、クスクスと笑っている。子供のような生暖かい目で見られて、なんだかムスっとしてしまった。
そうだ。いいこと思いついた。
「……スフェン、背中流そうか?」
「……っ?!」
スフェンが大きく目を見開いたまま、固まってしまった。
あれ?
なんか俺変なこと言ったかな?
俺が泡まみれだから、スフェンにも一緒に泡まみれになってもらおうと思ったんだけど。
「俺の故郷では、親しい者同士がお風呂で背中を洗い合うんだよ。……だめか?」
こう説明すれば、スフェンも納得してくれるのではないのだろうか?
それとも、ナイアデス国には『裸の付き合い』という概念はないのかな。そうなると、身体を他人に触られるのは嫌かもしれない。
俺は少ししょんぼりとしたと思う。
「……俺に身体を触られるのは、やっぱり嫌かな……。」
「そんなことない!……ただ、少し驚いただけで……。その、お願い、してもいいか……?」
遠慮がちにスフェンが返事をしてくれる。きっと、俺に合わせてくれたのだろう。嫌そうな顔をしていないから、大丈夫かな。
なんだか嬉しくなった俺は、スフェンに日頃の感謝の気持ちを込めて、気持ち良くなってもらえるように頑張ろうと思った。
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