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第四章 火精霊の棲み処へ
温泉街イフェスティア
しおりを挟むエーデルベルクの街から出立した俺たちは、次の目的地である火精霊カリエンタの棲み処に向かっていた。
火精霊カリエンタの棲み処は王都の南側に位置する。エーデルベルクから南西方向に向かい、馬で5日ほどかかる場所だ。
街に向かう途中で野宿をしつつ、魔物を倒しながら旅は順調に進んだ。
皆、マジックバックを携帯しているので、荷物も軽量で済んでいる。テントや食料は分担して収納していた。
俺とフレイ、スフェンのは自前(俺の場合はベリルからのプレゼントだが……。)のマジックバックだ。
他3人のものは、なんと皇太子殿下からのプレゼントである。
確か、マジックバックって、高価で貴重なはずなんだが……。皇太子殿下は太っ腹である。
ちなみに、俺はパーティー内で料理担当になった。
皆が異世界の料理に興味津々で、豚に似たワイルドボアという魔物の「生姜焼きモドキ」は好評だった。
「野宿でこんな美味くて、暖かい料理を食べれるなんて……。贅沢が過ぎるな。」
スフェンは苦笑していた。
冒険者の野宿は、食事の際携帯食料が基本らしい。俺は一人で野宿するときも、簡単な料理を作っていたから知らなかった。
俺の料理をコマがいたく気に入って、いつも「おなかすいたー。なんか作ってー。」とせがむから、一人と一匹の食事を用意していたしな。
そんな、食いしん坊の黒狼は今、スヤスヤと眠っている。
俺が肩から下げている革製のカバンに、コマは大人しく入っていた。馬に乗っているときは、俺はこのカバンをお腹辺りに抱えている。
コマがカバンの中で丸くなり、ヒスイがコマのお腹辺りに顔を乗せている。
ぺったりと腹這いになって、コマにくっつき寝ているヒスイ。時々ヒスイの小さな羽根が、ぴくぴく動くのが可愛い。
「イフェスティアと言えば、温泉でしょ!」
火精霊カリエンタの棲み処は、火山の近くにある。
火山近くには、有名な温泉街イフェスティアがあるらしい。今回は、その街に滞在する予定だった。
馬に乗りながら、ツェルが楽しそうにはしゃいでいる。
「この世界にも、温泉ってあるんだな……。」
ナイアデス国では、一般家庭ではシャワーのみが基本だ。風呂場には湯舟がない。
家に湯舟のついた風呂場があるのは、お金持ちの一種のステータスだ。公衆浴場もあるが、平民が毎日浸かりに行くことはない。
俺も久々に湯舟にどっぷりと肩を浸からせたい。
温泉という言葉に心無しか自分も、浮ついた気持ちになる。
「……ミカゲは、温泉が好きなのか?」
しみじみと俺が温泉に思いを馳せていると、スフェンが横から聞いてくる。
「ああ。故郷の日本という国は、皆お風呂好きなんだ。一般家庭にも湯舟があって、毎日入っていた。温泉は、身体の不調を整えるとか、健康面でも良いとされていたな。俺も久々に肩まで湯に浸かりたいよ。」
せっかくなら色々な温泉に入りたいなー。
日本だと檜風呂や、露天風呂がある。こっちはどんな風呂があるのだろう。
乳白色のにごり湯とか、透明でもとろみのある水質だとか……。その泉質も気になるところだ。
「……ふふ。温泉のある宿にしよう。……だが。……いいか、ミカゲ。公衆浴場には絶対に一人で入りに行くなよ。絶対に。約束だからな。」
なんだか怖い顔をして、スフェンが俺に念を押してくる。
やっぱり、この髪色が目立ってしまうからだろうか……。
「……分かった。」
少し残念な気持ちもあるが、仕方ない。しぶしぶ俺は了承するのだった。
エーデルベルクを出発して5日目の夕方、俺たちは無事に温泉街イフェスティアに到着した。
関所で身分の確認をされた後に、街に足を踏み入れる。
「……すごい。」
どの建物も職人の意匠を凝らした建築物だ。
全体的に暗めな石造りの建物は、アーチ状の窓に幾何学模様の格子をはめて装飾している。
屋根は渋い暗緑色で統一されていた。
大通りは、老舗の温泉旅館が軒を連ねて、なんとも古風でノスタルジックな雰囲気だった。
街道には点々と街灯が設置されている。
夕闇から夜に変わる薄暗い空に、その暖色の柔らかな灯りが一層綺麗だ。
街を歩く観光客たちは、ゆったりとした雰囲気を楽しんでいた。
街の中心には川が流れていている。その川からは湯気が立っていて、水ではなく温泉が流れているようだ。
温泉の川にはアーチ形の石橋が掛けられ、下を見下ろす人たちや、散策を楽しむ人たちで賑わっていた。
ファンタジー世界の温泉街は、日本とはまた違った趣で美しかった。
「ここは保養地としても有名だからな。……あっちは歓楽街になる。ミカゲは一人で行かない様に。行きたいときは必ず誰かを連れていくこと。」
スフェンが指差した方角は、大通りから道を外れた場所だった。
チラリと様子を見ると、薄いヒラヒラとした素材の服を着た、豊満な胸のお姉さんが男性客に手を振っている。どうやら、大人の世界らしい。
他の皆も、「フードは取るなよ。絡まれるといけない。」、「知らない人に声を掛けられても、着いていってはだめですよ。」、「ミカちゃんが街に行くときは、オレと手を繋ごうね。」と散々な言いようだ。
というか、あとの二人は完全に悪ノリのような気がする。
……俺は、一応成人男性なんだが?
子供と勘違いしてないか?
皆が俺に過保護になっている様子に、フレイが腹を抱えて笑っていた。
「……宿はここがいいだろう。空いていると良いんだが……。」
フレイは過去に、イフェスティアに来たことがあるらしい。地理や建物も把握していたため、宿探しもフレイに任せたのだ。
滞在地として選んだのは、大通りから少し離れた場所にある、こじんまりとした宿だった。
ひっそりと佇むその宿は、小さいながらも洒落た雰囲気のある建物だ。
入り口の扉近くにぶら下がっている看板には、三日月を見上げる猫の絵が描かれている。
冒険者が泊るには少し値が張るが、温泉付きの宿を選んでくれた。
普通の冒険者であれば、冒険者ギルドに泊まるのが一般的だ。冒険者ギルド内に、簡易的な宿泊施設が設けられており、冒険者だと安く寝泊まりできるのだ。
ただ、さすがに元第三王子であるスフェンを、冒険者ギルドで寝泊まりさせるのは気が引ける。
あそこは、合宿所みたいな感じだもんな。
宿の扉を開けると、中央に木製カウンターが見えた。
カウンターの後ろには、壁と一体になった10個の引き出しがある。どうやら、この宿の受付のようだ。
カウンターの右奥から、一人の男性が現れる。
「ようこそ、夜猫亭へ。ご宿泊のお客様ですか。」
ゆったりとした声で迎え入れてくれたのは、眼鏡をかけた穏やかな初老の男性だ。
フレイの姿を見て「おや。」と、ゆったりとした口調で驚いていた。
「これはこれは、フレイ様。いつも当宿をご贔屓にしていただき、ありがとうございます。……今回は6名様でしょうか?」
「久しぶりだな、ソマレの旦那。急ですまないが、部屋は空いていそうか?」
フレイがいつも行きつけにしている宿のようだ。
ソマレという名の男性と気さくに話をしている。
「確認いたします……。2人部屋でよろしければ、ご用意できます。滞在期間はどのくらいですか?」
ソマレさんは帳簿のようなものを、ぺらりと捲って、再度フレイに視線を戻した。
「10日ほどを見込んでいる。長くなる場合は、事前に伝えようと思うのだが……。どうだろうか?」
「……ええ、問題ございません。今はちょうど閑散期ですから。延泊する場合は、3日前にお申し付けください。」
10日分の宿泊料を前払いで支払い、俺たちは宿を案内された。
先ほどの受付カウンターの右側が食堂になっていて、左側は2階、3階と続く階段があった。
木製の階段を上がると、客室に繋がっている。
客室は全10部屋で、シャワー付き。全室が街道側に窓を設けているそうだ。
1階から3階まで吹き抜けになっていて、天井からは角の多い星型のランプ数個と、三日月型のランプ1個が吊るされていた。
ランプの高さをまばらに吊るして、夜空を思わせる。
宿全体が少し可愛らしい雰囲気だ。
そして、この宿には室内の湯舟のある風呂のほかに、露天風呂があった。
どちらも入り口の扉に札を掛けると、1時間ほど貸し切りで利用できる。なんとも豪華だ。
俺たちの部屋は2階になった。部屋割りは、スフェンと俺、ヒューズとヴェスター、ツェルとフレイが同室だ。
部屋の扉を開けると、左側にベッドが2つ、右側には小さな簡素な机。窓際にはテーブルとイス2脚が設けられていた。
室内はシンプルだが清潔感がある。
部屋の窓からは、街灯に照らされた街の夜景が見えた。
柔らかな光に包まれる街並みは、商業地や王都とはまた違った、落ち着いた歴史ある街並みだった。
「……綺麗だな。」
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