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第三章 風精霊の棲み処へ
ドラゴンに守られた街
しおりを挟む「紅炎騎士団の皆さん、よくぞ来てくださいました。私はエーデルベルク領主、ノトス・エーデルベルクと申します。魔物討伐のために、我が領に来てくださったこと、心から感謝申し上げます。さあ、長旅でお疲れでしょう。今夜はゆっくりとお休みください。」
そう言って俺たちに挨拶をしてくれたのは、エーデルベルクの領主様だった。
領主様が直々に歓迎してくれるなんて、謙虚で真面目な方なのだろう。
40代くらいの、明るい茶色の髪をオールバックにしている、優し気でダンディなイケオジだ。
黒色の裾の長いコートを羽織り、金糸と深緑色で風を思わせる見事な刺繍がされていている。
コートの中はフリルの付いたワイシャツに、黒色のズボン。あんまり着飾らない領主様なようだ。
面白いのはコートの左胸部分に刺繍された家紋で、ダイヤのような宝石をドラゴンが尻尾で抱えて、羽根を広げているものだった。
「エーデルベルク領主様直々の歓迎、痛み入ります。私は紅炎騎士団団長、スフェレライト・クリソン・グランディアと申します。後程、改めて御挨拶に伺いたく存じます。」
左手を胸に当てて、少し身体を前に傾ける騎士の礼を取りながら、スフェンが挨拶をする。
俺たちもそれにならって、一斉に騎士の礼を取っていた。
「ええ、ぜひ夕食をご一緒にと思っておりました。騎士団の皆さまにも、詰所に料理を用意しておりますので、ぜひ地元の味を楽しんでいただきたい。」
そう言って柔らかな微笑を浮かべたエーデルベルク領主様は、「では、また後程。」と言って領主の館へと颯爽と去っていった。
しばらく、ノトス様を見送っていたあと、領主の後ろに控えていた、もう一人の男性が話しかけてくる。
「お久しぶりです。スフェレライト団長。皆さんも長旅お疲れさまでした。私は緑炎騎士団エーデルベルク支部長のラフィーガと申します。皆さんを騎士団寮にご案内します。」
黒色の騎士団服に深緑色のコートを着た、30代くらいの男性は支部長だったのか。
俺たちはラフィーガ支部長に案内され、騎士団寮へと案内された。
騎士団の寮は、門と同じように石造りのシンプルなデザインの3階建て。茶色の扉を開けると中央に階段があって各階に繋がっているようだ。
1階は会議室や食堂、2階から上が居住スペースとのことだった。
荷降ろしを終えたところで、領主様の従者が夕食の準備ができたと迎えに来てくれた。
夕食をともにするメンバーは、スフェン、ヒューズ、フレイ、そしてなぜか俺。俺が行く理由は、『領主の話に邪神の手がかりがあるかもしれない。一緒に聞いたほうがいい。』とスフェンの提案からだ。
従者の人に案内された領主館は、さすがの大きさで横にも広かった。品よく装飾された室内は落ち着いた雰囲気で、領主様本人を表しているようにも思えた。
食堂に赴き席に着くと、ノトス様がやってきて夕食をごちそうになる。
夕食を食べ終えて食休みのお茶を飲みながら、俺たちは領主様と話をしていた。
「他の街に比べ被害は少ないですが、最近鉱山に、この辺りで生息しないはずの魔物が住み着いたようなのです。実際に、魔物の影響で採掘ができない場所も出ています。……必要な物資があれば、何なりとお申し付けください。」
この辺りに生息していない魔物が出てきた……。おそらく邪気のせいで狂暴化した魔物から逃げてきたか、あるいはその魔物自体が狂暴化しているか……。
「エーデルベルク領主様の寛大なお心と、御尽力に心から感謝いたします。それにしても……。今まで鉱山には凶悪な魔物はいなかったのに、不可解ですね。」
スフェンが俺の代わりに、邪神の手がかりを聞き出そうとしてくれているのだろう。俺はスフェンに感謝しつつ、黙って話を聞いていた。
「……ええ、原因は分かっていません。鉱山はアウラドラゴンに守られた場所です。今までに強い魔物は住み着いたことが無いのですが……。」
アウラドラゴン。
ドラゴン自体がこの国では伝説の生き物だ。
アウラドラゴンは、その中でも風魔法を得意とするドラゴンである。
「この街は、至る所にドラゴンが飾ってあるでしょう?昔、鉱山で崖崩れが起こったときに、アウラドラゴンが風を起こして岩を飛ばし、人々を助けてくれたという、言い伝えがあるのです。そこから、街の守り神としてアウラドラゴンが祀られています。」
沈んでいたノトス様の声が、後半になるにつれてだんだんと熱を帯びていく。
なんだか、アウラドラゴンの話になったら興奮したように話が進む。
「ほかにも、アウラドラゴンが人になって街に遊びに来ていたとか。好きなお菓子は雲菓子だとか。街にはアウラドラゴンにまつわる話がたくさんあります。我が領の名物に雲菓子があるのも、その話が由来です。」
ノトス様はとても楽し気に、興奮気味に教えてくれた。
ダンディなイケオジの目がキラキラと輝いていて、アウラドラゴンに対する憧れや尊敬の念が伝わってくる。
本当に、アウラドラゴンが好きなんだな。
「相変わらず、アウラドラゴンがお好きなようだ。」
スフェンが楽しそうに、少し苦笑気味に笑っている。
領主様ははたっと現実に戻ってきたようで、恥ずかしそうに咳払いをした。
「……これは失敬。つい、熱くなってしまいました。」
ダンディなおじ様が少し頬を紅く染めてる姿は、なんとも可愛らしい。
そんな話や、明日からの討伐計画について話をして、ノトス様との食事会は終わった。
邪神の手がかりになる情報は無かったが、この領が繁栄しているのは、ノトス様の実直な人柄と手腕だろう。
翌朝になり、俺たちは風精霊アニマの棲み処へ向かって馬を進めていた。エーデルベルクの街から少し離れた鉱山の端に、精霊の棲み処はあるようだった。
スフェンに風精霊の棲み処の地図を見せると、ふむっと言いながら呟いていた。
「このあたりには、確か遺跡があったはずだ。」
鉱山地帯は、キンっ、カンッと硬いモノを金属で突く音がそこかしこから聞こえて、トロッコの線路が地面には設置されていた。
エレベーターのような道具が崖に備え付けられ、トロッコの荷台には日の光を浴びて輝く宝石が積んである。どこからか、リズムの良い歌も聞こえてきくる。
その賑やかな鉱山地帯を通り過ぎると、青々とした森が遠目に見えていた。
地図で示された場所は、どうやらこの森の中にあるらしい。
馬では森に入れそうにないと判断し、俺とスフェン、フレイ、ツェルベルト、ヒューズ、ヴェスターの6人と、騎士団の半分が森に入った。
他の騎士団の皆は森の入り口で待機してもらう。
森の獣道を少し進んだところで、俺の周りに緑色の光がふよふよと集まり出す。
星型の襟の先に緑色の石をつけた服を着た、風精霊たちだ。
子供のような容姿をしている精霊たちは、いつもなら楽し気に羽根をパタパタさせて飛び回る。
しかし、今回はなにか様子がおかしい。
今まで会った精霊たちの楽し気な様子とは違う。
どこか、焦っている?
『こっち!アニマはこっちだよ。』『いそいで。はやくきて!』と、口々に精霊たちが早く来いと言っている。
一体、どうしたのだろうか。
精霊たちの光はスフェンにも見えているようで、いつもと違う様子にスフェンも違和感を感じたようだ。
「スフェン、精霊たちが早く来いと言っている。急ごう。」
「ああ、分かった。」
精霊たちに導かれるまま、俺たちは速足で風精霊の棲み処に向かった。
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