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第二章 王都への帰還
精霊王ベリルとの再会、和弓
しおりを挟む王都に到着して数日後、俺は、スフェンとコマと一緒に聖殿に来ていた。
俺がスフェンに聖殿の場所を尋ねると、「私も一緒に行こう。」という話になったのだ。
迷子になるといけないからと、俺はスフェンと手を繋いで歩いていた。なんだか、あのキス以来、スフェンのスキンシップが増えた気がする。
ナイアデス国は異性同士だけでなく、同性同士でも結婚が可能だ。
街を歩けば同性で抱き合ったり、手を繋いでいる人たちを良く見かけた。特に跡目争いがある貴族や商家では、同性同士の結婚を推奨されることもあるらしい。
俺もヒューズたちに教えられ、「ミカゲは、特に男に注意しなさい。」と言われた。
こんなひょろくて弱っちく見える俺を、恋情の目で見る男性なんていないだろう。相当な物好きだと思う。
キスをされた後も、スフェンは普通に仕事をしていた。やはり、あれは医療行為だったのだろう。
あの口づけを時折思い出してしまうのは、きっと羞恥のせいだ。
俺たちの横を、コマはてち、てち、てち、と小さな足を動かしながら付いてくる。コマもベリルに会いたがっていた。
地理的には、王城、神殿、聖殿と言う具合で、それぞれ王城から歩いて直ぐのところにあった。
途中で神殿の前を通ったため、足を止めた。神殿は、傍から見ても豪華だった。
入り口へと長い階段が続き、女神やら天使やらの彫刻が壁面にたくさん彫られていた。
石柱を敢えて見せた建物で、何本もの石柱が屋根や床を支えている。全体的にゴテゴテしている。
……こう、「神は偉大なり!」みたいなのを強調した建物だった。
神殿に比べて聖殿は、質素な印象だ。
外観も派手な彫刻は無いが、よく壁面を見るとアラベスク模様が控えめに彫られている。
中に入ると落ち着いた色合いのベージュの石床。
アーチ状の屋根に小窓が数個付いていて、中央の広間に優しい光が降り注いでいた。
白や緑、茶色のモザイクタイルで、細やかな花模様が施された天井。その天井からは、大・中・小の3つの輪が連なって吊り下げられている。
下になるほど大きくなる輪には、沢山のカンテラが下げられていた。カンテラは上の金属部分が花のような形で、輪にはツタの模様が施されている。
輪になって花が咲いているようだった。
「私は、神殿よりも聖殿のほうが好きだ。落ち着いた雰囲気で、迎え入れてくれる感じがする。一人になりたいときはよく来ていた。」
そうスフェンが教えてくれた。俺も聖殿のほうが落ちつくなと素直に思った。
広間にあるベンチの波を抜けて、礼拝場所に赴く。
礼拝場所の目の前には精霊王ベリルの石像が置いてある。本人よりもいささか大きくて、荘厳な感じだ。
礼拝の仕方はスフェンに教わった。胸の前で両手を組んで、片膝をつく。右隣にはコマがお行儀よく小さな両前足をそろえて、お座りをしていた。
瞼をゆっくりと閉じて、俺はベリルに会えるように祈りを捧げた。
しばらくすると、俺の周りの空気が変わったのを肌で感じた。目をゆっくりと開けると、そこは懐かしく、いつも揺蕩うように心地よい場所だった。
星空のアーチ形の天井に、草花模様の彫刻の壁。温かな風の吹く清廉な室内。
白銀で毛先が水色の長髪を、ふわりと風に靡かせている。薄い緑色の垂れ目を細めて、より優し気な印象で微笑んでいた。
緑色の中に、小さな光が漂っているような幻想的な瞳。
裾の長い白色の布が幾重にも重なった服は、神聖なこの場によく似合っていた。
『……美影、会いに来てくれて嬉しい。』
柔らかな、人を包み込むような男性の声。
精霊王ベリルは、床に片膝をついた俺の右手を取って、そっと立ち上がらせた。
「久しぶりだな。ベリル。また会えて嬉しいよ。」
『ひさしぶりー。精霊王。』
俺はベリルの美しい薄緑色の目を見ながら、にこりと微笑んだ。ベリルと話をすると、心穏やかになれる。春のゆったりとした風が、身体の中を抜けていくような感覚だ。
ベリルは身体を屈め、俺の足元にいるコマの頭をモフモフと撫でたあと、俺と向き直った。
『実はちょうど、美影に渡したいものがあったのです。さあ、手を出して。』
俺はベリルに言われるまま、両手を前に出して、手の平を上に向けた。ベリルが俺の両手に右手を翳す。
金色の粒子の光が俺の両手に集約され、何か形成し出した。光が収まると、俺の両手には確かな重みが残った。
「っ!これは!」
両手にそっと置かれたのは、艶のある黒色の和弓だった。全長はゆうに2メートルを超える。
俺が日本で使っていた和弓にそっくりだ。上から三分の二の高さの部分には、雪結晶の模様をした握り皮が巻かれている。
『ミカゲの使っていた弓と同じように作りました。こちらには和弓がないでしょう?壊れないようにしておいたから、好きに使って。』
精霊王ベリルは俺の驚いた顔を見て、いたずらが成功したように笑った。
こちらの世界の弓は、アーチェリーで使うような洋弓しかない。俺は、懐かしくなって自然と微笑んだ。
「ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ。」
洋弓は手にしっくりこなかったから、本当にありがたい。
『喜んでもらえたようで良かった。』
嬉しそうに微笑み精霊王ベリルは、ふとこちらに歩み寄ってくると、俺の頬を右手でそっと撫でた。
『……美影、少し無理をし過ぎです。周りの者も頼りなさい。この世界の者たちには、自分達自身で世界を守るという責務がある。』
そこでベリルは一度言葉を切ると、心配そうに顔を歪めた。
『……それに、大切な美影が自分を蔑ろにする姿を、私は見たくはありません。』
ベリルは、大切なものを抱きかかえるように、俺の身体を腕の中に納めた。幾重にも布が重なった服を通して、ベリルの温かい体温を感じる。
『どうか、自分自身をもっと大切にして。』
ぎゅっと腕に力が込められ、より強く抱きしめられる。
俺を心から心配しているのが、ひしりと伝わってくる。……人に心配されるのは、どうも苦手だ。
ベリルにゆっくりと身体を離され、しなやかな手に髪を撫でられる。
『……さあ、時間です。短い時間しか会えませんが、また会いに来て。美影。』
名残り惜しそうに、ベリルは俺の頭から手を下した。
その姿があまりにも寂し気だったから、俺は咄嗟にベリルに抱き着く。
『っ!……美影?』
「……また、必ず会いに来る。」
腕に力を込めて、一度ぎゅっとベリルの細い身体を抱きしめ、俺は手を離した。ベリルは驚いた顔をしたあとに、泣きそうな顔で嬉しそうに微笑んだ。
『…ええ。また。』
金色の光が俺の全身を包んで、俺は眩しさに目を瞑った。
「……祈りは終わったか?」
スフェンの声で俺は瞼をゆっくりと開けた。
目の前には精霊王ベリルの石像がある。
隣で片膝をついて、スフェンが隣から俺の様子を窺がっている。どうやら、長いこと祈りを捧げていたようだ。
「……ああ。」
どこから入ってきたのか、白色の花びらがひらり、はらり、と目の前を舞い踊る。
その風は穏やかで、温かかった。
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