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第三章 風精霊の棲み処へ
最高の獲物 (???side)
しおりを挟む【???side】
ここは邪な人間が多い場所のようで、非常に心地よい。
我が憑依した人間は中々に、この世界では高位な人物だったようだ。多くの人間が我を毎日敬い、世話をして傅く。
我の言葉に涙を流して聞き入る人間もいて、それはそれは愉快で滑稽だ。
豪華な部屋も申し分ない。我の好きな光り物の装飾がたくさんある。金、銀は我によく似合うし、宝珠は色とりどりで実に我に誂えたようだ。
唯一の欠点はこの醜悪な器か。
この欲にまみれきった人間は、顔にまで欲望が滲み出た下品な顔だ。なんとも醜く汚い。
それも、もう少しの辛抱だろう。
いずれ捨てて、別の人間にまた憑りつこうではないか。
血のように赤いこの酒は、果実の香りがして中々に旨い。
背の高い、この透明な器に注ぐとより一層その美しい色が際立って、我の血への渇望が滾るというものだ。
我は苦しみや怒り、恨み、欲望というものがとても好きだ。
そのすべてがどこか暗く淀んでドロリとしている。
ドロリとした暗闇は簡単に人間の心を染めて、その染まった心は我の餌となるのだ。
特に美味なのは、潔白であった心が絶望に染まったもの。
あのなんとも言えない、果実のようにみずみずしく、それでいてトロリと舌に残る甘美な味。
餌は我の腹と身体を満たし、血は我の精神を滾らせてさらに力を増していく。
……ああ、早くこの世界の上質な魂を喰らいたいものだ。
そして、絶望に満ちた世界はとても美しいだろう。
今夜も、我が果実の芳醇な香りのする酒に酔いしれていると、頭の中で『パキっ』と硬いモノが壊れる音が聞こえてきた。
途端に、我はその不快な音に眉をしかめる。
邪気を帯びた石は、この地の『精霊』とやらの存在にあわせて、6つ用意させた。
何でも生命の源とされている存在らしい。
そのうちの2つを壊され、今3つ目の石も壊されたようだ。
半分も壊されるとは、少し予想外だ。
全く、遣えん人間どもだ。
せっかく、とっておきの術具の知恵をくれてやったというのに。
……まあ、良い。あの石は元々、時間稼ぎのようなものだ。
試しに術具の石を作らせて、どういった力があるのか確かめるためだった。
中々にこの術具の石は面白い。
生き物自体に根を生やし、身体を変形させたり、思考を乗っ取ることも可能だ。
邪気を放つだけではなく、魔力を吸い上げることもできた。
この界渡りのために力を多く使ったが、吸い上げた魔力が上質だったのか、力がだいぶ戻ってきた。
そろそろ、我も動き出すとしようか。
透明な器の酒を煽りながら、手にほんの僅かに力が籠る。
2つ目の魔石を壊されたとき、魔物とやらの視界から見た光景。
魔物に攻撃を仕掛けてきた男を見た我は、舌打ちをした。
神力が強い者の特徴である、雪のように真っ白の髪。
怪しげに蒼く光る黒曜石の瞳。
神刀は我を封印したときのそれだ。
そして、あの浄化の力は我を封印した陰陽師そのものではないか。
忌々しい。
あの世界から、奴の先祖が追いかけてきた。
しかも、始祖と同じぐらいの強者。もしくは、それ以上か。
先祖返りとは、なおさら腹立たしい。
別の世界へ界渡りをしたというのに、どこまでも我の邪魔をしてくるつもりか。
やはり、あのときに根絶やしにすべきだったか。
……だが、二度目はない。
我を愚かにも何千年もの間、封印していた罪は重い。
その報いを、しかと受けてもらおうか。
この世界の魔物は邪気に良く反応する。餓鬼たちよりも力が強くて、中々に知能も高い。なにより、獣の本能で血を求めているのがなんとも好ましい。
人間を滅ぼすのも簡単であろう。
そして、この人間の地位も、利用するのに越したことはない。
それにしても……。
初代はなんとも太々しく、忌々しい男だったが、今世の者は実(げ)に美しい。
あの神社にこのような者がいただろうか。
……いや、これはワザと隠されていたな。
かの者の存在を知っていたのなら、ここに来る前に真っ先に喰っていたであろう。
その清らかな心は、まるで穢れを知らない。
最高に上質な獲物だ。
汚して、いたぶって、穢したくなる。
清い魂は、絶望に染まると
それはそれは、大変美味であろう。
思わず舌舐めづりをしてしまうほどに、惹かれてしまう。
さあ、ほんのひとときの戯れを
一緒に楽しもうではないか。
せいぜい、足掻いて、藻掻いて、苦しむがいい。
そして、絶望に染まって熟したその清い魂を
味わって食すとしよう。
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