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第三章 風精霊の棲み処へ
チビドラゴン
しおりを挟む「……おはようミカゲ。気分はどうですか?」
目覚めると紫色の瞳を心配そうに揺らすヴェスターの顔が映った。穏やかな声音は、耳に聞いていて、ほっとする。
……あれ?
でも、俺は確かスフェンの部屋に行って、確か……。
「っ?!」
「うわっ。突然起きると眩暈がしますよ。」
昨日のスフェンとしたことを思い出して、俺は居れも経ってもいられずガバリと身体を起こした。
そして、ヴェスターの言うとおり眩暈を起こして、また枕に後頭部を鎮める。
何やってんだろ、俺……。
「まだ、体調は戻っていないはずです。ここは私の部屋と続きになっている、医者助手用の部屋です。当分の間、容態が良くなるまでは、ここに泊まってもらいます。」
ヴェスターの泊っている部屋は、元々は往診にきた医者が寝泊まりするような場所らしい。
医者は貴族の館に泊まり込みで往診する際、必ず助手を連れて来る。
そのため、隣に助手の部屋が用意されているのだ。医者の部屋と扉一つで繋がっている。
「……俺は、どのくらい寝ていたんだ…?」
「ミカゲが眠ってから、今は次の日の夕方です。ちょうど夕食の時間ですね。」
どうやら、1日中眠っていたようだ。
それでも、以前よりは回復が少しばかり早い。
あんなに魔力を譲渡されたからな……。
思い出すと顔から火が出そうだ。
そんなことを考えている間、ヴェスターは俺の身体に両手を向けて、ゆっくりと頭の先から足先に向けて動かしていた。
金色の光がヴェスターの手を覆っているから、診察していることが分かる。
「…よし。しばらく大人しくしていれば、回復も早いでしょう。夕食は食べれそうですか?もし、食べれそうなら一緒に食堂に行きませんか?」
身体のだるさも以前よりは感じない。これなら、みんなと同じ食事をしても問題ないだろう。
「ああ、大丈夫だ。もちろん、俺も行く。」
騎士団寮の食堂に行く前に、俺はヴェスターにお願いをしてスフェンの部屋に寄り道をした。
アウラドラゴンの卵のことが気になっていたのだ。
コンッ、コンッと控えめにノックすると、「はい。」とスフェンの毅然とした声が聞こえてくる。
「ミカゲです。」と俺が返事をすると、バタバタと小刻みに走る音が聞こえて、扉がガチャンッと勢いよく開いた。
「ミカゲ!目を覚ましたのか?……体調は大丈夫か?」
スフェンの余りの勢いにびっくりして、俺は固まってしまった。
俺の後ろでは、ヴェスターがクスクスと笑っている。
「…ヴェスターも一緒か。」とばつが悪そうに顔をして、スフェンは俺たち二人を部屋に招き入れた。
「ミカゲを診察しましたが、枯渇状態もだいぶ落ち着きました。しばらく大人しくしていれば、完治しますよ。……大人しくね?」
そう言って、俺の左肩を後ろからポンっと叩いたヴェスター。振り向くと穏やかな笑顔だけど、有無を言わせない圧を感じる。
軍医様、怖い。
なんか、背後に暗黒騎士が見える。
「……スフェン、卵を預かってくれてありがとう。」
「…ああ。ミカゲの従魔が傍を離れないようにしていたぞ。」
そういえばコマは、俺たちが風精霊の棲み処に行く前に「おつかい行ってくるー。」と言ってどこかに出かけて行ったのだ。
どうやら、いつの間にか帰ってきたようで、今はオーロラ色の卵を丸くなった体勢でお腹に抱え込んでいる。モフモフの毛並みに卵が埋もれていた。
「その従魔が、これを持ってきた。どうやら、卵から生まれた者用らしい。」
そう言ってスフェンが取り出したのは、霞模様の首輪だった。ちょうどコマが着けている首輪と似ている。この首輪を、コマは取りに行っていたようだ。
『ミカゲー。もうすぐ生まれるよー。』
卵を抱えていたコマが、皆に聞こえるように『キャンキャンっ』と鳴いた。その鳴き声で皆が一斉にコマと卵を見る。
「えっ?」
コマののんびりとした声を聞いたが、内容は急を要してないか?
ていうか、コマの抱えた卵が、ピクピクっと小刻みに動いているように見える。
「ミカゲ?どうした?」
俺の驚きの声に、スフェンが訝しげに訪ねてきた。
「いや、コマがもうすぐ卵から生まれるって。」
「「えっ?」」
二人が疑問を口にした瞬間、オーロラ色の卵が眩しい光を放って、辺り一面が真っ白に包まれる。
あまりの眩しさに目をぎゅっと瞑ってしまった。
光はすぐに収まり、卵のあった場所に目を向けたときだ。
『くわぁっ。』
ドラゴンの卵から生まれたのは、両手に納まる大きさの小さなドラゴンだった。
白色に近い薄緑色の毛色。
長毛でふわふわした身体。
鳥のような立派な羽根を、背中に生やしている。
尻尾は長く、トカゲのように先っぽが細くなっていた。
瞳の色は若葉を思わせる黄緑色。
頭の上には、猫よりも長くツンとした耳。
そんな小さなドラゴンが、くわぁーと言いながら小さな口を開けて、欠伸をしている。
そして、目をシパシパさせて辺りを見回している。
「……かわいい。」
そのふわふわの、小さなドラゴンは俺のほうを見つめると、こてんっと首を傾げていた。
『かわいいでしょー!ぼくのおとうとにするんだ!』
「えっ?コマの弟にするのか……?というか、できるのか?」
というか、そのために卵のそばにずっといたのか??
『くしゅっ、しゅんっ』
小さな白いドラゴンがくしゃみをした途端、部屋の中につむじ風が起こって、窓のカーテンが大きく揺らいだ。ついでに、スフェンの執務机に置いてあった書類も宙を舞った。
「冷えてしまったのですね。身体を温めましょう。」
さすが軍医のヴェクター。俺とスフェンはバタバタとヴェスターの指示に従い、産湯や産着の代わりとなるものを用意したのだった。
小さなドラゴンを産湯に浸からせると、頬をぽっと赤らめて目を細めるている。ホカホカして気持ち良さそうだ。
そんな様子を見てほのぼのとしていると、不意にコマから念話で聞かれた。
『なまえー、なににするの?ミカゲー。』
名前か……。
コマにそう問われたときに、俺はある言葉がふと頭に浮かんだ。
「……翡翠。」
瞳の色と羽根の色がその宝石を連想された。
エメラルドよりも優しい淡い色合いの宝玉。
『ぷにゃ。』
俺が名前を呼ぶと、『わかったー』みたいな感じで鳴いた子ドラゴン。
鳴き声がなんとも、ふにゃふにゃだ。
猫なのか?犬なのか?みたいな、ちょっと間の抜けた感じが可愛い。
どうやら、名前はお気に召したらしい。産湯から上げられて身体を拭かれている。うん、白っぽい毛並みがふわふわで可愛い。
『ヒスイかー。いいなまえー。』
そう言ってヒスイの元に近づいて頬ずりをするコマ。なんだこのモフモフ空間は。
小動物の戯れを微笑ましく見ていると、コンコンっと扉を叩く音が聞こえる。
「失礼します。ドラゴンの卵が孵って忙しいと聞いて、3人の食事をお持ちしました。」
ヒューズとフレイ、ツェルが俺たちの食事を運びに来てくれたようだ。3人が部屋に入ると、やはりさっそくヒスイのほうに皆が集まっている。
「……これがチビドラゴンか。」
「ちっさ。いっちょ前に羽根あんじゃん。」
「本当に可愛いな。名前はヒスイにしたんですね。」
ヒューズは卵が孵ったと聞いて、人肌に温めたミルクも用意してくれていた。
俺はヒスイを抱き上げて膝の上に座らせると、スポイトでミルクを少しずつ飲ませる。
美味しそうに目を細めながらごくごくと飲み干す姿は、なんとも愛らしい。
あっという間に飲み終わると、『けふっ』と小さなゲップをして、そのままスヤスヤと眠ってしまった。
スヤスヤと眠るヒスイを、毛布を入れた籠の中にそっと眠らせる。コマが傍に寄り添って寝てくれるから、頼もしい。本当に弟にするんだな。
落ち着いたところで、食事を取る終えると、スフェンが皆に話があると切り出した。
「全員集まっているし、丁度いい。アウラドラゴンの話で気になる部分があった。皆とも意見を交わしたい。」
俺たち6人は、スフェンの部屋にあるソファに腰かけた。
シンプルなデザインの砂時計を、スフェンがマジックバックから取り出した。ローテーブルに置いて逆さにする。
紫色の砂が下に落ちた瞬間に、ヴゥンと音がして室内に結界が張られた。おそらく、遮音結界だろう。
「魔石について、アウラドラゴンはこう言っていた。『人間の存在自体が忽然と消えて、魔石だけが地面にあった』と。その状況から、一つ心当たりのある魔法がある。」
「……強制魔力付与。禁忌魔法だ。」
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